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亜人娘が得たものは  作者: 戴勝
最終章
206/212

第7話 解錠

 時は少し戻る。


 戦闘の余波により周囲の空間が揺れ動き轟音が鳴り響く中、瓦礫の中でディアは目を覚ました。


「…………ちっ、無様すぎるぞまったく」


 体に痛みは感じない、おそらくアヒトが治癒をかけてくれたおかげだろう。


 どれくらい意識を失っていたのか、ベスティアが表に出ていないという事はまだ眠ったままなのだろう。


「おい、起きろベスティア」


 ディアが自身の内側へと呼びかける。


『……ん、ディア?』


 ディアの呼びかけに反応して目を覚ましたベスティアだが、その声はとても辛そうに掠れたものだった。


「いつまで寝てんだ間抜け。少しは奴を倒すのに貢献したらどうなんだ」


 ディアは瓦礫の一部を退けて、激闘を繰り広げている現場を見つめる。


 いつの間に現れたのか、現在はサラがシヴァと戦っていた。


『……私では、魔王に勝てない』


 ベスティアの情けない声がディアの脳内に響き渡る。


 だがディアはその言葉を責めず、静かに肯定する。


「そうだな。悔しいがオレちゃんでも無理だ」


 完全な力不足、それとも単純にシヴァが強すぎるだけなのか。今の状態ではシヴァを倒す事は不可能だった。


『…………』


 ベスティアの沈黙が続く。もはや撃つ手がない。役に立てないと理解した上での諦めの沈黙。


 そんなベスティアにディアは一言呟く。


「オレ1人ではな」


『……どういうこと?』


「奴を倒す方法はある。だがこれは……オレちゃんはできれば使いたくない」


 瓦礫から這い出たディアは、奥にいるアヒトを見つめ、そして戦っているサラへと視線を向ける。


 サラが優勢に戦っている以上、ディアの方法は使う必要がない。できればこのまま勝って欲しいと思っていたりする。


『どうして? あいつを倒せるなら使わない選択肢はないはず』


 ベスティアの疑問にディアは自身の両手を見つめながら答える。


「オレ様とベスティアは違う。同じ体を共有しているが、それだけ。オレ様にも存在意義があるべきで、生きる権利があるはずなんだけどな」


『待ってディア、いったい何の話を……』


「オレちゃんも、主様が大好きだって話だ。当然だよな。同じ体を共有してるんだ。主様に声をかけられれば嬉しいし、触れられれば鼓動が早くなる。主様とはあまり話す機会が多くなかったけどな」


 ぎこちなく笑うディア。その表情はどこか寂しげで、それでも満足だと言っているかのような顔だった。


「オレちゃんは外側から眺めるだけで良かったんだ。ベスティアの主様大好き感情が流れてくるだけでオレちゃんも嬉しかった。一緒に居るような気持ちが味わえたからな」


 ありがとう。そう言われているように聞こえた。それはまるで、別れの挨拶でもしているかのようにベスティアは感じてしまった。


『やめろ。にゃんで今そんにゃ事を言う? 今大事なのは魔王を倒す方法! 死ぬかもしれないから今のうちに別れの挨拶でもって考え? そんなのしにゃくていい!! 魔王を倒せればこんな会話は無かった事になる。だったら初めから……』


 初めから別れの挨拶などしなくて良いではないか。そう言葉にしようとしたが、ディアがそれを最後まで言わせなかった。


「いなくなるから言ってんだろ」


『……え?』


「ベスティア。てめぇにこのディア様の全てを返す。記憶も能力も……そうすればオレ様は消える。元に戻るんだぜ? 喜べよ」


 ディアと融合し、二つに分かれた記憶と能力が一つになる事で本来のベスティアの力が蘇る。


 それを理解したベスティアは、ディアを止めるべく叫ぶ。


『ダメ! そんな事をするくらいなら私1人で戦う! ディアは死なせない。だから体の主導権を私に渡して! 渡せ!!』


 強引にディアを引き剥がそうと試みるベスティアだが、ディアが体から離れる事はなかった。


「無駄だ。弱ってる今のてめぇの意思でオレ様から主導権を奪えると思うなよ。それに見てみろ」


 ディアの視線の先、そこにはサラがシヴァと戦っている姿が映っているが、その状況はシヴァが優勢で、激しい音とともにサラが悲鳴を上げ、吹き飛ばされてしまっていた。


「主様たちは危険な状況だ。ベスティアは主様を守るんだろ? なら迷う必要がどこにある」


『でも、でも……そうするとディアが……』


「心配すんな。てめぇには主様やテトがいんだろうが。オレは消えると言っても貴様の中で眠るみてぇなもんだ。覚悟を決めろベスティア。守りたいものはてめぇが守れ」


 そう言ったディアは瞳を閉じる。


 自分は覚悟ができている。そう言うかのようなディアの姿にベスティアも決心する。

 

『……わかった。ディア、今まで助けてくれてありがとう。』


 ベスティアのその言葉にディアが瞳を閉じたままフッと小さく微笑むと、自身の魔力を一気にベスティアへと送り込んだ。


 魔力が膨らみ、衝撃で空間が揺れ動く。


「む!? 何だ、この力は!?」


 シヴァが異様な感覚にすぐさま振り返る。


「……ティア?」


 アヒトもベスティアの異変に困惑の表情を浮かべる。


 一瞬、ディアは閉じていた瞼を開けてアヒトへと視線を向け、小さく何かを呟いた。


 その行動にアヒトは胸騒ぎを覚え、無意識に手を前に出した。


「ま、待ってくれ……!」


 だがその瞬間、ベスティアから異常な魔力波が空間を揺らした。


 その余波により咄嗟にシヴァは顔の前で腕を覆い、眉間にしわを寄せる。


 ベスティアの瞳は金色に変わり、両手は黒く染まり亀裂のような赤い模様が入り、そこから多大な熱量と煙が立ち昇っていた。


「馬鹿な!? どこからそのような馬鹿げた魔力を生み出しているのだ!」


 溢れる魔力量に合わせて僅かばかりに背丈が伸びているベスティア。


 そんな彼女の姿が突如シヴァの視界から消えた。


「……っ!? ごぁっ!」


 なんの前触れもなくシヴァの半身が爆発し、吹き飛ばされる。


 いつの間にかベスティアはサラを庇うようにシヴァとの間に入り、拳を振り上げた状態で立っていた。


「これが私の本当の力……思い出した。これはお父さんとお母さんがくれた魔力だ」


 ベスティアは自身の握られた拳を見つめる。


 ディアと融合した事で失われていた記憶が次々と溢れてくる。


「私が1人でも生きていけるように、強くあれるようにっていつも言ってくれていた」


 ディアはずっと忘れないでいてくれた。絶望で受け止めきれなかった現実をディアは1人で抱え続けてくれていた。


「ありがとう、ディア。私はもう負けない」


 そう呟いたベスティアはシヴァへと向けて地を蹴った。


 体の再生を終え、槍を支えに立ち上がったシヴァへ再び強烈な一撃が加えられる。


「がっ……」


 拳で腹部を貫き、捻りながら腕を引き抜くと同時に、シヴァの体が爆発する。


 一方的にベスティアの攻撃が続けられ、激しい爆発音が轟き、衝撃と熱波が周囲を破壊する。


 ベスティアの動きについて来られないシヴァはただされるがままだったが、これではシヴァを倒す事ができないことはベスティアも理解していた。


 どれだけ攻撃をしても肉体が残っている限り復活する。


 ベスティアが再び近づいたタイミングでシヴァが『第三の目』を発動させる。


 それをぎりぎりのところで躱し、僅かに距離を取る。


 シヴァは徐々にベスティアの動きを見切ってきていた。


「どんなに強くなろうが余には勝てぬぞ!」


「違う、ここで終わらせる。ここが貴様の死地だ!」


 ベスティアは左手を前に出し、右拳を握り腕を引く。


 拳に今にも爆発するのではないかという程の魔力が集まっていく。


「フン、どんなに強力な魔法でもこの槍の前では無意味!」


 シヴァも槍の先端へと魔力を集中させて構える。


 だが、突如槍を持つ手が石化し、指先から槍が離せなくなった事にシヴァは目を見張り、サラへと視線を向ける。


「どこまでも小癪なぁ!!」


「ふふ、逃がさないよ」


 サラは床に手をつけた瞬間、シヴァの方向へ一直線に床が凍りついていき、シヴァの下半身を凍結させた。


「ちっ、だが、槍さえあれば問題ないッ!」


 石化はしたが、槍は動かせる。このままベスティアの技を消滅させる。


 そう思考していたシヴァだったが、今度は石化した槍を握る右腕が、飛来してきた刀により切断され、シヴァの槍が手首ごとあらぬ方向へと飛ばされてしまった。


「なっ!?」


 それはチスイが残った力で愛刀である『幻月』を投げたのだ。


「今だよ! ベスティアちゃん!!」


「やれ! チビ助ぇええ!!」


 サラとチスイの叫びを聞き、ベスティアは口角を上げた。


「今は無き星を宿し、突き出すは小さな拳!!」


 それは一つの世界を破壊できるほどの威力を誇る、持って生まれたベスティア最強の必殺技。並の人間であるならば、その余波だけで細胞が死滅し、肉体が蒸発する。


 ディアと融合した今、始まりの拳が明かされる。その名は……


「月までぶっ飛べ!! 『原始拳(ティア・インパクト)』!!」


 一瞬にしてシヴァの目の前にまで距離を詰めたベスティアは、右拳を勢いよく突き出した。


 シヴァはベスティアの拳を受け止めようと手を翳すが、拳と触れた瞬間、強烈な衝撃波を生み出し、シヴァを一瞬で消し飛ばした。


 そしてそれはシヴァを仕留めるだけに留まらず、魔王城を半壊させ、魔界の地を削り上げて巨大な谷間を生み出し、そびえ立つ山の中心に大穴を穿った。


 それをサラが余波を防ぐために障壁を展開させてアヒトたちを守りながら見届ける。


「終わったのか……?」


 アキヒがそう呟き、同時にアヒトがゆっくりと立ち上がり、ベスティアへと近づいて行く。


「ティア?」


 その呼びかけに1人茫然と立ち尽くしていたベスティアはぴくりと反応し、アヒトへと振り返る。


「アヒト!!」


 ベスティアがアヒトの胸に抱きつき背中へと腕を回す。


 少しだけ背が伸び、いつもより重い衝撃にアヒトは驚きながらもそっとベスティアの頭を撫でる。


「……アヒト、ディアが、ディアが……」


「大丈夫、大丈夫だ。ディアは君の中にいる。死んだわけじゃない。だからもう、泣くな」


「うん……うん……」


 鼻を啜り続けるベスティアと彼女を抱くアヒトの下にサラたちもやって来る。


「感傷に浸るのは良いけど、早くみんなに知らせないとダメじゃん」


「そ、そうだな。サラ、悪いが信号魔術を打ち上げてくれ」


「分かった!」


 サラは急いで外へと走り、上空へ向けて魔法を打ち上げた。


 赤い煙を巻き上げながら、上空で破裂したそれは一定の間隔で周囲に低音を響かせた。

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