第4話 大胆少女の男女の距離感差違
「――ッ⁉︎」
至近距離から投げられたことで避けることができない。わけもわからず、死を悟ったアヒトだが、『無限投剣』はアヒトに当たることなく顔の横を通り過ぎて行く。
直後、アヒトの真後ろから先程の巨大ムカデが勢いよく飛び出して来た。アヒトたちの警戒心が解けるのを地面の中で待っていたようだ。しかし、アヒトを襲おうとした巨大ムカデは、目の前にベスティアが投げたナイフが迫って来ていることにギョッとする。しかもそのナイフはアヒトの横を通り過ぎた瞬間に分裂し四本にまで増えていた。そして、巨大ムカデの顔面に深々と四本のナイフが刺さる。
まるで「え、うそやん」と言っているかのように巨大ムカデは嘆きながら倒れて行くのをアヒトたちは見た。
ビクンビクンと痙攣している巨大ムカデにゆっくりと近づいたベスティアは脚を高く上げて巨大ムカデの顔面に刺さっているナイフもろとも踵から叩き潰した。グシャっという音とともにブシューっと黄土色の液体がナイフの傷口から飛び出す。
巨大ムカデの憐れな死に様に少し同情してしまうが、確かに逃げていったと思って気を抜いていたアヒトが悪いし、狙われるのもわかる。わかるのだが、二度も奇襲に成功するはずだったのが一人の亜人によって難なく防がれて返り討ちにあうという。しかも頭部をぺしゃんこにまでされて。巨大ムカデには少し狙う相手を間違えたのかもしれない。
アヒトは憐れなムカデさんにこっそりと両手を添える。
ベスティアが巨大ムカデの頭から『無限投剣』を引き抜いてアヒトたちのところへ戻って来る。
「ちゃ、ちゃんと使えてるようだな」
「……ん」
『無限投剣』には魔力を通すと分裂するという能力が付与されている。ベスティアが短剣を投げて使っていたのを見て、ナイフにしてみたらどうだと思い、ロマンに作らせてみた。しかも、基本ナイフは使い捨てが多く、新しく買い足しに行くお金がないというアヒトだけの絶対に秘密にしたい事情によって分裂させるという能力にしたのである。
ロマンによれば、分裂したナイフ自体には分裂の能力は付与されておらず、本体のナイフに込める魔力量によって分裂数が変わるということらしい。
今回、ベスティアは本体の『無限投剣』ごと投げていたが、本来はあらかじめナイフに魔力を込めて分裂させて、投げるのは分裂した方を使うということらしい。どうやって作ったのかは教えてくれなかった。ロマンにもこだわりがあるのだろう。
「次からは本体ごと投げるんじゃないぞ。それと助かったけど、二度とあんなヒヤッとするような思いはさせないでくれよ」
ちびるかもしれないから、とは言えない。
「……ん」
ベスティアがわずかに微笑む。
最近になってようやくアヒトはベスティアの微笑む姿を多く見られるようになったと思っている。動揺する時以外の普段はあまり表情が変わらないので何を考えているのかわかりずらいと感じている。
ベスティアが空間に『無限投剣』を入れ終わった時、ベスティアの小さな体にサラが飛びついてきた。
「ベスティアちゃん今の何⁉︎とってもすごかったよ!助けてくれてありがとぉ!」
サラはベスティアをぎゅっと抱きしめる。
「別に貴様を助けたわけでうぁゎい……ぅむむ」
「ふふっ、照れなくてもいいんだよ?」
ベスティアの顔がサラの形のいい胸に沈んでいく。ベスティアが半分だけサラの胸の中に顔を埋めながらアヒトの方にじーっと視線を向けてくる。
視線から「この女をどうにかしろ」と言っているように感じられるのは気のせいでありたい。アヒトは苦笑いを浮かべながらもう少しこの光景を見ていたいと思い、ベスティアの視線を見なかったことにした。
ベスティアはアヒトの助けがないことを悟り、サラの抱擁から無理やり抜け出して手刀を頭に叩き込んだ。
「あ痛ぁ!」
サラが両手で頭を抑えてうずくまっている間に大きく跳び退く。その際、フードがめくれて三角の耳が露わになってしまった。
「はっ!」
すぐにフードを被りなおすが遅かった。サラの目にベスティアの頭にある三角の耳がしっかりと映る。
「……ベスティアちゃん、その耳……もしかして人じゃないの?」
ベスティアの視線が泳ぐ。
そこにアヒトが「やっぱこうなるか」とため息をつきながら言葉を漏らした。
というより、尻尾が見えている時点で気づくべきことなのだが、サラには注意力が足りてないのかもしれない。
「あー、サラ。えっとだな……実はティアは亜人で、おれの使い魔なんだ」
「……へ?」
サラがベスティアとアヒトを交互に見る。
「亜人……だ、だけど、私の知ってる亜人はこんなんじゃ……」
「すまない、後でちゃんと話すよ。だけど、今はどうかティアを嫌わないでやってくれ」
アヒトはサラをじっと見つめる。
その瞳にサラはどこか強いものを感じた。首から下げた小瓶のペンダントを服の上からそっと握る。――やっぱり、まだまだ私の知らないことがたくさんあるんだ。
二ヶ月も前なのに小瓶の中にある液体は暖かく、とても落ち着かせてくれる。
「そっか……ベスティアちゃんはアヒトの……ふふっ、大丈夫。そんなことじゃ嫌わないよ」
「ありがとう」
アヒトが笑みを浮かべる。そしてサラに手を差し出す。
「これからもティアのことをよろしく頼む」
「うん!任せて。ベスティアちゃんの女友達としてしっかり付き合っていくよ!」
サラはアヒトの手を握る。しかし、アヒトと触れているということに気づくと、顔を赤くしすぐにアヒトから手を離してうつむく。
「……別に私はよろしくしてくれなくていい」
ベスティアがそっぽを向きながらぼやく。三角の耳がぴょこぴょこ、尻尾がゆさゆさと動く。
そんなベスティアの態度にサラがバッと顔を上げる。ベスティアがあまりにも可愛いすぎて、瞳を凄くキラキラさせて近づく。
「そんなこと言わないで仲良くしようよ!」
サラの瞳にギョッとするベスティア。サラからさらに一歩退いて威嚇する。それでもサラはベスティアに近づこうとする。
「ち、近づくにゃぁああ」
ベスティアはサラに背を向けて走り出す。
「あ!まってよベスティアちゃん!」
サラはベスティアを追いかけて駆け出す。
「お、おい、まてよ二人とも!」
アヒトも二人を見失わないように走り出すのだった。




