第8話 心配少女の譲れぬものは
マヌケントの先手から始まった魔獣との戦い、彼らのパーティーは現在苦戦を強いられていた。
「はああああああ!」
ザンはゴリラ型の魔獣に向けて上段斬りを行った。
しかし、威力が足りていないのか切先が魔獣の体に触れても斬れる様子が全くない。
「く、くそ!何で斬れないんだよ!」
「落ち着いて!じゃなきゃ相手の思うツボよ!」
アンはザンの苛立ちを注意するが、苛ついているのはアンも同じである。
なにせ、ザンの一度の攻撃速度があまりにも遅すぎるのだ。魔術を使って援護はしているが、全く火力が足りていない。魔獣の体毛すら斬れないところを見たときは呆れるしかなかった。味方の剣士がまともな人であれば、もっと楽に戦えていたかもしれないとアンは歯噛みする。
アンはマヌケントの方に視線を向ける。
マヌケントの使い魔もさすがに数が多いのか、かなり苦戦しているようだ。
「やっぱり逃げていた方が良かったかもね……」
アンは自分の判断の間違いに後悔していると、ザンが肩に手を置いてきた。
「何を言ってるんだ。僕たちがあいつらを倒さなかったら誰が倒すんだい?」
「いや、少なくともあんたより強い人はたくさんいると思うから、倒せる人はいくらでもいると思うけど?」
「僕たちがここで倒さなければ、あいつらが帝都に攻めて来るはずだ。負けるわけにはいかない」
「聞きなさいよ!何であたしとの会話は成立しないのよ!え、なにもしかして、あたしがおかしいの?ちゃんと同じ言語話してるよね⁉︎」
アンが頭を抱えていると、目の前のゴリラ型の魔獣が咆哮をあげて突進してきた。
「来るぞ!」
「見えてるよ!」
ザンが頰に汗を垂らしながら剣を構える。
「……『炎弾』ッ」
アンが魔術で魔獣の突進力を少しでも弱めようとするが、着弾しても弱まる気配は全くしない。
「くっ、避けて!」
アンはザンに回避を指示する。ザンではあの魔獣の攻撃を受け止めることはできないと判断したからだ。
アンの指示にザンは素直に応じ、横に跳んで回避する。
ちょうどその時にゴリラ型の魔獣の拳が先程までザンがいた場所にクレーターを作る。
その惨状にザンは目を丸くし、頰を引きつらせる。
「任せて!『束縛』ッ」
アンがそう言うと、ゴリラ型の魔獣がいる足元から何本もの蔓が出現して動きを封じる。
「今のうちに攻撃して!体毛のない場所を狙って!」
「わかった!」
アンの指示に従い、ザンは体毛の薄い腹の部分を狙って何度も斬撃を行う。
「グギャアアアアアア」
ザンの攻撃を受けた魔獣は悲鳴をあげて拘束から抜け出そうともがいている。
「効いてるよ!同じところを何度も攻めて!」
「はあああああ!」
ザンが一度傷を入れた場所に向かって再度斬りかかる。
これなら、いかにザンの攻撃が弱くてもいづれ倒すことができる。問題はどれくらい攻撃しなければならないのかだ。あまり時間をかけすぎるとマヌケントの方が先にやられてしまう。
アンはマヌケントの方に視線を向ける。
今は何とか戦えているが、使い魔はかなり傷が多い。マヌケント自身も何度か狙われたのか、服がボロボロになっている。いつやられても不思議ではない。
そう考えると自然とアンの内心で焦りが浮かぶ。
そんな焦りが天に見透かされているかのように、ゴリ型の魔獣が咆哮をあげながらアンの拘束を強引に引きちぎった。
「え⁉︎」
「なにっ⁉︎」
突如自由になった魔獣にザンがたじろぐ。
そして、ゴリラ型の魔獣がザンに向けて拳を突き出した。
「うっ、があああああああ」
ザンは剣で受け止めようとしたが、受け止めきれず、そのまま後方に大きく吹き飛ばされた。
アンは急いでザンのもとに駆け寄る。
「うっ、ぁ……腕が……」
見ると、ザンの両腕は途中から変な方向に曲がっていた。明らかに折れてしまっている。これでは剣を握ることはできないだろう。
「……『治癒』!!」
アンはすぐにザンの腕に杖を当てて魔術を使う。しかし、骨が完全につながるのには時間がかかる。
おまけに、回復など許さないかのように、ゴリラ型の魔獣が咆哮をあげ、時折勝利を確信したかのようにドラミングを行いながら近づいてくる。
「お願い早く治ってッ」
アンは涙目になりながら懇願する。しかしアンの叫びも虚しく、淡々と回復魔術特有の青白い光が続いている。
アンはマヌケントに視線を向ける。マヌケントと目が合う。しかし、マヌケントは助けに行きたくてもオオカミの魔獣が行く手を阻み、助けに行くことができないでいる。
状況は最悪。完全に詰んでいる。
どうする。どうしたらこの状況を覆せる。アンは必死に思考を巡らせるが、焦りのせいか何も浮かんでこない。
「もう、いい。アリソン君」
ザンがアンに向けて声をかける。
「何言ってるの!まだ諦めちゃダメ」
「もういいんだ。君だけでも逃げてくれ」
「そんなことは絶対にしないから!」
正直、今すぐにでも逃げたい。こんなところで死ぬのは嫌だ。でも、彼らを置いて逃げるのはもっと嫌だった。
仮にでも仲間として行動することになったのだ。見捨てられるわけがない。
アンとザンの目の前にゴリラ型の魔獣が近づき立ち止まる。
「あ……あぁ」
「……ここまでか」
ゴリラ型の魔獣は一際大きく咆哮し、両腕を大きく振りかぶり、叩きつけるように振り下ろしてきた。
アンは瞼を強く閉じて衝撃に備える。
しかし、いくら待ってもその衝撃は来なかった。
「アン、怪我はない?」
「……え?」
その声を聞いてアンはゆっくりと瞼を開ける。
「……りっちゃん?」
アンの目の前には森に入る前に別れた親友の一人、リオナが立っていた。
「なんで……」
なぜここにリオナがいるのか。あのゴリラ型の魔獣はどうなったのか。
アンはリオナが立つその奥に視線を向けると、そこには片腕を斬られ、全身にスライムのような魔物がまとわりついたゴリラ型の魔獣が苦しそうにもがいていた。
「いいっすよスライム。そのまま傷口から『伝染』で奴を弱らせるっすよ!」
どうやらあのスライムはリオナ側の使役士が使役する使い魔のようだ。隣に剣士がいることから腕を斬ったのはこの人なのだろうとアンは理解する。
「りっちゃん、どうしてあたしの場所が?」
「私は常にアンの側にいるから」
「え、えっと、ありがとう?でいいのかな」
アンはこんな状況なのに冗談(?)を言って落ち着かせてくれるリオナに感謝する。
「アンはそこで休んでいて。私たちが何とかするから……『全体治癒』」
リオナはアン、ザン、マヌケントの三人の傷を一気に回復させる。
「あたしも戦うよ。相手は魔獣だもん。仲間は多い方がいいよね」
アンの言葉に腕が治ったザンも剣を構えて立ち上がる。
「わかった……剣士の人。あっちのオオカミの魔獣の方の援護に行って。使役士の人はここでこの二人の助けをしてあげて」
リオナは自分の仲間の二人に指示を出し、リオナの指示に従って剣士と使役士は行動する。
「早く倒して帰ろ」
「うん!一緒に生きて帰ろ」
アンとリオナはハイタッチし、お互いに背を向けながらそれぞれ魔術を行使し始めた。
まだまだバトルは続きますよ




