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亜人娘が得たものは  作者: 戴勝
最終章
210/212

第11話 決別

 激しい魔力の波が流れて来るのをサラは感じ、再び人界の方へと視線を向ける。


 何かが起こっている。この現象がチスイが言っていた事ならば、既に大量の人たちが殺されたことになる。


 今すぐ向かえばまだ生き残っている人がいるかもしれない。その人たちだけでも助けられないだろうか。


 そう考えを巡らせるサラだが、床に座り込んだままのチスイが気になってしまい、どうしても足が重く、その場から動けなかった。


 やがて人界から見える光が収まった時、チスイがゆっくりと立ち上がった。


「……これで、世界は救われる」


「そんな、あの一瞬で……」


 アヒトは唇を振るわせ、力が抜けたように後退る。


「どうして……チスイちゃん、これじゃあ、悲しむ人が増えるだけだよ……」


 サラの一言にチスイは俯いた状態のまま言葉を紡ぐ。


「理解できぬ。世界が救われたのだぞ? 明日を過ごせる未来が手に入ったというのに、何故悲しむのか……」


「確かに多くの人が救われたかもしれない。でも、犠牲になった人たちの中に、救われた人たちの家族がいたら? 何も伝えられず、勝手に殺されて、それが良い事だなんて誰も思わないよ。救われたなんて……誰も思えないよ……」


「か、ぞく……」


「そうだよチスイちゃん。多くの人にとって、家族はかけがえのないものなの。チスイちゃんにだって、大切な家族がいるでしょ?」


「私に、大切な家族……?」


 チスイには理解できなかった。家族とは何なのか。未来を捨ててまで守りたいと思えるものなのか。本当の両親がいないチスイには理解できない事だった。


 代わりに育ててくれた者はいる。だが、引き取られた時から剣の修行がほぼ毎日で、楽しかった思い出など一つもない。ただ、それでも義父の剣技には憧れ、義父の偉大さを世間に伝えたいと思ったのは事実だった。


 だがしかし、世界を捨ててまで義父を守りたいかと問われれば否だ。自立できる年齢まで育ててくれたことには感謝している。剣技を教授してくれた恩義も忘れない。だがそこまでの感情だ。それ以上でもそれ以下でもなかった。


「私の大切は、お前たちだけなのだ……」


 小さく呟かれたチスイの言葉をサラは拾えなかった。おそらくアヒトも聞こえてはいないだろう。唯一、ベスティアだけが聞き取れたその言葉だが、ベスティアはこの世界の住人ではない故に、アヒトたちのやり取りに口出しをする事は憚られた。


「チスイちゃん……?」


 沈黙してしまったチスイにサラが問いかけた時、アキヒが地面に転がっていた槍を手にし、こちらへと歩いて来た。


「邪魔しちゃ悪いと思ったんだけど、一つ、この世界を救える方法が見つかったかもしれない」


「っ……!!」


 アキヒの言葉にチスイは目を見開いた。


「ほんと!? アキヒ君!」


「どんな方法だ!? 今からでも間に合うのか!?」


 サラも驚き、アヒトもアキヒに詰め寄りながら言葉にする。


「お、落ち着けよ。この槍って、三つの能力があるじゃん? 『破壊』と『再生』ともう一つ」


 アキヒの言葉にシヴァと直接目の前で会話をしていたサラが真っ先に気がついた。


「……『創造』!!」


「そうか! この槍を使って『世界が崩壊する』という確定された事象を『崩壊しない』という事象に造り変えれば良いんだな!?」


 アヒトの言葉にアキヒはニカッと笑みを浮かべて頷いた。


 だが、その意見にチスイは反対の意を唱える。


「無駄だ! お前たちが成そうとしているのは世界の創造だ。そんな馬鹿げた能力を成し得る魔力なぞある筈がない」


「やってみなくちゃ分かんないだろ!」


 アヒトはアキヒから槍を受け取り、地面に突き立てる。


「サラ、ティア。頼む。手伝ってくれ」


「うん!」


「わかった」


 サラとベスティアはそれぞれアヒトが握る槍に手を触れる。


「例え魔力が足りていても、世界を造り変えればそれこそ逸脱した世界になる! 結末は変わらぬ!」


「チスイちゃん!」


「っ……!」


 サラの強い言葉にチスイは息を呑んだ。


「ごめん、少し静かにしていて欲しいかな。今すごく集中してるの」


 その言葉により、チスイの内側で再び何かにヒビが入る。


 胸が締め付けられるような感覚にチスイの呼吸が荒くなる。頭痛と耳鳴りが酷い。視界が揺らぎ焦点が定まらない。


 チスイは自身の手を見つめる。指先の震えが止まらない。後悔しているとでもいうのだろうか。自分の選択は間違っていたと、心の中ではそう思っているのだろうか。


「私は……間違えてなどおらぬ」


 誰も理解してくれない。最も信頼していたサラにすら邪魔者扱いされてしまった。


 チスイは両手を強く握り拳を作る。


 気がつけば、手に嵌めていた手套に刻まれた藤の紋様が黒く染まってしまっていた。


「行くぞ2人とも。同時に魔力を込めるんだ!」


「「わかった!!」」


 アヒトの合図でベスティアとサラは魔力を注ぎ込む。


 アヒトも自身が持つ魔力を全力で流し込んだ。


「はあああああああ!!」


 魔力を流し込んだ瞬間、槍を中心に地面が蜘蛛の巣状に光が伸びて行く。


 ガコンと地面が揺れ、最初の変化が訪れる。


「まじか! 壊れていた魔王城が……」


 アキヒは上を見上げ、目を丸くする。


 ベスティアにより半壊していた魔王城が壊れる前の姿へと造り直されていく。


 だが、そこまでの段階でアヒトが力尽きる。


 魔力を限界まで失い、立つことができなくなってしまった。


「うっ……もう、だめ……」


 しばらくしてサラも地面に座り込む。


 残ったベスティアだったが、魔力を流し込みながら周囲を見渡し、そっと槍から手を離した。


「え、何をしてるんだティア」


 アヒトの言葉にベスティアは静かに首を振った。


「これ以上は無理。私1人でどうにかできるものじゃない」


「そんな……」


「それにチスイの言う通り、もし上手くいったとしても、世界を改変してしまった後に待ち受けるのは今より酷い世界かもしれない。私は、そんな世界は嫌。アヒトとは二度と離れたくないから」


「ティア……」


 アヒトはベスティアを見つめる。静かに見つめ返してきたベスティアの瞳はアヒトに「諦めろ」と静かに訴えかけてきていた。


 悔しいが、槍の能力が使えないならば、もはやチスイの選択が正しい事を信じるしかない。今回の出来事がどれほど国と住民に影響を与えるかはまだ分からないが、今後の対応はマックスと共に対処して行くしかない。


 そうアヒトが考えていると、アキヒが唐突に慌てた様子で声を上げた。


「お、おいどこに行くんだよチスイさん!」


 アヒトたちがチスイへと視線を向けると、チスイは背を向けて何処かへ行こうとしているところだった。


「すまぬ。1人になりたい」


 その言葉と雰囲気に違和感を覚え、サラがチスイへと近づいて行く。


「1人じゃ危ないよ。安全な場所まで私が一緒にいくよ?」


「要らぬ!」


「っ……!」


 チスイの強い拒絶にサラの伸ばされかけていた手が止まり、虚しく降ろされる。


 その行動を一瞬だけ見てしまったチスイは眉を寄せ、奥歯を噛み締めるように口を硬く結ぶ。


「……頼む……これ以上、お前たちを嫌いになりたくない」


 それだけ言葉にすると、チスイは走り出してしまった。


「チスイちゃん!!」


 サラは追いかけようと脚を前に踏み出すが、それをベスティアがサラの腕を掴み止める。


「離して! チスイちゃんを追いかけなきゃ!」


「だめ。チスイは今精神的に弱ってる。私たちではどうにもできない。行っても悪化させる、それだけ」


「……でも」


「それより、今は対処すべき事がある」


「え?」


 サラはベスティアへと視線を向ける。


 ベスティアはしきりに耳をピクピクと動かしており、何かの音を拾っているようだった。


「何か問題が起きたのか?」


 アヒトがベスティアへと質問する。


「ん、どうやら人界に攻めていた魔族たち全員がこの魔王城に集まってきてるみたい」


「何だって!?」


「おいおいまずいじゃんよ」


 アヒトとアキヒは次々にやって来る問題に頭を抱える。


「やって来ているのは全ての魔族で間違いないのか?」


「ん、間違いない。たぶん、魔王が本当に死んだのか確かめに来てるんだと思う」


「確認しちまったら俺ら襲われるんでね?」


「えっと……あの数を相手にする魔力なんて私にはもう残ってないかな」


 サラの言葉に同意見だとベスティアも首を縦に振る。


 どうすれば良い。この場を切り抜けられる良い方法はないのかとアヒトは思考を巡らす。


 逃げるだけで良いのならそれでも良いが、魔族たちが人界側からやって来ている事もあり、アヒトたちがケレント帝国へと帰ろうとすればいずれ魔族たちと戦う事になる。


 どうにかして魔族たちの行動を上手く操り、散り散りにさせる事ができないのだろうか。そう考えていた時だった。


「なになに?? 手詰まりってやつ? あたしなら良い方法知ってるんだけどなぁ」


「「「「……!?」」」」


 突如かけられた声にアヒトたちはその声の方向へと視線を向けた。


「あはっ、すごいすごーい! みんな息ぴったりだね。魔王様がやられちゃうのも理解できるかも」


 いつの間にやって来たのだろうか。ベランダの手摺りには可愛らしい少女が座っており、アヒトたちを見下ろしていた。


「君はいったい誰なんだ?」


「んー? 名前なんてどうでも良くなーい? って言いたいところだけど、あんたが男だから特別に教えてあげる」


 ぴょんっと手摺りから着地した少女は軽く頭を下げる。


「あたしはシェディム。一応魔界出身です。よろしくね♡」


 そう名乗ったシェディムはアヒトたちに向けてウィンクした。


 直後、何故かアヒトとアキヒの体温が上昇する。


 鼓動が速い。そして目の前の小さな少女から目が離せなかった。


「なんだ、これ……」


 体が酷く重い。だが動けない訳ではなかった。


「めっちゃドッキドキなんだけど!? これって新たな恋」


「そんな訳ないでしょ!!」


「ぐへぁ!?」


 アキヒの発言に対し、サラがアキヒの後頭部を殴り飛ばし、地面に叩きつける。


「魅了……アヒト、浮気はダメだから」


「いや、そんな事しないから」


 ベスティアの視線が痛い。どうやらベスティアの言う魅了にかかっているのはアヒトとアキヒの2人だけのようだった。


「んー。やっぱ今の状態じゃ男にしか効かないのかぁ。思考も操れないし、もう少し体を成長させないとちょっと厳しいなぁ」


 シェディムがそう呟いた事で、ベスティアとサラがそれぞれアヒトとアキヒを庇うように前に出る。


「大丈夫大丈夫! あたしは戦わないから。さっき言ったでしょー? 良い方法知ってるって。それを教えてあげようと思って」


「何が狙い?」


 サラがシェディムへ鋭い視線を向ける。


「今は何もないよ? 時間ないし、さっさと聞いた方が得だよ?」


「………………」


 正直怪しい以外の何者でもなかったが、こんなところで歪みあっていても埒が開かないため、サラは一呼吸置いてシェディムの話を聞くことにする。


「わかった。手短に話してほしいかな」


「ふぅん。かなり上から来るんだね。まぁ、そっちの方がありがたいけど」


 そう言ったシェディムはサラへと近づいて行く。


「な、なに?」


「……あんた、魔王にならない?」


「え……?」


 サラはその時何を言われたのか理解ができず、その場で思考を停止させた。

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