第2話 亜人娘の戦いは
アヒトと亜人の女の子はグラット先生の後ろをついていく。
そして魔法陣からだいぶ離れた荒野にアヒトと亜人の女の子が一定距離離れた位置で向かい合わせになった。
「君、名前は?おれはアヒト・ユーザスだ」
「…………ベスティア」
亜人の女の子--ベスティアはそう名乗った。
ベスティアの腰には二本の短剣が携えられていた。
「アヒト君。少し早いが、君にはこれを渡そう」
グラット先生は一本の杖剣をアヒトに手渡した。
杖剣は杖にも剣にもなり、時に使い魔の援護魔術を放ったり時に剣で自分の身を守ったりすることができる。
「ありがとうございます。グラット先生」
「杖剣が放てる魔術は初期で習う基礎魔術だけだ。それよりも上位の魔術を放とうとすると折れてしまう。剣としても使えるが、リーチが短すぎて前戦で戦うものではないな。これが剣士育成学園、魔術士育成学園との差だな」
それだけ言い残し、グラット先生は下がっていった。
「二人には即死不可の魔術を唱えてもらう。この呪文は唯一杖がなくてもできる魔術だ」
この呪文が杖なしで行うことができるため剣士育成学園では真剣を使った模擬戦をよく行うらしい。どんなに斬られようが魔術を食らおうが死ぬことはなく、怪我だけで済む。
グラット先生はその呪文をベスティアに教える。
「「『即死不可』ッ」」
アヒトとベスティアはお互いに術をかけた。
この呪文は相手にしかかけることができず、自分にはかけれない。さらに、必ず止まっている相手と向かい合わせにならなければならない。つまり、実際の戦闘でとっさに味方を死なせないようにするということができないのである。どういう仕組みになっているのかはこの呪文を作った人に聞きたいところである。
全ての準備が整ったことにより、試合が始まろうとする。
「それでは、両者構え」
その言葉でお互い腰を落とす。
「……はじめ!」
その言葉を聞いて、先に動いたのはベスティアだった。
一瞬にしてアヒトとの距離を縮め、肉薄する。
「――ッ⁉」
火炎魔術を放とうとしていたアヒトはその考えを捨てて、一気に後ろへ跳び退いた。
刹那、先ほどアヒトが立っていた喉元と思われる場所を二本の短剣が空を切り交差した。
「あっぶねっ――ッ⁉」
考える時間も与えない。
続けざまに高速の蹴りが飛んでくる。
その蹴りを見切れずアヒトはもろに体に受けた。
「がはっ」
受けた体は簡単に宙に浮き、息もできないままアヒトは空中でベスティアのかかと落としを受けた。
当然受け身も取れるはずもなく、アヒトは地面に落下した。
「うっ……ぐぅ」
辛うじて意識を飛ばさなかったが、あの二回の蹴りでアヒトの体は全身の骨折は確定だった。
何とか立ち上がることができたが、そこからは一方的だった。
アヒトはベスティアの速さについていくことができず蹴られ斬られを繰り返した。
即死不可の呪文がかけられていてもいつ死ぬかわからなかった。
そして決着はすぐに訪れた。
ベスティアの高速ジャンプ蹴りをもろに顔面に受け、アヒトは飛ばされながら意識を失った。
「そこまでだ」
グラット先生の言葉でベスティアは動きを止めた。
今の試合を観て、グラット先生の感想はというと。
--え、亜人だよね?めちゃくちゃ強いじゃん⁉……だった。
こんな亜人が何人もいたら人間と亜人の立場が一気に逆転するのではないかとグラット先生は恐怖を抱いた。
「私の勝ち?」
「あ、ああ、その通りだ」
「なら好きにさせてもらう」
表情一つ変えずにそう言ったベスティアは高速で地面を駆け抜け森の中へ消えようとした。しかし
「ふにゃっ⁉」
ガコーンという音とともにベスティアは見えない壁にぶち当たった。アヒトが指定していた、使い魔の行動範囲を制限する壁にぶち当たったのだ。ベスティアはこのことを知らなかったためにもろに激突した。
「うぅにゃ~」
ベスティアは高速で移動していたため、ぶつかったときのダメージがかなり大きかったようだ。そのままベスティアは意識を失った。
「はぁ、おれは隷属の首輪をつけるかつけないか好きにしろって言ったんだがな」
グラット先生は大きく溜息を吐き、ベスティアに異状はないかを確認し、アヒトに軽く治癒魔術を唱えて応急処置をした。なぜ完全に治さないかというと、治してしまうと何も身に付かないからだ。戦闘で得る経験は動きだけではない。その時受けた傷の痛みも立派な経験となる。傷を受けたということはそこがその人物の隙である。もし、傷を完全に治してしまえば痛みもなくなり、その人物は何も強くなることができない。そのため、グラット先生はアヒトの傷を後遺症が残らない程度までしか治療しなかったのだ。
「お前ら今日はこの辺で切り上げて学園に戻るぞ!」
グラット先生はアヒトとベスティアを抱えて学園に戻るのだった。