第10話 亜人娘の怒り
ベスティアの方に視線を向けるがベスティアも手首を掴まれていて攻撃を止められていた。これにはベスティアも目を丸くしていた。
片方の腕は凍り始めていて動かせないはず。アヒトは自分の攻撃を止めた魔族の腕をよく見ると、その腕は魔族の背中の服を突き破って出てきていた。
さらにもう一本服を突き破って腕が出てくる。その腕は身動きがとれないベスティアを殴り後方に吹き飛ばす。
「がっ!」
ベスティアは木に背中をぶつけて呻く。
「フハハハ、今ノハ焦ッタゾ」
魔族はアヒトを掴む腕に力をいれる。
「ぐっ、がああああああ!」
バキッという音とともにアヒトは杖剣を落とした。魔族は地面に落ちたアヒトの杖剣を拾って、自分の肩まで凍りつき始めていた腕を斬り落とした。
「アーア、セッカク最後ニ絶望ヲ味合ワセテヤロウト思ッテ隠シテイタノニヨ」
肩から血が吹き出していたが気にした様子は見られない。魔族は自分の斬り落とした腕を拾い上げてサラの方に向けて手首の力だけで投げつけた。
「ひっ……きゃっ」
高速で飛来する腕を避けることができなかったサラは腕ごと後方に飛ばされ、地面に叩きつけられて気を失った。
「ソコノ女ハ後デジックリ楽シンデヤル。タダ……」
魔族は二本目の腕で掴んでいるアヒトを持ち上げて視線を向ける。
「ぐっ」
アヒトは浮いた脚で魔族に攻撃しようとするが距離があって届かない。
「……オマエニハ用ハナイ」
魔族は腕を振り上げてアヒトを投げ飛ばした。
「があああああああ」
アヒトは何度もいろんな木にぶつかり最後に太い幹の木にぶつかって止まる。
「うっ、がはっ」
アヒトは口から血を吐き出す。右肩の骨は外れ、左脚、肋は完全に折れていた。
アヒトは起き上がることなく、意識を失った。
「あひ……と」
ベスティアは片膝を着いてアヒトが飛ばされた方に視線を向ける。
「残念ダッタナ。腕ガ二本ノ奴ニハ勝テタカモシレナイガ、アイニク二本ダケデハナイカラナ。アノ男死ンダンジャナイカ?フハハハ」
そう言って魔族は三本の腕を腰に当てて高笑いする。
ブチっとベスティアの中で何かが切れた音がした。腹の底から煮え繰り返りそうなほどの熱が溢れてくる。
――許さないっ、よくも、よくもよくも!アヒトを、私の……大切な、大切な!
「ああああああああああああああああああッ!!!!」
ベスティアは目を見開きながら高速で駆け出す。魔族の下まで肉薄し拳を突き出す。
魔族はベスティアの拳を難なく振り払い、二本の腕を突き出す。
ベスティアは一本の腕は防ぐことができたが、もう一本の腕は防ぎ切れずに後方に飛ばされる。宙に浮くことだけは避け、脚に力を入れて踏ん張る。
「オイオイ、サッキヨリモ攻撃ガ単調ジャナイカ、アノ軟弱ナ男ガヤラレテ怒ッテンノカ?」
魔族はニヤニヤと笑みを浮かべる。
「貴様だけは、許さにゃいっ!『身体強化』ッ」
ベスティアの魔力が膨れ上がる。先程感じた煮え繰り返りそうな熱の奔流も増した気がする。
「何ヲシテモ無駄ダト思ウンダガナ」
ベスティアは一瞬で魔族に肉薄する。
どれだけ速くなっても意味がない。魔族にはベスティアの攻撃する場所が読めている。そこを守るだけである。『身体強化』とやらを使っても攻撃する場所が同じでは意味がない。斬り落とした腕からの出血があるのでそろそろとどめを刺そうと考える。
ベスティアが魔族の腹部に向かって拳を突き出してくる。しかし魔族にはそれは読めている。だからその拳を受け止めて握り潰し、痛みで歪んだ顔を楽しみながら頭を潰そうと考えていた。しかし
「グオッ」
片腕では受け止め切れない。魔族は三本の腕を使って受け止める。
「はあああああああああ!」
「ガッ!」
ベスティアは拳を振り切り、魔族を後方に吹き飛ばす。それだけでは終わらない。ベスティアの周りの空間に複数の裂け目ができる。その裂け目から大量の『無限投剣』が射出される。
「クッソッ!」
始めて魔族から笑みが消えた。迫る大量のナイフを横や後ろに跳ぶ事で躱す。しかし、着地した場所に瞬時にベスティアが現れる。
「――ッ!? オラアアアア! 」
魔族は拳を突き出す。ベスティアもその拳にぶつかるように拳を突き出す。
体重の差でベスティアが仰け反り、魔族は追い討ちをかけようとするがベスティアの周りの空間が裂けてそこから幾本ものナイフが飛んでくる。
既に攻撃態勢に入っていた魔族はそれを避けることができず、肩や脚、腹部などを傷つけた。
「クソッ、イキナリ攻撃ガ読メナクナッタ、ドウナッテルンダ」
ベスティアは一旦地面を転がって起き上がり、すぐに高速で駆け出す。
「貴様だけはああああああッ」
ベスティアの中の熱の奔流がさらに膨れ上がる。その熱は徐々にベスティアの両拳に集まっているように感じた。ベスティアは地面を蹴って跳躍し魔族の顔面にめがけて拳を突き出す。
魔族は二本の腕を使って防ごうとする。しかし、ベスティアの拳と魔族の腕が触れる直前、ベスティアの青色の瞳が一瞬だけ赤く光った。そして
「はああああああああああああああッ」
拳と腕が触れた瞬間、魔族の二本の腕が爆発した。
「ナニッ⁉︎」
魔族は衝撃で体を仰け反らせる。
いける!と思ったベスティアは空中で前方に回転し、魔族の頭に踵落としを繰り出した。しかし
「――ッ⁉︎」
ベスティアの脚は魔族の頭に到達する寸前で止められていた。魔族の爆発しなかった残りの一本の腕と背中から追加で出てきた二本の腕によって。そして脚を掴んだベスティアを空中で逆さにする。
「フハハハ、惜シカッタナ。腕ハ二本ダケデハナイト言ッタゾ」
この章の終わりが近づいてきました。やっぱりバトルは良いですね。




