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亜人娘が得たものは  作者: 戴勝
第7章
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第2話 少年を訪ねて来た者は

「おいティア、そんなに慌てて食べなくてもすぐには無くならないからゆっくり食べろよ」


「……(もぐもぐ)はわへへはい……(もぐもぐ)ほえがふちゅう」


「うん、飲み込んでから話そうな」


ベスティアはコクコクと首を縦に振りながらも皿に盛られた料理を次々と口の中に入れていく。


「ベスティアちゃんよく食べるね」


食事を始めてかなりの時間が経つのにまだ食べ続けるベスティアにサラが感心する。


「出会った時からこんな感じさ。最近は生活費を気にしてくれてたみたいであまり大食いしてるところは見てなかったけど、さすがに今日はたがが外れたみたいだな」


今では見慣れたベスティアの美味しそうに食べる表情を見て思わず笑みがこぼれる。


「そう。もともとベスティアちゃんの勝利を祝うようなものだもんね。たがが外れてもいいと思うな。私たちも改めて乾杯しよ」


サラはワイングラスを手に持つ。もちろん中身はジュースである。


アヒトもサラに合わせてワイングラスを持つ。カンッという音とともにアヒトとサラは同時にワイングラスに入っている飲み物を口に含む。アヒトが飲んでいるのもジュースであるがこういったグラスで飲むと少し大人の気分を味わえて楽しくなる。


そんな事を思っていると、じーっと横から視線を感じたのでアヒトはゆっくりと視線を向ける。そこにはベスティアがアヒトとサラが持っているワイングラスを交互に見つめていた。ベスティアはテーブルに置いてある自分のグラスを掴んでそれに視線を移す。ベスティアのは普通のショットグラスである。


何を思ったのかおもむろに立ち上がりスタスタとドリンク置き場に向かっていった。それを二人で眺めてお互いに微笑ましくなる。


「ふふっ、ベスティアちゃんはまだまだ子供ね」


「本人は十五だーとか言ってるけどな」


「本当に? 私たちのひとつ下だったんだ。もう少し幼いと思ってた」


「ははは、ティアに怒られるぞ」


「本当だね」


お互いにクスクスと笑う。少しだけ沈黙のあと、アヒトが口を開いた。


「なあサラ、君でよければおれと一緒に夏休みの間だけ冒険者のパーティーを組んでくれないか?」


「え、私でいいの?」


唐突な誘いにサラは目を丸くする。


「君となら上手くやれそうな気がするんだ。それに君はとても素晴らしい魔術を使えるじゃないか」


「そ、そんな事ないよ! 使うにも私が保有する魔力量ギリギリの魔術だし、全然、大した事ないから」


サラは両手を横にブンブンと振る。


「君がそう思っていてもおれにはすごいと思った。だから、君を仲間に加えたいんだ」


そう言ってアヒトは席を立ちベスティアに手を差し出す。それを見てサラは同じく席から立ちあがり笑みを浮かべて手を握る。


「ありがとう。私も是非アヒトの仲間に入れてもらいたい」


サラの表情につられてアヒトも照れながらも笑みを浮かべる。


そこに飲み物置き場に向かっていたベスティアが戻って来た。


「遅かったじゃないかティア。何して……たん、だ?」


ベスティアはアヒトの前で立ち止まったままぼーっとしている。心なしか顔が赤いように感じられた。


「てぃ、ティアさん?」


「……にゃんで、ふたりともにゃかよさそうにしてるの?」


ベスティアはアヒトの手をサラの握られてる手から無理やり引き剥がして自分の胸に抱き寄せる。


「お、おいティア、いったいどーしたんだよ」


「あひとはわたしのにゃの!……むぅ」


ベスティアはアヒトの腕に抱きつきながらサラを睨みつける。普段より瞼が下がっておりサラは睨みつけられていてもいつもの圧を感じなかった。


「え、えっと……もしかしてベスティアちゃん酔ってる?」


「嘘だろ、まだ飲めるような歳じゃないだろ」


アヒトはサラの言葉が本当か確かめるためにベスティアに顔を近づける。


「……!」


ベスティアはアヒトの顔が近づくにつれどんどん顔が赤くなっていき、尻尾の振りが大きくなる。ついにはアヒトの腕に顔を埋めてしまった。


「すんすん……あーたしかに、少しだけど酒の臭いがするな。こんな少しで酔うなんて弱すぎだろ」


「よわい?……わたしはよわい?」


ベスティアは顔を埋めたまま抱きつく力が強くなる。


「まあ、そりゃこの程度で酔ってたらな」


「やっぱり、わたしはいらにゃい?」


「ん?……なんの話だ? ベスティアはおれの大切なパートナーだ。要らないわけがないだろ。とりあえず隣に座って落ち着け。水やるから」


ベスティアはコクっと頷いてアヒトの隣の椅子に座る。そしてそのままアヒトの太ももの上に頭を倒して来た。


「お、おい……」


アヒトは一瞬驚いたが、酔っているならしょうがないと思い、そのままにさせる。しばらく太ももを貸しているとベスティアの体が小刻みに震えていることに気づいた。さらになにか小声で呟いてもいる。アヒトはその声に耳を傾ける。


「……もう……たいせつにゃひとは……うしにゃいたくにゃい」


アヒトは目を丸くする。ベスティアの過去に何があったのかはわからない。だが、ここまで傷ついているということはかなり酷い出来事だったのではないか。ベスティアの精神はおそらく年齢よりも幼い。年齢は十五なのに中身は十歳より幼く思える。やはりこれも過去が原因なのだろうか。


そんな事を考えているとベスティアの震えが止まっていた。ふと、自分の手が無意識にベスティアの頭を撫でていることに気づいた。それで落ち着いたのかベスティアからは静かな寝息が聞こえていた。こんな喧騒の中よく眠れるなと思いながら顔を上げるとサラと目があった。


「ベスティアちゃん、寝ちゃった?」


「ああ、そうみたいだ」


「少し驚いちゃったよ。普段あんなに喋るところ見たことなかったから」


確かに、ベスティアはサラや他の人が近くにいるとあまり口を開くことはない。人見知りというわけではないはずだ。実際、バカム達といる時は話すことはないが隠れたりすることもしていない。そもそも話すことがないからなのかあまり話さないベスティアを普段見ているサラにとっては先程の行動はとても新鮮に思えただろう。


アヒトはベスティアの倒れた三角の耳に触れてみる。普段触ることができないため興味が湧いてしまった。髪の毛とは違った毛並みと質であり、アヒトをとても落ち着かせてくれるものだった。


ベスティアの三角の耳がくすぐったそうに動く。


それを見てアヒトは優しく目を細めた。店の中の喧騒は一向に収まる気配がないためしばらくはこの状態を続けるしかないなと思っていると店の扉が勢いよく開かれた。


バーン!という音とともに店の中が一気に静まり返る。アヒトはこの状況を作り出した人物を確認するべく視線を向ける。その人物は藤色の羽織を着た少女であり、その羽織の下に学園の制服を着ていた。制服の柄から剣士育成学園の生徒だということがわかる。


女性の剣士というのはとても珍しく、普通は筋力、体格的に男性の方が有利であるため、女性は魔術士の学園に行くことが多いのだ。逆に魔術士の学園は男子が少ない。使役士の学園は男子も女子も大体同じ数といったところである。


その少女は、頭の後ろで結い上げられたさらりとした宵闇色の髪を左右に振りながらキョロキョロと店の中を見渡している。その視線がアヒトを捉えた途端ピタッと止まる。


「……(じー)……」


「……え、なんだ?」


少女はアヒトから一度も視線を外すことなくズカズカと近づいてくる。


「ふがっ⁉︎」


飛び出ていた椅子の足に引っかかり盛大に転けた。静まり返っていた店の中から小さく失笑が漏れる。アヒトは自分のいる席から少女に声をかける。


「大丈夫か?」


「うぅ……だ、大丈夫だ」


少女は鼻を抑えながら立ち上がる。そして「はっ!」っと思い出したかのように目を見開いてアヒトの方に向かって距離を詰める。


「ようやく見つけたぞ、おまえがアヒト・ユーザスだな」


「あ、ああそうだけど?」


かなり近くまで距離を詰められたためアヒトは反射的に体をそらしてしまった。そして少女の質問にアヒトが答えると、少女の口元がニヤリとした笑みに変わる。


「私と、今から勝負しろ!」


ビシっとアヒトの顔に向けて少女は指を突き立てる。


「……は?」


いきなりのことでアヒトの脳は理解が追いついていなかった。そんな呆けた顔をしたアヒトのことなどつゆ知らず、少女は店の外へ出て行こうとする。


「ちょ、ちょっと待って」


「む……何をしているのだ。はやく外に出ろ。それともここでやるというのか?……ふむ、私はそれでも構わぬぞ」


そう言って少女は腰を低くする。


「いや、だからちょっと待てって!」


「なんだ? もたもたしている奴は戦場では活躍できぬぞ」


少女は構えを解かずに警戒の視線を向ける。


「いいから落ち着けよ。そもそもおれは君が誰なのかもわからないし、今すぐ相手できるような状態じゃないんだよ」


「む……それは失礼した。私の名は波平智翠。こちらではチスイ・ナミヒラと言った方が良いのだろうか。今年で十六になるのだ」


チスイと名乗った少女は構えを解いて一礼する。


「チスイ・ナミヒラ? 君はもしかして東の方から来たのか?」


「うむ、剣の修行のため、より強者と交えるため、私はこの場所に来た」


「そうか、残念だけどおれは強くないよ。他をあたってくれ」


「それは嘘であるな。おまえは魔族とやらを倒したと聞いているのだぞ」


チスイは一度空いた距離をまた詰める。


どうやらベスティアの主人であるアヒトが表彰されたため街の人からはアヒトが魔族を倒したということになっているらしい。


「待ってくれ、それは誤解だ。おれが倒したんじゃなくてティアが倒したんだ。それに見てみろ、今彼女は眠っているんだ。また今度にしてくれないか?」


チスイはアヒトの太ももの上で気持ちよさそうに眠っているベスティアに視線を向ける。だがそれがなんだというのか。チスイが聞いた噂では目の前にいるアヒト・ユーザスという男が魔族を倒したと聞いているのだ。


「む……し、しかし」


「はーい、話は聞いたぞ。この勝負は明日執り行うとしよう。私が立会人となろう」


話に割り込んできたのはグラット先生である。まだ少し顔が赤く酒が抜けていない感じだが大丈夫なのだろうかと心配になる。


「今はもう夜中なんだぞ。そんな中でどんちゃんやってみろ、学園側にクレームが来るだろうが」


グラット先生の言葉を聞いてチスイは少し考えて口を開く。


「ふむ……くれぇむとは何かわからぬが、おまえが言いたいことは理解できた。ならば明日だ、アヒト・ユーザス。決して逃げるのではないぞ!」


そう言ってチスイはアヒトに背を向けて扉に向かう。


「あ、お嬢ちゃん、明日またこの場所でだよ」


「うむ! わかった」


店を去り際に気合のある返事が聞こえてきてそのまま店の中が静かになる。


「ちょ、ちょっと先生! おれはまだやるとは言ってないですよ」


「いいじゃないか。こんな面白い話に乗らないわけがないさ」


グラット先生はアヒトに向けてサムズアップをする。


そういえば、この人はティアと出会った時も勝負させてたなとアヒトは思い出し、迷惑極まりないことに頭を抱える。


「アヒト、なんか大変なことになっちゃったね」


サラが困った表情で語りかけてくる。


「まったくだよ……」


「今日の祝いはここまでにするか。さっさと帰って明日に備えろよ」


そう言ってグラット先生は他の客たちにも祝いの終わりを告げる。


アヒトは寝ているベスティアには申し訳ないことをしたなとため息を吐くのだった。


剣士のヒロインがいませんでしたからね。


学園が三つあるならヒロインも三人にしなきゃですね!

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