第2話 ペルセポネとの戦い その1
ペルセポネが左脚で地面を踏んだ直後、アキヒのサラを見る目が変わった。
何をしたのかサラには全く分からなかったが、明らかに様子がおかしいことだけは理解できた。
「あらあら、アキヒ君大丈夫? 次は私も援護するから、遠慮なく攻撃していいわ」
ペルセポネの言葉にアキヒは軽く笑みを浮かべ、サラへと剣先を向ける。
「おう、頼りにしてるぜサラさん!」
そう言ってアキヒはサラへと駆け出した。
「待って、まって……いったい何が」
「うおおおおおおお!」
アキヒがサラへと剣を振り下ろす。
それを動揺しながらもサラは躱す。
型にはまらない単純な振りでも、当たれば確実に軽い怪我では済まされない威力。どう見てもアキヒが冗談でやっているようには見えなかった。
アキヒが剣を横に振るってきた事でサラは大きく後方に跳んだ。
「待て! 逃げるなよ。さっきまでの威勢はどうしたんだよ」
そう言って再びサラへ向けて攻撃を仕掛けるべく、走り出したアキヒのすぐ横をペルセポネが生み出した木の根が通過し、サラへと襲いかかる。
それを背中の羽根を拳の形へと変化させたサラは叩きつけるようにして破壊し、間髪入れずに攻撃を仕掛けてきたアキヒの剣を横へスッテプすることで躱す。
「だから、避けんな!」
アキヒの攻撃的な視線にサラの呼吸が荒くなる。
「やめ……て」
初めて見る目だった。
彼はいつも優しい瞳で、常に自分の前では笑顔を忘れず、どんなに危険な場所でも、どんなに辛い状況でも、サラが傷つくのを見るのは嫌だからと共に戦ってくれた。
こんな醜い姿の自分を好きだと言ってくれて、彼だけが、自分のことを人として見てくれた。
そんな青年が今は眉間に皺を寄せ瞳を鋭くして、確実に自分を殺そうと狙いを定めてきていた。
「おね、がい……そんな目で、私を見ないで!!」
ようやく好きだと気がつく事ができたのに、ようやく自分も幸せになっても良いのだと思えるようになれたのに。
私はまた、1人になってしまうのだろうか。
ドスッとサラの胸にアキヒの剣が突き刺さる。
心臓が潰された感覚と喉に熱くどろっとした液体が込み上げて来るのを感じた。
「ごほっ……」
口から血を吐き出し、自分の胸に刺さる剣を両手で握りしめる。
「アキヒ……くん」
サラの瞳から涙が溢れてくる。
血塗れの手でサラはアキヒの顔へと手を伸ばす。
「な、何……?」
アキヒは咄嗟にサラから剣を引き抜き、サラの手を避けるように素早く後ろへ退避する。
空を掴んだサラの手はだらりと下へ垂らし、次の瞬間、ペルセポネの木の根によって身体中を串刺しにされる。
「なんだ、今のは……まるで俺は別の奴を刺したみたいだった……」
アキヒは自身の剣に視線を落とし、目を見開いた。
剣の鍔に嵌められた魔石が淡いピンク色に発光していたからだ。
それは以前、吸血鬼となり暴走していたサラを見つけるために付けたマーキング用の魔石。サラを示す光は淡いピンク色に設定していた。
それが今光っているということは、つまり、目の前の敵だと思っていたペルセポネは、サラ本人だったという事だ。
「さ、サラさん!」
それに気がついた瞬間、アキヒの瞳に映る串刺しになっていたペルセポネの姿がサラの姿へと変わる。
サラは死んではいないだろうが、完全に戦意を喪失しており、指先一つ動かさない状態だった。
「そんな、俺は、なんて事を……」
アキヒはすぐに傷だらけのサラに駆け寄る。
「サラさん! サラさん俺だ! お願いだ目を開けてくれ!」
アキヒの声にサラがピクリと体を反応させる。
「あ、きひ、くん……」
ぼそりと声を漏らすサラだが、開かれた瞳には光がなく、アキヒの声に対して反射的に答えているようだった。
「……なんで私の幻覚が勝手に解けているのかしら。ますます不思議な子。やはり彼に流れる血が何らかの影響を与えているのね。彼女より取り込むべき優先順位が高そうね」
完全に心が折れた状態のサラの血はいつでも回収可能と判断する。
そして、アキヒという謎の人間。彼の血は一刻も早く回収するべきだろう。今の今までアキヒに与えた攻撃は痣一つ残していない。仮にも魔王の血を取り込んでおり、確実に並の人間なら一瞬で死んでいてもおかしくはない威力をあの青年はその身で受けて尚立ち上がる。
正直なところ、ペルセポネはアキヒを恐ろしく感じていた。
まるで未知なる存在と戦っているようでアキヒという男の能力が全く持って把握できなかった。そのため、ペルセポネは今もアキヒという男を真剣に観察していた。
「ごめんサラさん。俺、てっきりあいつと戦っているつもりで、サラさんを傷つけるつもりなんて……」
そうアキヒは謝るもサラは沈黙したまま吊られるだけだった。
そのため、アキヒは力なく垂れるサラの両手を取り、自身の両手で包み込む。
「サラさん。俺の目を見るんだ」
その言葉により、ゆっくりとだがサラの光のない瞳がアキヒに向けられる。
その瞳をまっすぐ見つめ、アキヒはサラの唇に自身の唇を重ねた。
瞬間、僅かだがサラの瞳が大きくなる。
「好きだサラさん。俺のこの気持ちは今も変わらない。俺はずっとそばにいる。どんなに苦しくても辛くても、悲しくても、その気持ちは俺も一緒に背負う。絶対にサラさんを不幸にはさせない」
たとえ全人類がサラの敵になっても、たとえ世界がサラという存在を否定しようとも、必ずそばにいる。そして、サラの幸せを邪魔するものは誰であろうともぶっ飛ばす。
「だから、俺と結婚してくれ。ずっとそばにいさせて欲しい」
その言葉により、サラの瞳に大粒の涙が零れる。
頬が紅潮し、潤んだ瞳に強い光が戻ってくる。
「わ、たし……私も、好き。アキヒ君のことが好き。そばにいさせて欲しいのは私のほうだよ」
サラはアキヒの頬に手を添える。
「あなたは私の太陽。私に生きる希望をくれたかけがえのない人……大好きだよアキヒ君」
そう伝え終えると、今度はサラのほうからアキヒの唇へとキスをした。
一秒にも満たない一瞬の口付けだったが、それだけでサラとアキヒは今まで以上に強い繋がりを得た。
もう負けない。決して負けることはない。
「んぉおああああああ!」
サラは自分に刺さる木の根を気合いと魔力の全力開放で粉々に砕き、一瞬で体の傷を痕一つ残さず再生させていく。
「くっ、懲りずにまた挑むのね。どうせ私には勝てない。何度来ても無駄。私のほうが強いもの」
サラはペルセポネを一瞥する。
彼女はサラと在り方が似ている。ならば自分が助かったように、彼女も救うことができるのではないだろうか。
「アキヒ君。絶対にあの人を殺しちゃだめだからね」
「え、そうなの」
「うん、あの人は私と同じなの。だから、殺すんじゃなくて助ける。あの人、ユカリさんは幸せにならなくちゃいけないんだよ」
サラの言葉にアキヒは深く頷いた。
「わかった。じゃあどうすんよ? あの左脚、たぶん相手に幻覚と幻聴を見せる能力だと思うんだけど」
「そうだね、そこが厄介かな。私に関しては気にしなくていいよ」
「ん? どゆこと」
「言葉通りだよ。だけど、先に謝っておくね。痛かったらごめんね」
手を合わせてちょろりと舌を出すサラに、アキヒは全てを察し、遠い目をする。
「問題はアキヒ君のほうだけど」
「あー、それも心配ないわ。俺にも一つ考えがあるから」
アキヒは自身の剣に視線を向ける。
「ふーん、わかったよ。アキヒ君を信じる」
「おう、そうしてくれ」
ニッと笑みを浮かべたアキヒにサラも自然と笑みが溢れる。
「お話は終わったの? 仲のいいことは結構だけれど、どうせ死ぬのだからほどほどにね」
ペルセポネはそう言うと、右脚で地面を踏み、一瞬で大量の植物を生やし、一気に攻撃してくる。
それをアキヒとサラは二手に別れ、前進しながらそれぞれ対処していく。
サラは自身の魔力を背中の羽根に行くように集中し、そして、一つだけ願った。
すると、羽根の形状が変化し、二つの羽根が四枚へと数を増やした。だが、それは羽根と呼ぶには相応しくなく、羽根の先端から底面にかけて鋭利な刃となっていた。
「全部斬り落としてあげる」
そしてサラは目にも止まらぬ速さで周囲を駆け巡り、背中から生える四枚の刃で次々とペルセポネが出した植物をまるで紙でも切るかのようにあっさりと切断していく。
「なによ、何なのよそれ……今の一瞬で自分の身体の構造を作り変えたってこと? そんなのただの魔族ができるはずがない」
動揺するペルセポネにサラは羽根を元の形へと戻し、ペルセポネへと近づいて行く。
「私は純粋な魔族じゃない。魔族にも、人間にもなれなかった半端者。確定されていない身体だからこそ、私の身体は私の意思に応じて変化するんだよ」
「そんなの、あり得ない。おかしいわ。だって、それってやりよう次第で魔王だって超えられる」
それはもはや「変化」とは呼べない。強者を超えるために姿を変え続けるのは、「変化」ではなく、「進化」と呼べるからだ。
「覚悟はいい? 私はあなたを救うために、ここであなたを倒す」




