第7話 少年たちが見た者は
「おーい、三人とも。ちょっと警備兵の人たちがうるさくてね。今日はこれにてお開きだ」
グラット先生が駆け寄ってきて説明する。
その警備兵の人たちはというと、サラが必死に頭を下げてくることで困った表情をしていた。
「んじゃあ、おれたちもサラのところに行くか」
そう言ってアヒトはベスティアの前にしゃがみ込む。何をしているかというと、ベスティアをおぶろうとしているのだ。それを理解したベスティアは少し顔を赤くする。
「そ、そんなことしなくていい……一人でも大丈夫」
「そんなこと言うなよ。今日はかなり疲れただろ?いいから掴まれ」
「うぅ……」
ベスティアは渋々と言った感じでアヒトの背中にしがみつく。程よくついた背中の筋肉がベスティアの疲れた体を休ませてくれる。
「といっても、昨日もこうしてベスティアをおぶったんだけどな」
「〜〜〜〜ッ⁉︎」
ベスティアの顔がこれでもかと紅潮し、アヒトの頭をポコスカと叩く。
「あたっ……やめろよまったく」
アヒトは首をすくめながら軽く笑う。
「……仲が良いのだな」
ベスティアを背負って歩くアヒトを後ろから見ていたチスイは思わず呟いていた。その呟きにグラット先生が返答する。
「そうだな、あれでも始めて出会った時はかなり尖ってたんだぞ」
「そ、そうなのか」
まさか返答してくるとは思ってもいなかったのかチスイはビクッと肩を跳ねさせた。
「ま、今でも私には口を聞いてくれないがな」
「気に病むことではないだろ。おまえはチビ助と深く関わって来ておらぬのだ」
グラット先生が深くため息をついていたので「ドンマイ」と言う意味を込めて言葉を放った。
「……お前はもう少し見上のものを敬うということをしたほうがいいな」
グラット先生がジト目でチスイに視線を向ける。
「……ぜ、善処するのだ」
チスイは逃げるかのように歩き出す。
遅れてグラット先生もやれやれといった様子で歩き出す。
そしてアヒトたちがサラの下へ着こうとした時、サラが警備兵にお礼を言う声が聞こえて笑顔でこちらに駆け寄って来た。
「みんな聞いて! 警備兵の人たちが今回だけ、私たち生徒は大目に見てくれるって!」
その言葉を聞いてアヒトは安堵し、チスイは「当然だ」とでも言うかのように何度も頷いている。
ベスティアはなぜ大目に見てもらえたのか気になり警備兵達に視線を向けると、サラと交渉していた警備兵二人は顔を少し赤くし、サラの方にチラチラと視線を向けてきていることから何となく察しがついた。可愛さ故の甘さというやつである。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。私たち生徒は、って言ったかい?」
グラット先生が頰を引きつらせながら尋ねる。
「はい、そう言いました」
「な、なぜ、警備兵さんたちはそのようなことを?」
「理由ですか?それはもちろん、きっかけはチスイちゃんでしたけど、先生がこの勝負を始めようと言い出したのですし、この場所を見つけて試合場にしたのも先生ですからね。しかも主催者兼立会人の先生が警備兵との交渉を一生徒に任せ、当人は試合に夢中になるというあってはならないことにどうかと思いまして、あ、別に怒っているわけではないんですよ、安心してください。あーですが、チスイちゃんが勝負を申し込んできた時だけでもアヒトさんに危険が及ばないか心配になったのに、さらにあれだけ嫌がっていたアヒトさんの訴えを無視して試合を行う先生の行動には少し心に響くものがあったかもしれませんね。挙句に………………」
笑顔を一つも崩さずに答えるサラにグラット先生の顔がみるみる青くなっていく。
これにはアヒトは呆然とし、ベスティアは今までにない最高のジト目をサラに向け、チスイにいたっては、先程まで罵声を浴びせていたアヒトの制服にしがみついてブルブルと震えてしまっている。
「以上のことから、試合場となった空き地にできたクレーターや壁の凹み、レンガのひび割れといった諸々の弁償および責任を生徒を管理する先生が負担するべきだと交渉の結果、至った結論です。何か質問はありますか?」
質問したいのは多分この中には沢山いるだろう。おそらくこれを聞いたもの全てが同じ質問をするだろう。「お前そんなキャラだったか⁉︎」と。それほどまでにサラは怒っていた。否、ガチギレしていた。本人は否定しているようだが、全く隠せていなかった。
「わ、私はただ強いやつと戦いたかっただけなのだ……」
「何か言いましたか?」
サラが笑顔で聞き返してくる。
「何も言っておらぬのだ!」
笑顔が怖い、笑顔が怖い、笑顔が怖い、笑顔が怖い、笑顔が怖い
「……理由、途中から何の話してたかわか……」
サラが無言で笑顔を向けてくる。
「………………らにゃい」
ベスティアの視線がゆっくりと明後日の方向に向いていく。
サラはアヒトに視線を向ける。
アヒトは作り笑いを浮かべながら高速で左右に首を振って二回頷く。
「みなさん、質問はありませんね。それじゃあ私たちは帰りましょう!」
そう言ってサラは鼻歌を歌いながら歩き出す。
そして警備兵の人たちがグラット先生の両肩を鷲掴みし引きずって行く。
途中、グラット先生がか細く声を出す。
「アヒト君……骨は、拾ってくれよ……」
「はい。……忘れなければ」
「ふっ、頼んだぜ……」
その言葉を最後に警備兵達に引きずられていった。
アヒト、ベスティア、チスイはそれを最後まで見送り、そして同時に誓うのだった。
サラ・マギアンヌという少女を怒らせてはならない、と。
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