第2話 少年が出会ったのは
グラット先生は一旦生徒たちを見渡すと、チョークを片手に黒板に文字を書き始める。
「今回は入学初日の授業だから、基礎知識を教えようと思う。お前たちももう知っていると思うが、一応復習のために話しておく」
今日は午前で授業が終わる日程であるため、おそらくこの授業で下校となるのだろう。
アヒトはあまり見になるものではないなと欠伸を噛み殺しながら聞いていた。
「まず、魔物と魔獣の違いから話そうか。そこまで大した差はないのだが、魔物は普通に生息している生物と違って、魔力を持っている。魔力を持った生物は魔法や特殊能力を使うことができて全体的スペックが他の生物とは大幅に違うために危険視されている」
保有している魔力が膨張し、制御できずに暴走した魔物を魔獣という。魔獣は人や他の生物を見境なく襲うため討伐対象にされている。人も同じで保有する魔力の許容量を超えると、暴走してしまう。魔獣と違い、知能が高いために討伐することはとても厳しいものとなる。しかし、人の場合は魔力を常に魔術として外に吐き出しているため暴走の確率は低いと研究データから分かっている。
「ここまでは一般常識だからな。では次に行こう」
そう言ってグラット先生は次の説明をするために再び黒板に文字を書き始め、着々と下校時刻へ向けて時間が過ぎていった。
授業が終わり、各々生徒たちは部活見学をしたり、下校したりし始めた。
部活は何があるのかというと、一般的なスポーツはもちろんあるのだが、どちらかというと研究系の部活が多く存在している。解剖であったり心理的なものであったりと研究するのはそれぞれ違っているのだが、どうやら顧問は存在しないらしい。部活での事故は自己責任といった感じなのだろう。
なんとも身勝手な学園だと思わなくもないが、自分の身を守ることができない者に魔族を倒せるとは思えない以上、学園側のこの対応も理解できないことはなかった。
とりあえず、アヒトも何か興味がひかれる部活がないかと授業の最後に配られた部活の紹介がされているパンフレットを眺めていると、ふと視界の端に今朝の男子生徒三人がアヒトに視線を向けながらこちらに向かってくるのがわかった。
「嫌な予感しかしないな……」
アヒトはささっと荷物をまとめて席を立つ。
それに気づいて彼らが足を早めて来るがそれよりも速くアヒトは教室から出て行った。
そのままアヒトは校舎を出て正門まで向かう。面倒なやつらに絡まれるとこれからの学園生活に支障ができかねないため、アヒトは今日の学園はこれくらいにして帰宅することにした。
だが、時間としてはまだ昼も過ぎてない時刻。一人で寮にいてもすることがないため、昼食を取るついでに商店街の方まで出向くことにした。
平日の昼間というだけあって商店街は多くの人で賑わっていた。たくさんいる人の中に使役士の制服を着た生徒もちらほらいるのが伺えた。どうやら部活見学をしていなかった生徒はアヒトと同じ考えに至っているのだろう。
商店街には欲しいものがなんでも揃っているため、足を運びやすいのである。
アヒトは軽めの昼食を取るために適当な喫茶店へと入ることにした。
そして昼食を終えた後は本格的に何もすることがないため、食べたばかりだというにもかかわらず、とりあえず夕食の買い出しをすることを決めた。
「肉は美味いから必須にするとして……」
アヒトは肉屋は帰りに買うことにして通り過ぎ、先に他の食材を買うために顎に指を添えて顔を歪ませながら歩いていると、道の角から唐突に人が飛び出してきた。
「うわっ!」
「きゃっ!!」
どうやらぶつかってきた相手はアヒトと対して歳が変わらない少女のようだった。アヒトはよろけるだけで済んだが、少女の方は勢いよく地面に尻をついてしまっていた。
手に持っていたのであろう果物類が袋から溢れて地面に散乱していた。
制服を着ているが、彼女は使役士の生徒ではない。使役士の制服は紺色を主体とした服であるのに対して、彼女の制服は暗い紅色を主体とした制服である。
これは魔術士育成学園の制服であることをアヒトは知っていた。
「す、すみません。大丈夫でしたか?」
歳が近く見えるとはいえ同い年とは限らないため、アヒトは敬語で言葉にする。
すると、少女は栗色の髪を揺らしながら慌てて立ち上がり、頭を下げる。
「いえ、こちらこそすみません! 急いでたもので」
そう言った少女は地面に転がった果物類を一つずつ拾っていく。
それをアヒトも手伝い、少女へと渡す。
こんなにたくさんの果物を一体何に使うのかものすごく気になったアヒトだが、プライベートな情報を聞くのは良くないと考えた結果、そっと胸の中にしまっておくことにした。
「ありがとうございます。じゃあ、これで失礼します」
そう言ってもう一度頭を下げた少女は果物類が入った袋を抱えてアヒトが歩いて来た方向へ走って行った。
「……なかなか可愛い子だったな。おれも魔術士の学園に入っておけば知り合いくらいにはなれたかもしれないな」
アヒトは先ほどの少女のような生徒と会話をしている状況を想像して鼻の下を伸ばしつつ、買い物を続ける。
少し時間が経過し、野菜や足りない調味料を揃え終えたアヒトは先ほど後回しにした肉屋へと足を向ける。
「こんにちはー」
「へいらっしゃい! あれま、また学生さんかぃ。今日はなんの日なんだ?」
店から顔を出してきた男性がアヒトの服装を見るなり質問してくる。
「今日は入学式だったんですよ」
「おー、そうかそうか。入学式か。なら今日はおじさんからの祝いとして特別いいものをお前さんに売りつけてやるよ」
「い、要らないですよ! 安いもので十分です」
いかにも高そうな肉の塊を見せてきた男性にアヒトは両手を振って断る。
それを聞いて肉屋の男性は「そうかい。残念なこった」と呟いて、アヒトが頼んだ安い肉をビニールに包んで渡してくる。
「そういやぁ、さっきお前さんのように肉を買いに来た学生の嬢ちゃんがいてだな。その子がまたべっぴんさんでな。今年はまたええ子がやって来たなぁ」
「は、はぁ」
腕を組んでうんうんと勝手に頷いている肉屋の男性にアヒトは適当に相槌を打ちながらお金を払う。
「何かしらんが、重たそうに果物が入った袋抱えて、そこからはみ出る二つのメロンが独身のおっさんの心を刺激してきてもうたまらんよな!」
「お客になんて視線向けてるんですか! 営業職をやってる側として失格にも程がありますよ」
「むははは! 冗談だよ冗談。ほれ気をつけて帰りな。また来いよ」
愉快そうに笑う男性にアヒトはジトっとした視線を向けながら頭を下げて歩き出す。
ふと、先ほどの会話に出てきた女子生徒の特徴にアヒトは少し前にぶつかった少女と酷似していることに気づいた。
これが正解であれば、なにか運命的なことがこれから起こるのではと少し期待で気持ちが舞い上がってしまう。学園が違うためにそんなことは起こり得ないだろうと分かっていても謎に膨らむ妄想を止めることはできそうになかった。
しかし、その妄想は急遽止めざるを得なかった。
「……なんだ?」
たまたま通りがかった先の路地裏から誰かの声が聞こえてきたのだ。
声は数人の男と女が一人。女の方から度々悲鳴のようなものが聞こえてきていた。
「まったく、悪事を働く奴はなんでこうも路地裏なんだろうな」
アヒトは肉や野菜の入った袋をそっと道の隅に置いて、声が聞こえる路地裏へと踏み込んだ。