第3話 少年が見たものは
「い、痛いっ……離してください!」
路地裏に入ると、二人の男が制服を着た少女の逃げ場を塞ぐように囲み、一人の男がその少女の腕を掴んで拘束していた。
少女の腕を掴んでいるのは真っ赤な髪の男で他二人は金髪と青髪だった。
いったいどこに行けばそんな髪色に染めることができるのかと言いたいほどに三人とも似合っていない髪の色をしていた。
さらに、これはなんとも不運なのか幸運なのか、おそらくこんな場所で再会してしまうということは不運なのだろう。
目の前で囚われている少女はアヒトにぶつかって来た魔術士の女子生徒だった。
少し様子を伺おうとアヒトは近くにあったゴミの山の影に隠れる。鼻をつくような異臭がするがそこは我慢する。
「返してください! 私の杖をどうするつもりですか!」
少女が腕を掴んでいる赤髪の男を睨みながら言葉にしている。
どうやら自分の杖を男たちに盗られてしまったようだ。杖が盗られてしまったということは持ち前の魔術を使うことができないということだ。
ただの少女が大人の男三人に敵うはずはないのは明白である。
「どうするつもり? こんなん持ってても意味ないっしょ。今からオレたちととっても気持ちよくなれる遊びをするんだからさ」
金髪の男が舌舐めずりをしながら少女の髪を撫でる。
「ひいっ……や、やめ……」
「おいおい俺がこの娘の動きを抑えてるってことは俺が楽しめるのは最後ってか?」
赤髪の男が口角を上げながら言葉にする。
「じゃあまずはオラが最初に頂きますね。オラが見つけてなかったらこの娘と遊べないんすから」
青髪の男が鼻の下を伸ばしながら言葉にする。
「しゃあねぇな。譲ってやんよ」
「へへへ、あざす」
赤髪の男が渋々といった様子で了承すると青髪の男は嬉々として気持ち悪い笑みを浮かべて両手の指をクネクネと動かしながら少女へと近づいていく。
「い、嫌……待って! 誰か……」
「おい、少し黙れ」
「んん……!」
赤髪の男が少女の口を塞ぐ。
さすがにこれ以上放置するのも目の前の少女に申し訳ないと感じたアヒトは、男たちのもとに躍り出る。
「はいはーい。そこまででお願いしまーす」
突如現れた黒髪の少年に男三人組は固まり、少女は目を丸くした。
「なんだお前」
「その制服……お前使役士の学園のやつか。その割には使い魔を連れていないようだが」
「もしかして、入りたての一年坊ちゃんすかね。一人で何しに来たんすかぁ?」
赤、金、青とそれぞれ男がアヒトに向けて質問する。
三人一気に質問されてもアヒトの耳は二つしか存在しないし、聞き取れるのも一人だけである。
アヒトが何も答える気がないと分かったのか、赤髪の男が小さく舌打ちをする。
「まあいい。お前ら、相手は一人だ。さっさと片づけろ」
赤髪の男がそう言うと残りの二人がアヒトに襲いかかってきた。
まず金髪の男が勢いよく殴りかかってきたところをアヒトはそれをギリギリのところまで引きつけて体を後ろにそらす事で躱し、そらす勢いを使って金髪男の顎を蹴り上げた。
「ぐへゃっ」
金髪の男は変な声を上げて倒れた。その時、懐から少女から奪ったのであろう杖が零れ落ち、地面を転がる。
「オラも行くぜえ!!」
今度は青髮の男がナイフを片手に襲ってきた。
アヒトは冷静にナイフの横振りは後ろに下がりながら躱し、アヒトの胸に向かってナイフを突き刺してくるところを体を横にずらしながら少し前に出ることにより、ナイフが通り過ぎたところを相手の腕ごと脇で挟んで動けなくした。そしてそのまま相手の腕を押し上げるようにしながら相手の肘を関節とは逆に曲げた。
「痛っいぎゃああああああああ」
ゴキッという鈍い音が鳴り、青髮の男は呻き倒れた。
アヒトは倒れた青髮の男の顔面を蹴り上げる事で相手の意識を奪う。
これで三人のうち二人は倒した。残るは赤髪の男だけである。
「すごい……」
捕まってる少女からそんな言葉が出ていたが、恥ずかしくて鼻の下が伸びそうだったアヒトはとりあえず無視した。
「お前使役士じゃないのか? 使い魔を前線で戦わせるから体はあまり鍛えないって聞いていたんだがな」
赤髪の男が警戒を強めて少女を捕まえながら一歩後退る。
たしかに剣士よりかは運動は緩いだろうが、そこそこ動けなければ使い魔と動きを合わせる事などできやしない。
それにアヒトは元々剣士や魔術士になりたかったため、幼い頃からそこそこ体は鍛えており、魔術も自主的に勉強していたから基礎は大体扱える自信はあった。
しかし、そんな事をあえて言う必要はないため赤髪の男の質問にアヒトは答えない。
「とりあえず、その子を離してもらいますか」
アヒトはそう言ってゆっくりと前に進んだ。
「ちっ、欲しけりゃくれてやるよ!」
そう言って赤髪の男は捕らえていた少女をアヒトに向かって勢いよく突き出してきた。
「きゃっ!」
「うおっと」
「もらったああああ!」
なんとか女子生徒を受け止めたが少女のすぐ後ろから赤髪の男が殴りかかってきたため、アヒトはとっさに彼女を横に突き飛ばした。そして殴りかかってきた赤髪の男の腕を掴み、相手の勢いを利用して背負い投げをした。
「がはっ」
赤髪の男は受け身も取れなかったのか背中を思いっきり地面にぶつけ、肺の中の空気を一気に吐き出し、そのまま動かなくなった。
「ふう〜」
アヒトはなんとか男三人を倒せたことに安堵する。まさかこんなやつらがアヒトの初戦闘になるとは思わなかった。とっさの勢いで少女を突き飛ばしてしまったが大丈夫だっただろうかとアヒトは彼女に視線を向ける。
「ごめん突き飛ばしちゃったけど、怪我はなかった?」
「は、はい。大丈夫です。……えっと、助けていた……ッ!」
お礼を言おうとした彼女は途中で言葉を止め、目を見開き、顔を青ざめさせた。
「ん?」
アヒトは首を傾げたが、少女の視線はアヒトを見ているのではなく、後ろを見ていることに気づいた。まさかと思った時には遅かった。
「『麻痺』ッ!」
「があああああ!」
アヒトは背中に突如走った激痛に呻き倒れた。アヒトの後ろには赤髪の男が笑みを浮かべ、杖を構えて立っていた。
アヒトは赤髪の男が気絶のふりをしていたのだろうかという思考を最後に意識を途絶えた。
「う、うぅ……」
アヒトは後頭部に柔らかい感触と、髪を撫でられる感覚で目を覚ました。目を開けるとそこには優しい目でアヒトの頭を撫でる魔術士の少女がいた。
「えっ……」
アヒトは現状を理解できずに目を見開く。
すぐさま彼女から跳びのこうとしたが体が痺れていてうまく動かせなかった。
「あ、気がつきましたか? ごめんなさい。私のせいで危険な目に合わせてしまって」
少女の言葉でアヒトは意識を失う前のことを思い出した。
アヒトは少女にかなりかっこ悪いところ見せてしまったことに頭を抱えたい衝動に駆られた。アヒトのシナリオでは悪い男から女の子を守ってそのままラブコメに移るはずだったのだ。それが一体全体どういうことなのかアヒトが助けられた感じになってしまっていた。
「……ダメじゃん」
「?」
アヒトの呟きに魔術士の少女は意味が理解できず小首を傾げた。
「そういえば、あの男たちは?」
確か赤髪の男が残っていたはずである。
アヒトの言葉で彼女はある方向を見た。その方向にアヒトも視線を向ければそこには赤髪の男が仰向けで眠っていた。
「睡眠魔術で眠らせました。もうしばらくは目を覚まさないと思います」
「けど、杖は? あれがないと撃てないんじゃないですか?」
アヒトが疑問を口にすると、彼女は懐から杖を取り出した。
「地面に転がっていたのを見つけて咄嗟に拾いました」
「なるほどね」
赤髪の男は自分の杖を持っていたことになる。あんな奴でも元魔術士の生徒だなんて考えたくはなかった。そう思っていると、いつのまにか体の痺れがなくなっている事に気づいた。
「ごめん助かったよ。もう体の痺れが消えたからどくよ」
アヒトが女子生徒の膝から退いた時ようやく意識したのか顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「え、えっと……君の名前を教えてくれるかな」
同じく照れたアヒトはごまかしも含めて名前を聞く事にした。
「は、はい。サラ・マギアンヌと言います。何度も言いますが、助けてくださりありがとうございます」
サラはそう名乗り、頭を下げた。
最後は結局負けてしまったのだが、サラがアヒトに助けられたと思ってるのなら何も言わないでおくことにした。
「アヒト・ユーザスだ。制服の新しさからおれと同い年だろ? なら敬語はやめよう」
アヒトはサラに提案した。
「そ、うだね。わかった」
「よし、早いところここから去ろう。君の学園の近くまで送るよ」
そう言ってアヒトとサラは路地裏から出て行った。
途中、路地裏に入る前に置いてきた食材を手に取る。盗まれるか心配だったが杞憂だったようだ。
「あれ、そういえば君が持っていた果物袋は?」
今のサラはぶつかってきた時のような袋は持っていなかった。
「え、どうしてそれを……あ!」
サラはなぜアヒトがその事を知っているのかと訊こうとしてようやく彼が初めて会話した人物ではないことに気づいた。
それによってまたもや少女の顔が赤くなる。おそらく申し訳なさから来る恥ずかしさなのだろうとアヒトは気がつかないふりをする。
「え、えと、あの人たちに引っ張られた時にどこかに落としてきちゃった」
「じゃあとりに行く?」
「ううん、いいよ別に。袋の中にはお肉とかも入ってたけど、もうダメになってるんじゃないかな。だから、今日は友達の部屋でも行ってご飯食べることにするよ」
「そっか」
それからは会話もなくただ静かに魔術士育成学園まで歩くこととなった。
「じゃあ、気をつけて」
「うん、ありがと」
アヒトはサラに軽く手を振って背を向ける。
角を曲がり、サラが見えなくなるとアヒトは小さく息を吐いた。
「少し失敗したけど、まぁ知り合いにはなれたから、またどこかで会える事を願うとするかな」
そんな感じでアヒトの学園生活初日は終わった。初日から運命感ある出来事に遭遇したのならこれからの日々はもっと楽しくなるかもしれないと心躍らせた。のだが――
「がはっ……!」
口からかなりの量の血が地面に垂れて染みを作る。
身体の至る所の骨は折れ、辛うじて立ち上がることは出来てもそこから一歩も前に進むことができなかった。
「なんで、こんなことになってんだよ……」
目の前には頭に三角の耳とお尻にふわふわの尻尾を生やした、亜人の少女が殺意のこもった視線をアヒトに向けて立っていた。