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亜人娘が得たものは  作者: 戴勝
第7章
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第1話 合宿後の少年少女たちは

魔族が率いる魔獣の群れの襲撃によって、今年の一年生合同合宿は急遽中止となった。当初の予定では合宿は二日間にわたって行われるはずであり、しかもこの合宿が前期の成績評価に関わるという事を生徒には秘密にされて行われていた。


評価の基準は魔物を倒した数で決まる。二日間の魔物を倒した合計が十五体以上のパーティーの場合には「秀」、十体から十四体倒した場合には「優」、六体から九体倒した場合には「良」、三体から五体倒した場合には「可」、そして二日間かけて二体までしか倒せなかったパーティーは「不可」という成績がつく。


「可」以上の評価をつけられた生徒には次の週から「夏休み」といって一ヶ月半の休日が貰え、「不可」がついた生徒は一ヶ月の補習授業が貰えるというなんとも嬉しくないものが待っている。


しかし、突如現れた魔物の上位である魔獣の群れによって魔物は姿を隠し、生徒にも危険が及ぶかもしれないということで合宿は中止になり、成績評価の話もなくなるはずだったのだが、いくつかのパーティーが魔物を倒したという報告から教師たちは魔物を一体でも倒したパーティーには「可」を与えることにした。もちろん、たった半日の出来事であり、魔物とあまり出くわさず、かつ魔獣とも会わなかったパーティーもいただろう。そういった生徒たちに「不可」を与えるのは良くないということで夏休みに入るまでの数日を使って筆記試験が行われた。


アンやリオナたちのパーティーはかなり危険な魔獣たちに襲われたが、二つのパーティーが協力して戦う事で無事誰も死ぬ事なく生還し、それぞれの学園から「優」を与えられた。


ちなみに、アヒトたちのパーティーは、ベスティアが魔獣を従えていた魔族を討ち倒したという使役士育成学園の教師であるグラットからの報告で「秀」の評価が与えられ、ベスティアの主人であるアヒトが冒険者ギルド支部局、さらに騎士団側からそれぞれ礼状と報奨金を受け取ることとなった。


また、アヒトのパーティーメンバーであるサラは一人で五十を超える魔獣を倒したことによりアヒト程ではないが同じく報奨金が与えられた。


この出来事は瞬く間に都市中に広がり、冒険者ギルド本部長から「今からでも冒険者にならないか」とアヒトに誘いがあり、騎士団長からも騎士団への入団誘いが手紙で送られてきた。


実際のところ、ベスティアは魔族を倒すことができず、全滅する直前だった。しかし、突如空から降ってきたもう一人の魔族によってベスティアは助けられた。もちろんこの事はアヒト以外の誰にも話していない。それがあの女魔族との約束だからだ。


そのため、アヒトたちはまだまだ未熟であるということから騎士団への入団は丁寧に断り、この夏休みの期間だけ冒険者として活動し、少しでも強くなろうと考えを巡らせていた。


そして現在……


アヒトとベスティアは料理店の入り口に訪れていた。


太陽はすでに沈み込み、空には星が見えているはずなのだが、辺りの店の明かりであまりよく見ることができない。アヒトのいる料理店の他にもいろんな飲食店や酒場があり、夜の街はまだまだ多くの喧騒に包まれていた。


なぜこんなところにいるのかというと、アヒトの担任のグラット先生が祝勝会をしようと話を持ちかけてきたのである。本当はもっと早くにやりたかったらしいのだが、ここ数日いろんな場所で報奨されていて祝勝会などする暇がなかったため、ようやく落ち着いた今になって行うことになったのだ。


「アヒト〜!」


辺りの喧騒に怖気づいていたアヒトに遠くから呼びかける者がいた。


「や、やあサラ。元気にしてたか?」


「うん、今日は誘ってくれてありがとう。アヒトの方はかなり大変だったんだね」


サラは栗色の髪を風に揺らしながら微笑む。


グラット先生の誘いを受けたアヒトはサラにも誘いの手紙を送っておいた。魔族を相手に戦ったのはアヒトとベスティアだけではなく、サラも戦ったのだ。この祝いの食事に誘わないわけにはいかない。


今日のサラは普段の制服ではなく、ふわりとした清楚な感じの服にブレスレットやイヤリングをして来ている。とても綺麗ではあるが、これから間違いなく騒ぐだろうというのにサラの格好には少し場違い感が否めない。


実際サラ自身も少し気合いを入れすぎたと思ってしまっていた。なにせアヒトからのはじめての手紙である。受け取った時は心臓が口から飛び出るのではないかというくらいに驚きと興奮でいっぱいだった。少し考えれば分かる事だったのだが、この時のサラはアヒトに少しでも綺麗に見てもらいたく、ルンルンな気持ちだったためすっかり場所のことは頭に入れていなかったのである。今になって思ってもどうしようもないので諦めて気持ちを切り替える。


「ベスティアちゃんもお疲れ様」


サラは少し体を傾けてアヒトの陰にいたベスティアに声をかけた。


「……おそい、かなり待った」


「ご、ごめんごめん。今日はしっかり食べて盛りあがろっ」


「ふん、当然。今日は今までの分とこれからの分をしっかりここに納める」


ベスティアは左手を自分のお腹にあて、右手で拳を作って気合いをいれる。


「え、えっと……?」


「あはは……」


サラはベスティアの言っていることがいまいち理解できなかったのでアヒトに視線を向ける。その視線を受けてアヒトは苦笑いを浮かべるしかなかった。


普段は生活費の問題でベスティアが満足いくまで食事をさせてあげることができなかったが今回は祝勝会だ。思う存分食べていい。なにせ現在アヒトのもとには学生が所持して大丈夫なのかというほどの冒険者ギルドや騎士団からの報奨金がある。ベスティアの食べた分くらいなら余裕で払えるだろう。


そう考えていると、店の扉が開いて中からグラット先生が顔を出した。


「ひっく……おぉ! お前たちそろったかぁ。ささ、はいれはいれ」


グラット先生はすでに酒を飲んでいるのか顔が赤くなっている。


アヒトたちはグラット先生の手招きによって店の中に入った。店の中にはすでに多くの料理が並んでおり、他の客たちも騒ぎ立てている。この店は並んだ料理から好きなものを取って食べる形式になっている。


グラット先生の後を追って奥へ進むとひとつだけ空いたテーブルがあり、そこがアヒトたちの席のようだ。アヒトが最初に席に座り、ベスティアがその横の席に座る。それを見たサラは少し肩を落としたがすぐにアヒトの向かい側の席に腰を落ち着かせた。


グラット先生は水を飲みながらアヒトたちが座ったことを確認し、席から立ち上がる。


「よぉし! みんな注目してくれ!」


グラット先生の言葉によって店の中が静まり返る。


「ここにいる少年少女たちは一年生でありながら魔族を倒したという噂の者たちだ! 今日はこの店で祝いを行う! 今から食べるものは全部、このアヒト・ユーザスの奢りだぁぁああ!」


『うおおおおおおおおおおおおおおおおお‼︎』


グラット先生の言葉によって店の中の客全員が歓声をあげて料理に手をつけ始める。


「ちょい待てこらあああ!」


「ん? どうしたんだアヒト君。そんな怖い顔して」


「どうしたもこうしたもないですよ! 何ですかおれの奢りって、聞いてないですよ!」


アヒトは自分の席から立ち上がりグラット先生に距離を詰める。グラット先生は落ち着いた様子で肩をすくめて口を開く。


「そりゃ言ってないからな」


「なぜですか! 普通は生徒の活躍を祝って先生が奢ってくれるんじゃないんですか」


「それは偏見だ。少なくとも私はお前たちを奢るだけのお金に余裕はないさ。いいじゃないか、多少使ったところで問題ないだろ」


「問題ありますよ! 払いませんからね。もう帰ります!」


アヒトがそう言った時、何かが派手に割れる音が聞こえた。


音のする方へ視線を向ければベスティアが手に持っていたコップを床に落としていて、こちらに視線を向けながら固まっていた。


「……ティア?」


「帰るの?……ご飯、食べない?」


「そ、そりゃあ、奢れとか言われたらな」


「やだ! 帰らない!」


「お、おい。そんな子供じゃないんだから……」


ベスティアは自分が盛り付けた山盛りの料理が乗った皿を手に取りサラの背中に隠れる。


「え、えっと、ははは……」


サラは、はじめてベスティアが自分からサラに近づいて来てくれたことに嬉しく思いつつアヒトに申し訳なさを感じて苦笑いを浮かべる。


そこにベスティアが後ろからサラの首筋にフォークの先端を近づけた。サラの笑みが固まる。


ベスティアがじーっとアヒトに視線を向けてくる。まるで「帰った瞬間この女がどうにかなってもいいのか?」と言っているような視線だ。


「あ、アヒト。私もお金は貰ってるし一緒に出してあげようか?」


サラが両手を挙げて頰を引きつらせながら聞いてくる。


「はあ〜、いや、いいよ。全部おれの奢りだよ」


それを聞いてベスティアの表情が明るくなり、皿に盛られた料理を一気に口に入れ始める。


「本人からの了承を得たぞ! もう一度言おう! 今日はアヒト・ユーザスの奢りだあああああああああ‼︎」


『うおおおおおおおおおおおおおおおおお‼︎』


再び店の中が歓声で溢れた。


「ごめんね。やっぱり私もお金出すよ」


「大丈夫、存分に食べてくれ」


アヒトはため息を吐きながらせめて少しでも安くなるように自分の食べる料理は減らそうと思うのだった。


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