第8話 思わぬ拾い人
ルシアがナンパをしているころ。デュランはサグメの存在を見失ってしまい、鍔鬼と共に砂浜を探し回っていた。現在はシートから動けないアニに狼亜を見てもらっている。
「ちょっとそこのお姉さん☆」
「ん? 私のことか?」
ブロンドヘアーの細身の少年に話しかけられたデュランは返事をする。
「そうっす! 一人でいるってことは今暇っすよね? ここら辺に良い雰囲気の喫茶店があるんすけど、一緒にどーすか?」
そう言った少年の視線は明らかにデュランの胸元に注がれていた。
「すまない。今は忙しいんだ。私より同年代の女性の方が良いのではないか?」
デュランは少年のいやらしい目つきに憤りを覚えながらも落ち着いた雰囲気を装って対応する。
「いいじゃないっすか。ちょっとくらい。それに同年代の女子なんてお姉さんと比べれば天使とミジンコほどの差があるっすよ」
「だまれ。同年代の女性と仲良くできない貴様に私がついていくとでも思っているのか? 私は貴様のような軽薄な男に興味はない。それどころか嫌悪さえ覚える。わかったのなら失せろ。目障りだ」
しつこい少年に我慢ができなかったデュランは思わずそう口にした。
「そ、そうすか」
少年はデュランあまりの気迫におされたのか、一言呟いてその場に固まってしまう。その間にデュランは少年を置いてサグメの捜索に戻る。
少し離れたところに鍔鬼がいるのを見つけたデュランはそちらに足を運ぶ。
「何でだよ。どうしてもダメか?」
「すまない。妹が困っているかもしれないんだ。お暇させてもらおう」
どうやら鍔鬼も男に言い寄られていたようで、デュランを視界に捉えるや否や男から離れてこちらに向かって来る。
「鍔鬼様。ご無事ですか」
「? 問題ない。私があのような男に力負けするわけないだろ」
デュランの問いかけが理解できなかった鍔鬼は苦笑まじりにそう言った。
「い、いえ。こちらの世界の住人とあまり深く関わってしまうのは些か問題が生じるのではないかと一抹の不安を覚えまして」
「大丈夫だ。全て穏便に事を済ませた」
「そうですか……」
鍔鬼の言葉を聞いて、同じような形で男に言い寄られたデュランの方はついつい怒りをぶつけてしまったことから自分の弱さに内心で肩を落とすのだった。
狼亜が海を泳いでいると、どこからか「キシャー」という鳴き声が聞こえた。
狼亜は声のする方向へと足を運ぶ。そこには人など余裕で超える大きなトカゲが辺りをせわしなくキョロキョロしながら鳴いていた。
「どうしたのだ?」
狼亜は岩場にいる大きなトカゲに話しかける。
「キシャッ! シャア! キシャー」
トカゲは必死に何かを狼亜に訴える。
「それは大変なのだ!」
なぜか狼亜はトカゲの言っていることがわかったようで、岸から沖を見ると一人の青年が溺れているのが確認できた。どうやらトカゲは泳げないようで青年を助けたくても助けられないらしい。
「狼亜に任せるのだ!」
海に飛び込み助けに行く狼亜。青年に肩を貸してゆっくりと岸に向かって行く。
青年は意識を失っているようで体重の全てを狼亜が支えることとなったが、水中では容易に運ぶことができた。陸にあげるととりあえず水を吐き出させて大きなトカゲの背に乗せてパラソルの場所まで戻る。
「狼亜のところにはデュランっていうすごく頼りになる人がいるのだ! だから安心するのだ」
大トカゲに話しかけながら移動し戻ってきたが、そこにはアニしかいなかった。
「えっ! な、なんでアニしかいないのだ?」
「デュランお姉ちゃんと鍔鬼お姉ちゃんならサグメちゃんを探しに行ったよ」
アニは狼亜に今の状況を説明する。
「海で遊んでいたら溺れている人見つけたのだ。それで助けたんだけど全く意識が戻らないのだ。この人……あ、マヌケント? マヌケントが起きるまではどこかに置いておきたいのだ。だからデュランに治療でも……迷惑じゃないのだっ! この程度でーー」
「んんんんんんん!? ちょっとまって狼亜ちゃん。その大きなトカゲのせいで全く話が入ってこないよ。あとたまに鳴いてたりするけどそれって何か言ってるの? こっちは全然わかんないよ? 無視できないよ? まずその大きなトカゲからどうにかしようよ」
と普段から落ち着いているアニが大きく取り乱す。
それに狼亜はキョトンとした顔で返す。まるでトカゲの言葉がわかるのが当たり前というかのような顔である。
「このトカゲはマヌケントの使い魔みたいな感じらしいのだ。それで主人のマヌケントを心配していたのだ」
とざっくりと説明を挟んで狼亜は話を続けようとする。そんな狼亜の奔放さに諦めたのか、アニは遠い目をして聞き流すことにした。思考を完全に放棄したのだ。
「というわけで、マヌケントが目覚めるまで狼亜とカゲ丸で遊んでくるのだ!」
「ちょっとまって狼亜ちゃん! 私をこんな意味不明な展開に巻き込まないで! あとそれその子の名前なの? いつきいたの?」
「行ってくるのだ〜」
アニの質問を無視して狼亜はカゲ丸の背中に乗ってはるか彼方へと行ってしまった。
「え……嘘でしょ……」
マヌケントを地面に寝かせるわけにもいかず、仕方なく膝枕をして目覚めるまで待つ。
「生きてるのかな……」
アニはマヌケントの胸に手を当てて生死の確認をする。
「血は循環しているから心臓は動いている。生きてる……よかった」
ホッと息を吐きアニは静かにマヌケントが目を覚ますのを待つのだった。




