第4話 大胆少女が得たものは
「あれが……魔族なの?」
足が震える。
サラは絶対的な力の差を観て身動きがとれなくなった。
ここから逃げなきゃ。騎士団の人に連絡しなくちゃ。そう思い、震える体を無理やり動かそうとする。
「お姉ちゃん何してるの?」
「きゃああああ」
いきなり頭上から先程の少女が頭を下にしてサラの目線まで落ちてきた。
「あ、ごめんね。驚かせるつもりはなかったの。ほんとだよ?」
少女は困った顔をしてサラに謝ってきた。
「ま、魔族がななななんでこんなところにいるの?」
「魔族じゃないよ、アニだよ?りんお姉ちゃんを追いかけて変な穴に入ったらここにいたの」
「アニ……ちゃん?」
「うん!」
アニが満面の笑みを浮かべる。
その表情を見るとサラは恐怖心が薄れてしまう。先程まであんな殺戮を行っていたとは思えないほどに美しく綺麗だった。
「ねえお姉ちゃん、私とあそぼう?」
「え?」
少女が空中でくるっと踊る。
「いもちを買いに行くのもありだよ!」
「何を言ってるの?」
サラは急な話についていけないでいた。
「いもちだよ、い、も、ち。もしかして知らないの?」
アニは小首を傾げて聞いてきた。
「き、聞いたことないよ」
「えぇぇええ!あんなにおいしいのに!」
どうやら「いもち」というのは食べ物か何かなのだろう。
アニは「いもち」と連呼しながら空中でゴロゴロと転げ回っている。
この子はいったい何者なのか。本当に魔族なのだろうか。
サラは小さい頃に読んだ本に出てきていた魔族とは全く違う、宙に浮かぶ目の前の少女に混乱した。
「まあいいや、おうちに帰ったらたくさんあるもんね。それじゃあお姉ちゃん、今から遊ぼ!」
アニはサラの手をつかんで引っ張る。
「え?……えええええ⁉︎」
サラの体が軽々と宙に浮かんだ。
「いこ!どこか遊べるところ探さなきゃ」
アニはサラを引っ張って上昇する。
「はわわわわわ……落ちちゃうよ!」
サラはアニの細い腕にしがみつく。
「あはははは、大丈夫だよ。ほらほら!もっと風を感じて、気持ちいいでしょ?」
「か、風を感じるって、無理でしょ⁉︎」
そんな余裕などサラにはあるはずもなく、今は落ちないように自分よりはるかに小さいアニにしがみつくことしかできなかった。
「むぅ……そんなにくっつかれるとさすがに飛びづらいよぉ」
アニは上空からキョロキョロと見渡して
「あ!あそこにしよ!」
と言って急降下をはじめる。
「ちょっ……いやああああああ」
アニは地面から少し浮いたところで停止した。
サラは力が抜けてしまいアニから手を離して地面に尻もちをついた。
頭上にはくるくるとなにかが舞っている。
「お姉ちゃん大丈夫?お空飛んだことなかったんだね」
サラはくらくらする頭を振って周りを見渡した。
どうやらどこかの公園に来たようだ。
「ここであそぼ!はやくはやく!」
「う、うん」
サラは産まれたての子鹿のように足を震えさせながら立ち上がりアニの方へ向かう。
そうしてアニとサラは数時間ほどここで遊ぶこととなった。
「砂遊び」、「滑り台」、「ブランコ」、「捕まえることができない鬼ごっこ」に「見つからない隠れんぼ」、こうして遊んでいるだけのところを観るとただの可愛い女の子だとサラは思ってしまった。
こんな子がたくさんの人を殺しているなんて想像したくなかった。
「お姉ちゃんどうしたの?」
アニが小首を傾げる。
「ううん、なんでもない」
サラにはすでにアニに対する恐怖は無くなっていた。
「お姉ちゃん今日はありがと。とっても楽しかった」
「どういたしまして。私も少し勉強になったから」
なんのことかわからず、アニは不思議そうにサラを見つめる。
「気にしないで、こっちの話だから」
「ふーん……そうだ!遊んでくれたお礼にこれあげるね」
アニは自分の指に歯を立てて血を少し流す。
その血を小指ほどの小さな瓶に入れてサラに渡した。
「これは?」
「おまもり、お姉ちゃんは私と一緒にいても平気みたいだから私の魔力と血が入ったものを持ってても大丈夫だよね」
サラは血の入った瓶を月の光に照らす。
紅色に輝くその液体はとても綺麗だと思った。
「お姉ちゃんに幸運が訪れますように……あ、それ飲んじゃダメだからね。お姉ちゃん絶対死んじゃうと思うから」
「う、うん、わかった」
サラが頷くのをみてアニはニマっと笑う。
つられてサラも笑顔を浮かべる。
「ありがとう。大事にするね」
サラはお礼を言ったその直後にアニがくの字に曲がりながら勢いよく道の方まで飛んで行った。
「ごわああああ⁉︎」
アニが変な叫びをあげながら飛んでいく。
よく見るとアニの後ろから鎖が伸びてきており、それが腰に巻き付いて引っ張られていた。
アニが引っ張られ、道の角を曲がって見えなくなったところで声が聞こえた。
『こんなところで何をしているアニ・ルーカード!』
その声は女性のもので、鎖を飛ばしたのはおそらく彼女だろう。だが、どうやってここまで鎖を飛ばしたのだろうか。
何らかの魔術なのかもしれないと思ったサラはその女性のことが気になり、ゆっくりと声の聞こえる方へと近づいて行く。
『とっとと帰るぞ……ん?人がいるのか、面倒なことになる前に処理しておくか』
『だ、ダメだよ!あのお姉ちゃんは私の大事なお友達なんだから』
『む……しかしこのままでは鍔鬼様がなんと言うか』
『報告しなきゃいいでしょ!ほらはやく帰ろ、朝になっちゃう』
『…………はぁ……どうなっても知らないからな』
その言葉を最後に静かになった。
サラはゆっくりと角から顔を覗かせる。
そこにはもう誰もいなかった。
「また、会えるかな……」
サラは小瓶を握り締めながら呟いた。
寮に戻って来た時はすでに太陽が登り始めていた。
サラの顔を明るく照らす太陽に目を細める。
「いけない!学園の準備しなきゃ、お風呂にも入らないと」
そう言って急いで自分の部屋へ向かう。
ドアを開けて中に入る。
「……え……」
部屋に入るなりサラは視界が歪み、立っていられなくなり床に倒れた。
そのまま意識を失った。
その日、サラはひどい高熱を出して学園を休むこととなった。
「けほっけほっ……なんでこんなことに」
サラは額に氷の入った水袋を乗せてベッドの中で呟くのだった。
最後に出てきた謎の女性について紹介します。
デュラン・ウィスタリア
ベスティアの世界から来た元人間の魔族。種族はデュラハン。
アニを心配して探しにやって来た。ある部隊の大将である「鍔鬼」という人物を慕っている。




