Memory in the dark
幕間の物語って一度は書いてみたかったんですよね。
話自体は短いので読んでみてください。
木漏れ日が差し込む森の中に亜人の集落は存在した。
その森は広大で、亜人の種類も多種多様。
そして、亜人種の中の一種族である、ネコ族出身の少女は果実を取りに集落から離れ、一人森の中を歩いていた。
森は広いが迷うことはない。これが人間であるならばおそらく帰っては来れないのだろうが、少女たちのような種族にとってこの森は隣街に出かけるようなものである。
竹で編まれた籠を片手に、少女は鼻歌混じりに軽快に森の中を歩いていく。
この辺はオオカミ族の領域だった気がするが、幼い頃からよくここを訪れていてもオオカミ族らしい姿を見たことは一度もないので何のためらいもなく足を踏み入れる。
「あっ、あったあった。この果実がとっても美味しいんだよね」
少女は目の前にある木に小さく実る果実に手を伸ばす。
この果実を取りに毎年この場所を訪れている。なぜかはわからないが、この果実はネコ族の村の店では売っていないのだ。そして、この場所以外で実っている木をみたこともない。もしかしたらこの場所は生物にはわからない、何か特別な力が作用しているのかもしれない。
「他にもこの果実みたいに見たことない変わったものがあるのかな……」
今まではオオカミ族の人たちに見つかるのが怖くてこの木より奥へは行かずに帰っていた。だが今回は、少しだけ好奇心の方が勝ってしまっていた。
ゆっくりとだが、奥へ足を進めていく。
「はにゃぁあ……何ここ。きれい!」
少しした先には、まるで別の世界に迷い込んだかのように、辺り一面に見たことのない美しい花畑が広がっていた。
無意識に体が花畑の方へと動いていく。
まるで何かに引っ張られているような感じだった。
花たちに近づくにつれてほんのりと爽やかな香りが漂ってきて、それがますます少女を花へと誘って来ていた。
「……いくつか持って帰ってもいいのかな」
屈みこんで花たちに触れようと手を伸ばした時、まるで待っていましたと言わんばかりの勢いで筒状花の部分を真っ二つに裂くようにして口が現れた。
「ひゃっ!」
とっさに腕を退いたが、驚きのあまり地面に尻をついてしまった。
花はケラケラと奇怪な音を奏でながら小刻みに震えだし、地面を隆起させる。そこから足のような根を出して地面から這い出てくる。他の花たちも同様に次々と這い出てきて少女に近づいていく。
「こ、こにゃいで!」
逃げなきゃ。少女は後退りながら思い、立ち上がる。だが、花たちに背を向けて一歩足を踏み出した時、片方の足に花たちが蔓を絡ませてきたことで盛大に転んでしまった。
「うっ……はにゃして!」
蔓は少女を逃がさないように股関節あたりまでしっかりと巻きついて離れようとしない。
徐々に花たちとの距離が縮まっていく。
「や、やだ。お願い、助けて……」
花が唾液のようなものを垂らしながら近づいてくるのを見て、死を悟る。この辺りは誰も近寄らないことを少女は知っている。助けなど来ない。
少女の股から温かいものが流れ出てくる。
近くまで来ていた花の根が流れ出た液体に触れると、まるでその液体の流出源を探るかのように少女の股まで蠢いて来る。
「ひぁ……ゃ……」
絡みつくように少女の秘部に吸い付いて水分を補給する花の根に、少女は身動きが取れないためされるがままである。
もうどうにでもなれ。花に食べられるでも犯されるでもどっちでもいい。どの道助からないのだ。早く楽にして欲しい。そう思い、瞳に大きな雫を浮かべたままゆっくりと瞼を閉じる。
「『火炎』ッ!」
その声が聞こえた時、辺り一面が火に包まれる。
「え……」
瞼を開けると、花たちが悲鳴のような高い音を出しながら暴れまわっていた。
「おい、大丈夫か!」
少女のもとに大剣を背に担いだ男の人が駆け寄って来る。
「聞こえているか⁉︎しっかりしろ!」
男の人は何度も少女に呼びかけるが、状況が理解できずに呆っとしていて返答がないと理解すると、ひとまず逃げることを最優先に考える。
背中に携えている大剣を抜いて少女に絡みついている蔓を斬り落とす。そして、脚に巻きついた残りの蔓を剥がすと、少女を担いで一気に走り出した。
その速度はネコ族の村では見たこともない、圧倒的な速さで先程あった花畑からどんどんと遠ざかっていく。
少女は男の人の腕の中でゆっくりと彼の顔を見上げる。顔立ちがはっきりとしていて少女とそれほど年の差がないように思えた。
髪は頸まで伸びており、よく見ると頭に生えた耳はネコ族のそれではなかった。
「オオカミ族……?」
男の人は少女を抱えて高速でしばらく移動したところでようやく解放してくれた。
「大丈夫だったか?」
「う、うん。ありがと」
まだ足が震えていてうまく歩けなかったため、近くの木に寄りかかりそのまま腰を落とす。
「君はネコ族の子だよな。名前はなんて言うんだ?」
「え、えと……レティア、です」
「レティアか。俺はベストだ」
とくんっとレティアの鼓動が弾んだような気がした。こんな感覚は初めてのことだった。もっと彼のことを知りたい、とそう感じた。
ひとつだけ言っておきます。この話はアヒトのいた世界とは異なる世界です。
では次からは6章に入ります。




