第10話 取捨選択 その3
半壊した魔王城の一画。
アヒトたちが魔王と最後に戦った広間に散乱する瓦礫の中に、石化した魔王シヴァの右手が転がっていた。
その石化した右手にパキッとヒビが入り、まるで脱皮するかのように石化が剥がれ落ちて行く。
指先が動き出し、手首から徐々に自身の体が再生していく。やがて再生が肩から胸、そして頭まで行われた時、シヴァは憤怒と怨恨が入り混じった歪んだ表情を見せていた。
「おのれ、おのれぇ……余を甘く見るでないぞ糞虫共が。余は王だ。こんな世界余にかかればいくらでも造り直せようぞ」
シヴァは上半身までの再生を終え、下半身は瓦礫が邪魔で再生に不都合な影響を与えてしまうため、両手を使って瓦礫から這い出てくる。
だが這い出てきた所で突如何者かによって背中を刃で突き刺された。
「がぁあ!? な、何者だ!?」
咄嗟にそう叫んだシヴァは気配のする方向へと視線を向け、そして目を見開いた。
「悪いな。お前の役はここで終わりだ。もう死んで良いぞ雑魚」
シヴァが見た先には、頭に山羊の角を生やした銀髪の女性ーーリーダムが首をコキコキと鳴らしながら歩いてくる姿があった。
「何だ貴様は! 余は王だ。これは反逆に値する重罪であるぞ!」
シヴァは床を這って突き刺さった刃を無理矢理引き剥がそうとするが、なかなか動けず、それどころか下半身の再生が何故か行われていなかった。
理解不能な状況にシヴァは目を白黒させる。
「王、王ねぇ」
リーダムは床を這うシヴァの頭を踏みつける。
「お前、この瞬間までいったい何人の民を見殺しにした?」
「んな、にを……?」
「長生きしすぎて民の事なんてどーでも良くなっちまったか? 悪いがそんな奴をあたしは王とは認めねぇ。王は民がいて初めて王となる。民を守れねぇ王はただのカスだ」
リーダムはシヴァを踏む足に力を加える。
「ぐっ、うぅ……言ってくれおるわ。王でもない貴様に何が分かるッ」
「分かるさ。私欲で戦争なんざ始めた時点で、お前に王としての器は無くなってんだよ」
ふつふつとシヴァの憤りが湧き上がってくる。
体さえ完全に復活すれば、目の前の生意気な悪魔など一瞬にして潰せる。
それなのに現在、何故かシヴァの体はどれだけ魔力を送っても再生する事ができないでいる。
一体どうなっているのか。原因は何か。
「まさか……貴様!」
シヴァは自身の背中に刺さる大剣に触れようと手を伸ばす。
「あぁ、悪いな。お前の再生能力、ちっとばかし弄らせてもらったぜ」
「何!?」
「あたしは触れたものの形状や性質を改変する事ができる。その大剣はあたしの左腕だからな。刺さった時点でお前の能力は改変されてんだ」
「お、のれぇ!!」
シヴァの顔が怒りで赤く染まっていく。
まだ死ねない。こんな奴に殺されるわけにはいかない。魔王とはどういった存在なのか、改めてこの世界に知らしめる必要があるのだ。
そう思考していた時、リーダムとは別に軽やかな足取りで近づいて来る1人の存在がいた。
ペタペタと裸足で歩いて来る影はシヴァを見るなり、足を止める。
「あれ? あれあれ? 魔王様絶賛ピンチ到来中?」
そう言葉にして現れたのはルシアに消されたはずのシェディムだった。
だがその姿は当時の妖艶な女性としての面影は微塵もなく、ただの可愛らしい少女となってしまっていた。
「シェディム! その姿は……まぁ良い。良いところに来た。余に手を貸せ! ここにいる女を始末しろ」
シヴァは好機とばかりにシェディムに命令するが、シェディムは呆けたまま動こうとしなかった。
「な、何をしている!!」
「何でそんな事しないといけないのー?」
「なっ……」
シヴァの驚く表情を見てシェディムは少しだけ笑みを深める。
「あたしが狙うのは男の人だーけ。この人は女じゃん。あたしは戦わないよー」
「何を言っている! そんな私情など今はどうでも良いわ! これは王の命令であるぞシェディム。そこの女を殺せ!」
そう叫ぶシヴァを無視してシェディムは瓦礫の山に腰を下ろす。
「あたしねー、前々から魔王様の事嫌いだったんだよね。サキュバスだったママが死んで、代わりにあたしを玩具にして、正直ウザかったんだよね。あたしはママみたいにはなりたくなかったのに、さ。あんたのせいであたしの心は歪んじゃったんだよ? だからだから! あたしは責任を持ってあんたに死んで欲しいと思ってるの! ていうかぁ、今すぐ死ね」
無慈悲に発せられたその言葉にシヴァは絶句する。もはや何も言葉が出なかった。
シヴァの味方は誰もいない。この場を切り抜けるには自分1人でどうにかする他なかった。
「だそうだけど、自称魔王様? 死ぬ覚悟はできたか?」
リーダムはシヴァに向けて手をかざす。
「ま、待て! 取引だ! お主らに余の財を全て渡そう! 国もくれてやる。だからーー」
「生憎、お前のちんまい財産貰うよりもっといいもん貰ってんだ。ビジネスってこった。お前には付き従うだけの理由がねぇ。あばよ、王たり得ぬ器で玉座にたまたま座っただけの、愚民」
「まっーー」
「『徒喰』」
リーダムの言葉により、シヴァの背中に刺さっていた大剣の鍔がパクリと割れ、大きく口が開かれる。
「ぐあああああああ!!」
シヴァはその口に魔力だけでなく、肉体の全てを喰い尽くされていく。
シヴァの断末魔も束の間、あっという間に完食した大剣をリーダムは掴み取り、肩に担ぐ。
「任務完了。今から戻る」
リーダムは1人小さく呟くと、チラリとシェディムの方へと視線を向けた。
「さて、魔王は死んだが、お前はこれからどーすんだ?」
その言葉にシェディムは目を細めて、小さく笑う。
「あれあれぇ? もしかして同情? あたしの境遇を知って守ってあげたくなっちゃった?」
「あ? んなんじゃねぇよ」
リーダムはそっぽを向いて答えるが、実際のところ、シェディムを匿うくらいはしても良いと思っていたりする。
シェディム程の実力があれば、リーダムの世界にある国でも十分に生活していけるはずだ。
そんなリーダムの思考を知ってか知らずか、シェディムは膝の上に頬杖をつきながら言葉にする。
「ふぅん? ま、何でも良いんだけどさ。あたしは誰かに縛られるのはゴメンだからー、この世界で自由に生活する事にする」
「……そうか」
リーダムはシェディムに背を向けたまま言葉にし、大穴が空いた壁から静かに外へと出て行った。




