第9話 魔族との戦いは
時は少し戻る。
「流石ダナ。アイツガ排除ヲ命令シテクルワケダ。全ク、魔族ハ犬デハナイノニナ」
「あいつ? ……それに魔族って」
木の陰に隠れていたそいつは、肌は紫に近い黒で眼球は赤く染まり頭の横からは角が生え、腕は地面に触れるのではないかという程の長さを持つ魔族だった。
アヒトは初めて見る魔族の姿、体から溢れる禍々しい魔力に半歩後ずさる。隣のサラも同じなのか首から下げるペンダントを握り締めながら息をのむのがわかった。
「恨ムナラ私デハナクアイツヲ恨ムンダナッ」
魔族はその言葉と同時に地面を蹴る。
向かった先にはベスティアがいた。どうやらこの魔族の狙いはベスティアのようだ。
見たところ、武器は何も所持していないことから素手で戦うみたいだ。距離を詰める速度はベスティアよりも遅い。そのためアヒトの目でも追うことができる。
距離を詰めた魔族はベスティアに向かって拳を突き出す。
ベスティアはそれをかがんで躱し、魔族の腹に向けて拳を突き出す。が、すんでのところで魔族がもう片方の腕でベスティアの拳を弾く。弾くと同時に突き出していた腕の方を引き、下から拳を突き上げる。
ベスティアはそれを体を大きくそらして後ろに跳ぶ事で躱し、地面に手をついた勢いで体を回転させ、魔族の繰り出した腕を蹴り上げた。
「グォ⁉︎」
蹴り上げたベスティアはそのまま足から着地し元の構えをとる。腕を打ち上げられた魔族は反動で後方に数歩下がり止まる。
その一連の動きがものすごい速さで行われていた。普通の人間では到底目で追えるものではなかった。
「フハハハ、ヤルジャネエカ。ヤハリ、カナリ動キガ速イナ。コイツハ殺シガイガアリソウダ」
「…………」
ベスティアは口を開くことはなく、ただ相手の動きに集中する。
「サラ、魔術が撃てるようになったら言ってくれ。おれたちもベスティアに加勢するぞ」
アヒトはサラに小声で告げる。
「わかった」
サラは先程アヒトに渡された魔力回復薬を一気に口の中に流し込む。
「ソンジャア、行クゼェ」
魔族が動く。
先程と同じような攻防が繰り広げられる。魔族の攻撃に速さはない。そのためベスティアは防いでカウンターの攻撃を繰り出すことができる。しかし、ベスティアの攻撃も相手に届かない。ベスティアの攻撃速度は圧倒的相手の魔族より速い。なのに一撃も与えられない。
ベスティアは自分の攻撃が読まれていることに気づき、一旦魔族から距離をとる。先程の魔獣との戦いでの疲労が出てきているのか肩で息をするようになってきている。
逆に魔族はまだまだ余裕があるらしく、戦闘中も現在もニヤついた笑みを崩さないでいる。
「オイオイ、ドーシタ?モウ終ワリカ?」
魔族は腕を組んで仁王立ちする。
「はぁ……はぁ……そんなことない。まだまだこれから」
ベスティアは口の中に溜まった唾液を飲み込んで、再度戦闘態勢をとる。
「フハハハ。ソウジャネエト面白ミガネエッテモンダ」
楽しそうにニヤつきながらベスティアに再度接近する。三度目の攻防が始まった。
先程と同じ展開になると思いきや、ベスティアの左下から魔族の脚蹴りが迫る。
ベスティアは、それを跳んで体を地面と平行にし、横に捻って回転することで躱して着地。それを見て魔族が内側に振り上げていた脚を今度は外側に開くようにベスティアの頭に向けて繰り出された。それをかがむことで躱したベスティアは、魔族の地面に着いている脚を払おうと足で繰り出す。しかし
「――ッ⁉︎」
「フハハハ、払エナクテ残念ダッタナ」
魔族はベスティアの顔をめがけて蹴り上げる。
「ぐっ!」
なんとか両腕を交差させることでもろに受けることはなかったが、一撃がかなり重く、ベスティアの体は簡単に後方に飛ばされた。魔族と交戦してはじめてのダメージである。
飛ばされたベスティアは地面を何回かバウンドして転がる。
「げほっ……げほっ……ッ」
受け身がうまく取ることができなかったベスティアは肺の中の空気を一気に吐き出すこととなり咳き込んだ。
しかしいつまでもそうしているわけにもいかない。魔族が接近してくるのを感じたベスティアは素早く腰を上に伸ばして開脚旋回させる。
「ウオッ……トト」
接近していた魔族は後ろに跳んで回避する。
ベスティアは両手を頭の横に置きながら脚の遠心力を使って体を起き上がらせる。そしてそのまま高速で地面を蹴る。
魔族はベスティアに拳を突き出す。
もう何度も見た動きである。今まで躱してきたが次は違う。ベスティアは少しだけ体を横にずらし、魔族の腕を掴み、相手の勢いを利用して地面に叩きつけた。
「グオッ」
すかさず次の行動に移る。
ベスティアの横の空間が裂ける。そこから『無限投剣』を何本か射出する。
魔族は体を転がして回避し、起き上がる。
「イイゾ、マダ死ンデモラッテハ困ルカラナ」
魔族はニヤつきながらベスティアの攻撃に対応する。
互角の戦いのように感じるが、このままベスティアの攻撃が魔族に与えることができなければ負けるのはベスティアである。『身体強化』を使ってもいいが攻撃が読まれているため、隙ができない限り攻撃は当たらないだろう。
「アヒト、私はもう大丈夫だよ」
「わかった。おれはあいつの隙を狙って攻撃するから、援護頼んだ」
サラとアヒトはお互いにうなずき合い、それぞれの行動に移る。
「フヒヒヒ、ドーシタ。カカッテコナイノカ?」
魔族が人差し指をくいっと曲げて挑発してくる。
「……私には私のペースがある」
「ソウカ、ナラ私カラ行カセテモラウゾ」
魔族は地面を蹴る。そこに
「……『絶対零度・弾』ッ」
「ナニッ」
魔族に向かって冷気をまとった無数の氷弾が横から飛来する。これはサラが放った魔術であり、先程の『絶対零度・刃』より魔力の消費は多くないため、ふらつき程度で倒れることはない。
それを見たベスティアは高速で駆け出す。
魔族は腕を振ることで氷弾を打ち落すが、触れた場所から凍り始める。
「チィッ」
「はあああ!」
そこにサラが放った場所とは反対側に回り込んでいたアヒトが攻撃を仕掛ける。ほぼ同時に正面からベスティアも拳を突き出す。魔族はベスティアの拳をもう片方の腕で受け止めようとする。
アヒトは魔族の横腹に向かって杖剣で横薙ぎに振るう。
相手の魔族は両手がふさがっている。これが決まれば流れはこっちに傾く筈だ。しかし
「なっ⁉︎」
アヒトの杖剣を持っていた腕は魔族の腕によって止められていた。




