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亜人娘が得たものは  作者: 戴勝
最終章
211/212

第12話 新たな魔王

 智翠は魔界の荒野を走り続けていた。


 あの場に居続けることがとても苦痛で、気がつけば智翠は魔王城を飛び出してしまっていた。


 どうしてこんなにも胸が苦しいのだろうか。こんな気持ちは初めてだ。


 サラたちを大切だと思っているのに、同時に一緒にいてはいけないとも思ってしまう。


「やはり私は……」


 1人の方が良いのだろうか、そう感じずにはいられなかった。


 過去の己には堂々と泰然たる言葉で負かしてしまったが、やはり間違っていたのだろう。


 1人であったならこんな気持ちになることもなかったのだ。仲間といる事の強さを知ることはできた。


 だが、こんな気持ちを得るくらいならば、1人で戦っていた方がマシだ。


 智翠はズキリと痛む頭を押さえ、地面に膝をつける。


「鍔鬼……私は、お前のようにはなれぬ」


 人である限り、様々な感情が錯綜する。鍔鬼の教えを守る事はできそうにない。


 それでも、これからも己が信じる大切はこの手で必ず守り続ける。


 だが、そこに仲間は必要ない。1人でも勝てる力を持てば良いだけの話だ。


 智翠は額を押さえながら立ち上がる。


 手套に刻まれた藤の紋様は未だ黒く染まったままだったが、智翠は特に気にする事なく、1人魔界を歩んで行く。


 その姿を鍔鬼は少し離れた位置から静かに見届ける。


 幻月に操られていた時程自分を見失ってはおらず、むしろ、意志がより強固になっていると鍔鬼は感じた。


「行ってあげないのかい?」


 いつの間にそこに居たのか、鍔鬼の背後からルシアが声をかける。


「私は彼女に全てを教えました。ここからは彼女1人の問題です」


 人族と魔族では価値観が大きく違うのは理解している。智翠がいずれその事実に気がつく事も理解していた。


 それでも鍔鬼は智翠の師匠としてすべき事を行なった。


「そう。判断するのは鍔鬼ちゃんだからね。好きにすると良い」


 ルシアはそれだけ伝えると、1人でどこかへと姿を消した。


 おそらくリーダムと合流し、他のメンツと共に帰るのだろう。任務は達成しているのだから長居する必要はどこにもない。


 既にサグメがこの世界の人間に対し『死んだ人間に関わりのある人物はいない』と認識するように操作しているはずだ。これで住人の混乱は収まり、世界の矛盾はなくなる。


 鍔鬼はもう一度智翠へと視線を向ける。彼女から会いに来ない限り、もう二度と鍔鬼は智翠を見る事はない。


「……借りは返したぞ剛三」


 今は亡き恩人の姿を思い浮かべ、鍔鬼はその場から姿を消した。




 



 様々な魔族の群れが魔王城に押し寄せて来る。


 魔王が倒された今、魔界を統治するための玉座に座する者はいない。


 また、『魔王』とは、一つの種族であり、その名を手にするだけで絶対的な力を得る。与えられる能力は人によって異なるが、その全てが強力なものである事は間違いない。


 さらに、魔王が座る玉座には世界を見通す『千里眼』が備わっているため、魔界の支配、統治は容易い。


 これらの事を誰もが理解し、自らが空白となった座に君臨するため、数多の魔物が群をなして魔王城へと押し寄せる。


 だが、彼らが魔王城に到着する直前で、城のバルコニーから1人の人影が姿を現した。


 バルコニーに備え付けられていた照明が自動的に点灯し、その存在を強く照らし出す。


 その光景に魔族たちは思わず足を止める。


 バルコニーに立っていたのは背中から羽根を生やした白髪の少女だったからだ。


「オンナ?」


「ダレダ……?」


「オォ……」


 各々の魔族がその少女に対して三者三様の反応を見せるが、共通して「未知への警戒」である事には変わりはなかった。


 そしてこの警戒は少女の発言によって、違うものに塗りつぶされる。


「単刀直入に言うね……君たちが求めた空の玉座はもうない。なぜなら、私が座ってるから。これからは私が魔王だよ」


 その言葉を聞いた魔族たちは一瞬静まり返るも、すぐに軽蔑や侮蔑の含んだ笑いが飛び交った。


 中には見知らぬ少女が魔王を堂々と僭称した事に怒りを顕にした者もいた。


 しかし、少女は魔族たちの反応を予想していたのか、眉一つ動かす事なく続けて言葉を放つ。


「とは言っても、急な話で納得できない人もいるよね……そこでね、君たちに最初の選択(じゆう)をあげる。私から玉座を奪うか、その場でひれ伏すか」


 不満があるならかかって来い、と少女は問うて来る。


 そのため、魔族たちはそれぞれ隣同士で視線を交わす。


 魔王の権力を手にしているという事は、少女は既に『魔王』としての強大な力を得ているという事になる。


 魔族たちは少女を嘲笑いはすれでも、少女が持つ未知なる能力になかなか脚が動かないでいた。


 だがそんな中でも自分に絶対の自信がある者は勇猛果敢に前に飛び出して行く。


 イフリートもまたその1人で、ゆっくりと少女のいるところへと歩いて行く。


「ハッ、アンナ小娘ニ王ガ務マルモノカ!!」


 1人のリザードマンが俊敏な動きで距離を詰め、少女がいるバルコニーの高さまで一気に跳躍し、手に持っていた槍を投げつける。


 同時に、少女を挟むようにしてミノタウロスが跳躍し、霆をまとった斧を少女へと投げつけた。


 リザードマンは飛んで行く槍を自身の能力で自在に操り、撃ち落とされないように蛇行させながら向かわせる。


 それに対し、少女が片手を前にかざし、小さく何かを呟くと、リザードマンとミノタウロスの武器は空中で停止し、突如高速で持ち主の方向へと向かって行く。


 だがそれは、ただ持ち主に帰るだけではなかった。


 リザードマンの槍は蛇行しながら飛来し、持ち主の腹部を貫き大きな風穴を開け、ミノタウロスの斧は霆をまといながら飛来し、持ち主を感電させるとともに、頭頂部を真っ二つに切断した。


 彼らの命は呆気なく消え去り、残った肉体は重力に従って地面に落下して行く。


 そして少女は次にイフリートへと視線を向ける。


 何が起きたのか理解はできなかったが、イフリートは臆する事なく両手を掲げ、手と手の間に巨大な炎の渦を生み出す。


「ハアアアアアアアアアア!!」


 それは魔王城ごとサラを呑み込まんとするほどの大きさまで膨張し、他の魔族を巻き添えにしながらより大きくなっていく。


 そのため、多くの魔族たちが一気に距離を取っていく。


 少女は顔色一つ変えずにイフリートへ向けて再び手をかざし、先程聞こえなかった能力名を今度は確実に、誰もが聞き取れる声量で言葉にした。


「……『能力掌握(アヴラ・ニュンペ)』」


 すると、イフリートが生み出した巨大な炎の塊が突如独りでに暴れ出す。


「ッ……!?」


 イフリートの魔力が自身の意思とは関係なく、勝手に炎の塊へと吸収されて行く。


 制御できない魔力を必死に抑えつけようとするが、抵抗虚しく、イフリートは魔力を吸ってより巨大化した自身が生み出した炎の塊に呑み込まれ、その熱量により肉体を溶解させて絶命した。


 残った巨大な炎の塊は、周囲を巻き込んで大災害を巻き起こすと誰もが想像したのだが、少女が手のひらをゆっくりと握るようにして拳を作ると、巨大な炎は小さく萎んで行き、最終的にポンッと可愛らしい音を立てて消沈した。


 その光景を見た魔族たちは皆茫然自失となり、先程までの喧騒が嘘のように静寂に包まれる。


「まだするのかな?」


 少女は視線を巡らせる。


 ほとんどの魔族は今の短い戦闘で戦意を喪失し、片膝を突いて首を垂れる。だが、それでもまだ諦めない者はいる。


「能力を封じたくらいで良い気になるなよオンナ」


 他の魔族を掻き分け、前に現れたのは巨人種のギガス。


 体長だけで7メートルあり、膨れ上がった強靭な肉体は少女の体など最も容易く潰してしまうだろう。


 そんな巨人が少女にめがけて拳を振り上げる。


 だがしかし、それでも少女の表情はピクリとも変わらない。


 ゆっくりと片手が挙げられ、親指と中指の先端を重ね、パチンと音を鳴らす。


 刹那、何処からか一本のナイフが飛来し、ギガスの額に刺さる。


「あ?」


 ちょっとした痛みにギガスの動きが止まり、自分の額に手を触れる。


 その瞬間、突如ギガスの頭が内側から爆発し、弾け飛んだ。


 血液と肉塊が飛び散り、少女にもそれが降りかかって来るが、彼女は手をかざして障壁を展開する事で防いでいた。


 僅かに頬を引き攣らせていた少女は、手を下ろすとともに軽く深呼吸をすると、再び魔族たちに視線を向ける。


「ひれ伏せって言ったんだよ? 片膝しか突かないなんて……嘗めてるの?」


 殺気を撒き散らすサラに恐れ慄く魔族たちはすぐにひれ伏し、サラの顔色を伺う。


「よろしい……ん? そこ、随分と怪我してるみたいだね。可哀想だから治してあげる」


 そう言ったサラはイフリートの魔法により怪我をした魔族たちの怪我を右手をかざして完璧に治療した。


 そしてサラはもう一度宣言する。


「私がこれからこの魔界の頂点に座する。私に付き従い、共に歩む者は民として安寧を。私を脅かし、道を阻まんとする者には敵としての死を。これが私、サラ・マギアンヌが魔王として君臨するこれからの魔界が歩む道だ! もう一度問う。私にひれ伏すか、挑むか」


 彼女がそう言葉にした瞬間、全ての魔族がひれ伏し、忠誠を誓い、サラを魔王として認めた。


 意を唱える者は誰もいない。


 1500年続いたシヴァの支配は終わり、これより新たな王の時代が始まるのだった。





 


 魔王となったサラは威厳のある足取りで城内を歩いて行く。


 向かう先に見えるのは、段上にて孤高に立つ玉座だった。


 威風堂々と近づいたサラは躊躇う事なく玉座へと腰を落ち着かせる。そしてーー


「……はぁ〜〜」


 サラはその場で巨大なため息を溢した。


「あれあれ? 統治者がそんな面倒くさそうな態度をとっても良いのぉ?」


 その声のした方向をサラは見つめる。


 陰となっていた柱から声の主であるシェディムが姿を現し、サラへと近づいて行く。


「あなたがこうさせたくせに」


「でもでもぉ、選んだのは魔王様自身だよねー」


 シェディムはサラの事を「魔王様」と呼ぶ。敬意を込めての事かもしれないが、態度からは敬意のかけらも現れていなかった。


「だけどさ、サラさんが使った魔法はやばかったよな!」


 その声と同時に物陰から現れたのはアキヒ。


 そして彼に追従するようにアヒトとベスティアが姿を見せた。


「……『能力掌握』は卑怯。反則に等しい」


 ベスティアが膨れっ面を浮かべながら言葉にする。


「まぁこればかりはサラの素質が良かったとしか言いようがないな」


 アヒトも苦笑いを浮かべて頬をポリポリと掻く。


「3人ともありがとう。おかげで私が魔王ってことになっちゃった」


 サラは立ち上がり、アヒトたちに礼を言い、そしてベスティアへと視線を向ける。


「特にベスティアちゃんには感謝するね。私の魔力からっきしだったから、本当に助かったよ」


「……お礼なら、シェディムに言えば良い。私は彼女の策に従った、それだけ」


「あはは、でも助けられたのは事実だよ。だからお礼はちゃんとさせて」


 そう言ったサラはベスティアの両手を軽く握る。


「……仕方ない。サラが言うなら、今度スイーツ奢って」


 ベスティアの尻尾が左右に揺れている。満更でもない様子だった。


「あ、じゃああたしにもちょうだい。人間が食べるものって前々から気になってたんだぁ」


 シェディムが唇をペロリと舐める。


 何もしていないのに妖艶に映るのは彼女の特性故なのだろうかと、サラは内心で感じた。


「はいはい、今すぐには無理だと思うから、とりあえずそろそろシェディムはお家に帰ったらどうかな」


「? ここがあたしのうちだよ?」


「……え?」


 サラは目をぱちくりとさせる。魔王になって自分の耳がイカれたのかと思い、思わず聞き返してしまった。


「だからだからぁ、あたしのおうちはここなの。前の魔王様と一緒に暮らしてたの」


「え? え? てことは、あなたはシヴァの娘?」


「はぁ? そんなわけないでしょー? 誰があんなクズ、死んでも娘になんてなってやらないわよ」


 つまり、シェディムもユカリのように訳ありで魔王城に住み着いていたという事なのだろう。


 シェディムは照れたように頬を染め、サラに向けて目を細めて微笑む。


「これから宜しくね。魔王様♡」


 魔王となった以上、サラはこの城から離れる事はできない。


 一緒に住むのならシェディムという存在がどのような人物なのか、見極めなくてはならない。


 時間は山ほどある。シェディムとは別の機会にゆっくり話をしようとサラは心に決めるのだった。

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