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亜人娘が得たものは  作者: 戴勝
第8章
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第5話 海を訪れて来た者は

空が雲ひとつない青々とした快晴の日。


やって来たアヒトたちの目の前には、まるで空の色を写したかのように青く、星のように輝く海がそこにはあった。


「おぉ……」


ベスティアの青い瞳も現在の海のようにキラキラと輝いているのを見て、アヒトは来た甲斐があったなと笑みを浮かべた。


「わあ、きれい」


「うむ」


サラとチスイも歓喜の表情を浮かべている。


とりあえず、砂浜に足を運ぶなりサラは一言


「うみだぁぁぁあああああ!」


周りにいる人たちの視線を気にすることなく、サラは揺れる波に向かって叫んだ。


通りがかる年配の女性たちが「あらあら」「最近の若い子は元気ね」などと微笑みながら過ぎて行くが今のサラの耳には届かない。


「喧しいぞサラ。 何故(なにゆえ)そのような不躾なことを?」


背中に竹で編まれた籠を背負ったチスイが不快気な表情で聞いてくる。それにサラはチスイの方へ視線を向けてニッと笑みを浮かべる。


「チスイちゃん知らないの? 海へ来たらこれを言わなきゃダメなんだよ、海へのあいさつみたいなものだね」


「む、そうなのか。それは失礼した」


チスイは背中の籠を砂浜に下ろし、サラの隣に並んでゆっくり息を吸い込む。そして


「……海!なのだぁぁぁあああ!」


先程サラが叫んだ声より更に大きく、海に向かって声を張り上げた。


「……あれってほんとのこと?」


ベスティアがアヒトに視線を向けて聞いてくる。


「どうだろうな。ティアもやりたければやってもいいんだぞ?」


「絶対やだ」


でしょうね……とアヒトは予想通りの返答が帰ってきたことに少し苦笑いを浮かべる。


「うむ!叫ぶというのは良いものだな。心が軽くなった気分だぞ」


チスイが腰に手を当てて気に入ったという表情をする。


「そういえば、チスイが持ってるその籠には一体何が入ってるんだ?」


アヒトは冒険者ギルドで集まった時から気になっていた籠について質問するが


「ふふん、夜のお楽しみなのだ」


と言って、チスイは無邪気に微笑み、いそいそと籠を担ぎなおす。


「それじゃあ、そろそろ更衣室に向かおっか」


そう言って、サラは更衣室に向けて歩き出す。その後を追うようにチスイも歩き出した。


「ティアも行けばいいぞ。おれはいい感じの場所を確保しておくから」


「ん、わかった。それと……」


ベスティアは尻尾を少し揺らしながら、顔を俯かせる。


「ん?」


アヒトは何が言いたいのか理解できずに首を傾げていると、ベスティアは意を決したようにバッと顔を上げて、少し頰を染めながら口を開く。


「あとで、水着の感想聞かせて欲しい、それだけ!」


そう言って、ベスティアは自分の荷物を持ってサラたちの後を小走りで追いかけて行った。


「……そんなことここで言わなくても、おれはちゃんと言うぞ」


なにせ今アヒトが一番楽しみにしているのは、ベスティアの水着姿を見ることなのだから。


アヒトは誰にも言えないことを内心で呟いて、照れ臭気に頰を掻いた。


「よし、おれも準備するか」


そう言ってアヒトは場所を確保するために動き出した。


「あちゃー、サラちゃんテンション上がり過ぎて自分が今めちゃくちゃ恥ずかしいことしてることに気づいてないよ〜」


今までの一連の出来事を物陰でずっと眺めていた人物が二人ーーアンとリオナが姿を現わした。


「アン、今のあなたもかなり恥ずかしいと思う」


「へ?」


リオナの指摘にアンは周りを見渡すと、通りがかる人たちがアンとリオナに視線を向けてヒソヒソと呟きながら過ぎて行くことに気づいた。


アンは羞恥で頰を少し赤くさせて苦笑いを浮かべる。


「あはは……行こっかりっちゃん」


「えっ……あ、うん」


リオナはアンが自分の手を取りながら駆け出したことに一瞬目を丸くしたが、すぐに愛おしい目でアンを見つめ、キュッと手を握り返してアンの走る速度について行くのだった。









そして夏休みを満喫するためにやって来た者たちは他にもいる。


「夏だ! 海だ! かわい子ちゃんだ! お前らいいな?この海の場所でぜってぇかわい子ちゃんと巡り合って、今後の生活をリア充なものにするぞ!」


「うおぉお!さっすが兄貴、ただ遊びに来たわけじゃないんすね」


「ヤっちまいましょう兄貴!」


アヒトのクラスメイト――バカム、アホマル、マヌケントの三人と……


「ほほう、海はこれほどまでに美しいものであったのですな」


「おい! 何でてめえがここにいるんだよ、ロシュッツ!」


バカムがロシュッツと呼んだ人物を睨みつける。


ロシュッツは以前、合同合宿の時にバカムと同じパーティーになった魔術士育成学園の生徒である。魔術士でありながら素手で魔物と戦い、そのあまりの人間離れした強さからバカムは自然とロシュッツのことを嫌っている。


「まあ、良いではありませんか。わたくしも室内で機械といつまでも戦っているより、たまには自然と戦うのも悪くないと思いましてな。それに、少し肌の色が気になりましてね、これでは強さを見せつけるには些か恥ずかしいと思いましてな」


そう言ったロシュッツの服の袖から見える腕は外に出て来なかったのであろう白く綺麗な肌の色をしていた。


(こんな脳筋露出野郎なんざ一生部屋ん中で機械とピーしてろっつーんだ)


「何か言いましたかな?」


「……!? い、いや、何も言ってねえぞ」


このロシュッツは筋骨隆々で身体能力が優れているだけでなく、五感も人並み外れていたということをバカムはすっかり忘れていた。


「では、わたくしはこれで」


「おうおう、さっさと行きやがれ」


ロシュッツはバカムの言葉を気にした様子もなく、ひらひらと背中越しに手を振って去って行った。


「兄貴、アイツは何者っすか?」


「俺が知るかよ……」


バカムは頭を搔きむしり溜飲を下げるべく、一旦更衣室の方に向けて歩き出す。


「あ、待つっすよ兄貴!」


アホマルもバカムの後を追って駆け出す。


そして、それまで静かに見守っていたマヌケントは、突如左腕につけているブレスレットが小刻みに震えだしたのを感じた。これは自分の使い魔からの信号である。


現在、マヌケントの使い魔であるトカゲの魔物――カゲ丸は使役士育成学園の所に置いて来ている。何か用事でもあるのだろうかとマヌケントはブレスレットに魔力を流しこみ、その能力――使い魔を主人の元へ引き寄せる――を使用した。


すると、マヌケントが立つ目の前の地面に魔法陣が浮かび上がり、そこからカゲ丸が姿を現した。


「キシャー」


出てくるなり、元気よくカゲ丸は鳴く。その後もカゲ丸は前足を浮かせたりして何度もマヌケントに向かって鳴いた。


どうやらカゲ丸も海で遊びたいらしい。しかし、カゲ丸は泳ぐことができない。脚が届く範囲内までなら海水に浸からせても大丈夫だろう。


そう考えたマヌケントはカゲ丸に向かって口を開きかけて、ふと背後で他の海水客の声が聞こえて一旦開けた口を閉じる。そして


「……ヤっちまいましょう」


そう言って、マヌケントはその端正な顔立ちをした表情を優し気な笑みに変える。


それを見たカゲ丸は、嬉し気に小さく何度も飛び跳ねる。そして、マヌケントに向けて片方の前脚を出して体をかがめる。どうやら背中に乗れということらしい。


そう気づいたマヌケントは履いていたビーチサンダルを脱いで裸足になり、カゲ丸の前脚を使って背中にまたがる。そして目を見開く。


上から見た海はまた一段と美しさを放っていた。どこまでも広がる青い海。空の色と合わさって境界線が見えず、どこまでも吸い込まれそうなほど美しい景色だった。


「キシャッ、キシャー」


カゲ丸の鳴き声によって我に返ったマヌケントは足で軽くカゲ丸の腹を叩いて進行の合図を送る。


その指示に従い、ゆっくりと海に向かって歩きだし、やがて夏の暑さを忘れさせる冷たい海水がカゲ丸の脚に触れる。


ぴちゃぴちゃと初めは足踏みする感じで楽しんでいたカゲ丸だが、次第に動きがエスカレートしていく。もはや「ぴちゃぴちゃ」ではなく「バシャバシャ」。当然背中にいるマヌケントは手綱もなしに乗っているため、激しくなる動きに耐えられなかった。


ぴゅーっという効果音が聞こえてきそうなほどの勢いでマヌケントは足の届かない深い海の中へ頭からダイブしていった。


「キ、キシャ⁉︎」


突然背中が軽くなったのを感じたカゲ丸は辺りを見渡して、海に浮かぶマヌケントを発見する。動く様子がないことから気を失っているのだろう。カゲ丸は口を半開きにして固まる。


助けに行きたいのだがカゲ丸は泳ぐことができない。カゲ丸は主人の意識が戻ることを祈って必死に呼びかけ続けるのだった。


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