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亜人娘が得たものは  作者: 戴勝
最終章
203/212

第4話 不死身の魔王

 チスイは左手に現月、右手に幻月を握り、シヴァへと一瞬にして距離を詰める。


「……灼光『叫天子(ひばり)』ッ!」


 チスイの振り上げられた二振りの刀は、跳び退いたシヴァを追いかけるように斬撃が拡張し、その両腕を切断する。


「む!?」


 チスイの技にシヴァは驚愕する。


 さらに、肘から下がなくなったシヴァが着地した場所へ先回りしていたディアが宙に浮かせていた『無限投剣』を全て射出させた。


「……『爆燃(デフラグレイション)』!」


 ディアが放ったナイフは燃え上がり、シヴァへと着弾すると同時に連続して爆発した。


 先程の結界内とは違い、ディアとチスイが攻撃したことで、魔王城が激しく揺れる。


 黒煙が立ち昇る中、ディアはチスイの近くに着地する。


「手応えは?」


「斬った感触はあった。だが、あれで死ぬような奴ではなかろう?」


「全くだな」


 ディアがそう言った時、黒煙の中にいるシヴァが高らかに笑う声が聞こえて来た。


「フハハハ、良い! 良いぞ! 余は楽しくなって来たぞ」


 黒煙の中から現れたシヴァの姿は両腕がなく、腹や胸には大きな穴が空いている状態だった。


 だがそれも束の間、一瞬にして失った部位が再生していく。


「ちっ、不死身なのかあの野郎」


 ディアの悪態にチスイも同意見だと内心で言葉にした。


 ケルベロスとは訳が違う。魔王シヴァには再生能力を発動させるまでの予備動作が全く見られない。いつどのタイミングで、どのような行動で発動するのか、それがわからない以上、能力の発動を防ぐことはできない。


 余程心が躍ったのか、魔王シヴァは今もニカニカと笑みを浮かべている。


「面白い、特に異界の猫よ。先までの戦いとは段違いだ。もっと余に技を見せよ。フハハハ」


「あ? 何でてめぇを楽しませるために技見せなきゃ何ねぇんだよ。オレ様はてめぇの玩具じゃねぇよくそったれ」


「ほぉ、中には余を倒せる技があるかも知れぬというのに、それを試す気もないと? まぁ良い、それはそれでお主の選択だ。好きにするが良い。対して……」


 シヴァはチスイへと視線を向ける。


 その表情は今まで楽しそうにしていたものとは打って変わって冷めたものだった。


「刀の女よ。お主はダメだ」


「何?」


「その力は鬼人のものだな? 魔族に堕ちてもいないただの人間の分際でそんな物が使いこなせる筈がない。いずれ喰われて死ぬだけだ」


 その言葉にチスイは幻月に視線を向ける。


 確かに以前までならそうなっていても不思議ではなかっただろう。


 だが今は幻月の声を聞くことも感じることもできる。幻月がそのような事をする奴でない事も既に理解していた。


 だからチスイはシヴァへと迷いのない鋭い視線を向ける。


「なれば隣の餅も食ってみるが良い。言っておくが幻月を甘く見ない方が良いぞ」


 そう言ってチスイは幻月と現月を構える。


「フハハ、良かろう。では余もしばし本気を見せようではないか」


 その言葉と同時に、突如空気が重くなる。


「……っ!」


「ちっ……」


 咄嗟に警戒態勢に入ったチスイとディアだが、そんなものは無意味と言われているかのように、突如シヴァの姿が2人の視界から掻き消えた。


「がぁあ!?」


「何!?」


 チスイが次にシヴァの姿を捉えた時には既にディアが苦悶の声を上げており、身を守ろうとしたディアの両腕はシヴァの拳によって無惨にひしゃげていた。


 衝撃によりディアが大きく吹き飛んでいくのを目の当たりにし、チスイが攻撃直後のシヴァへ向けて行動を起こそうとした時には既に目の前に奴がいた。


「んな!?」


 咄嗟に左手に持つ現月を振るったが、シヴァはそれを拳で容易く打ち砕く。


 現月が粉々に砕け散った事で額の角が静かに消えてなくなるが、チスイは残った幻月を腰に構え、シヴァによる追撃の拳に対処する。


「ぐっ……『琴鳥(ことどり)』ぃい!!」


 それは不完全な発動であったが、チスイの刀はシヴァの拳を確実に捉え、その威力を反射させる。


 だがそれでも全てを反射させることができなかったのか、チスイはシヴァの攻撃による衝撃波でディアと同様に大きく吹き飛ばされた。


「がっ!!」


 地面に強く叩きつけられたチスイはズルズルと滑っていき、後方にいたアヒトによって支え起こされる。


「すまぬ、アヒト」


 支えてくれたアヒトに礼を述べたチスイはすぐにシヴァへと視線を向ける。


 咄嗟にチスイが放った技は不完全ではあったが、拳を繰り出していたシヴァの右腕を吹き飛ばすことはできていた。


「ああ、それより大丈夫か?」


「何の是式……うっ」


 立ち上がろうとしたチスイだったが、腹部を押さえてうずくまる。


 ケルベロスとの戦いで負傷していた部分が悪化したのだろう。先程までよりも痛みが増して背筋を伸ばすことも難しかった。


「怪我したのか? 待ってろ」


 そう言ったアヒトは杖をチスイに向け、治癒魔術を使用する。


「お前、そんなものが使えたのか」


「どんな時でも、準備は欠かさないのがおれだ」


「ふん、食えぬ男だな」


 痛みが引いたことで立ち上がったチスイはディアの状況を確認するべく視線を向ける。


 だがディアもまたアヒトによって治癒を受けた後らしく、ふらつきながらも立ち上がる姿が確認でき、無駄な心配だったようだ。


 そのため、シヴァへと視線を向けると、丁度シヴァも右腕を再生させたところであり、自身の右手の感覚を確かめるように手を開いたり閉じたりしていた。


「なるほど、今の余の攻撃を防ぐだけでなく、片腕を飛ばしたことまでは驚いたぞ。少し興味が湧いた。その刀、余が頂くとしよう」


「戯言を。お前みたいな奴に幻月が応えるわけなかろう」


「ほぉ? 言い切るか。魔力も力も生命力でさえ余より劣るお主が。今ならまだ間に合うが、その刀を置いて逃亡することを許すぞ」


「くどい!」


 そう叫んだチスイは一気に駆け出す。


 だがそれよりもディアの行動が速かった。


「…‥『煙爆(サーモバリック)』ッ」


 いつの間にか上空にいたディアは着地と同時に地面に拳を打ちつける。


 瞬間、ディアの拳から半透明な煙が周囲に広がり、シヴァを覆って行く。


 明からさまに危険な技であるその光景にチスイは思わず足を止める。


「挑発に乗るなよサムライ女。冷静さを欠けば貴様の敗北は確実的になっからな」


 ディアが言葉を終えた時、シヴァを囲んでいた煙が内側から爆発した。


 爆発によって生じた熱量、圧力、衝撃波等の全てを煙の中に閉じ込めることによってその威力を何十倍にも引き上げて行くこの能力は、常人が受ければ一瞬でその肉体を融解、蒸発してもおかしくはない。だが、そんな能力でもシヴァは容易く打ち破ってくる。


 まるで突風でも吹いたかのように突如ディアの生み出した煙が四方に霧散して行く。


 そして現れたシヴァは何事もなかったかのような傷一つない状態だった。


「クソが。摂氏5000度はいってた筈だぞ」


「フハハ、では先程まで余はさながらマグマ風呂にでも入っていたということであるな。フハハハ」


「ちっ、いちいち笑うそのふざけた顔が気にくわねぇ。おい、サムライ女! こいつはしばらくこのディア様が相手してやる。その間に倒せそうな技考えとけ」


 それだけ言い残したディアはシヴァへと向かって行き、再び激しい爆発音が鳴り響いた。


 そのため、チスイは一度幻月へと視線を向ける。


「すまぬ幻月、その蓄えた魔力。全て使う事になるぞ」


 折角褒美として与えた魔力だったが、もともと魔王を倒すために与えたようなものでもある。


 勿論、今から放とうとしている技はチスイ自身の魔力も全て使う事になるが、魔王を倒すためならば構わない。


 チスイの額に薄紫色に輝く2本の角が浮かび上がる。


「第3段階解放……」


 左手に現月を生み出したチスイは、右手に持つ幻月と左手に持つ現月を同時に上へと持ち上げる。


 幻月を制御する枷が全て外れた事でチスイの魔力が根こそぎ持って行かれる。



 もっと……もっとっ!!



 全て持って行って構わない。目の前の理不尽に決して屈しない、確実にここで奴を倒せるだけの威力を作り出す。


 胸の奥から湧き上がった確かな決意。願いは種となり心という大地に撒かれる。流れる魔力という水は願いを芽吹き、蕾となり、咲き誇る。


「八重咲、満開ッ!!」


 手甲に咲き誇る藤の花は二振りの刀にもその姿を映し、チスイの魔力を通して二振りの刀は一つに繋がる。


「ぬ!? あの魔力……流石に余も無視できぬではないか」


 ディアと戦っていたシヴァは瞬時にチスイへと狙いを切り替える。


「させるかよ!」


 ディアは空間を裂いて『無限投剣』を取り出すと、それを上空へと投げつける。


「……『集爆(クラスター)』ッ!!」


 そうディアが叫ぶと、上空のナイフが弾け、そこからさらに大量の小さなナイフが次々とシヴァへと降り注いで行く。


「……っ!」


 仰ぎ見たシヴァへとナイフが着弾すると同時に爆発する。


 この能力自体に個を倒せるほどの高い威力はない。もともとは集団を狩るための技だが、この場においては周囲を爆破させる事でシヴァの足を止め、視界を奪う役目を果たす事ができる。


 そして、その僅かな足止めが、チスイが動く最優の起点となった。


「鬼傑刀奥義っ! 狂火『龍翔鳳舞(りゅうしょうほうぶ)』ッ」


 両手で一つとなった幻月を構えたチスイは、猛火をまといながら下段からの切り上げを行なった。


 その斬撃は鳳凰のような形をとり、天高く翔け昇る。


「ぐぅっ……!!」


 それを両手で受け止めるシヴァ。斬撃の一部を握りつぶすが、すぐに再生し、再び仕留めるべくシヴァへと襲いかかる。


 脚に力を入れたことで地面が陥没するが、その熱量と衝撃にやがてシヴァの腕が弾け飛んだ。


 刹那、シヴァの上半身は下半身を残して一瞬にして蒸発していった。


「かっ……はっ……はっ……」


 魔力を使い果たしたチスイは崩れるように地面に膝を着いた。


 視界が歪み、指先一つ動かせないチスイはその体を支えるので精一杯の状態だった。


「チスイ!」


 アヒトがチスイのもとへ駆け寄り、体を支える。


「やったのか?」


「分か、らぬ。私は、全力を出し切った。これで倒せていなければもう……」


 だがチスイの言葉はそこで止められた。


 チスイの視線の先、この場に残ったシヴァの下半身はチスイの望みを否定するように再生を始め、一瞬にして元の状態へと戻ってしまったいた。


「そんな!?」


「こいつ!」


 アヒトが驚愕に目を見開き、チスイは奥歯を噛み締める。


「見事だ。だがそれでは届かぬな」


 シヴァがチスイへ向けて一歩踏み出した時、背後からディアの姿が現れる。


 だがまるで見えているかのように瞬時に振り返ったシヴァはディアの首を掴んで勢いよく地面に叩きつけた。


「がはっ!」


 肺の空気が一気に吐き出されたところにシヴァの追撃がディアを襲う。


 すぐに回避し、距離を取ったディアだったが、それを先回りしたシヴァの回し蹴りがディアの腹部に直撃した。


「ごぼぁっ」


 ぐちゃりと内臓が潰れる音を聞きながらディアは口から血を吐き、吹き飛んでいったディアは壁にめり込み、瓦礫に埋もれて行った。


「さて、残るは動けぬ女と無能な男か。確かにその刀であれば余をいずれ倒せるやもしれん。だが使い手が人間である以上、これが限界だ。もう良かろう? 余も死ぬわけにはいかぬのでな。危険因子は潰させてもらう。お主らも満足いったであろう? その感情が冷めぬうちに余の拳に触れて死ぬが良い」


 冷酷に言い放ったシヴァはその拳を高く振りかぶる。


 拳の中心に魔力を集め、アヒトとチスイを跡形もなく消し飛ばそうとした時、シヴァの振り上げた拳から肘までが一瞬にして凍りついた。


「何?」


 シヴァが自身の腕を見た直後に、風の刃によって綺麗に切断される。


 ごとりと落ちた腕を見る事なく、シヴァは攻撃してきた相手の方向へと視線を向ける。


「何とか間に合ったみたいだね!」


 そこには逸れていたアヒトたちの最後の仲間、サラ、そしてアキヒがそこにいた。

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