表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
亜人娘が得たものは  作者: 戴勝
第26章
199/212

第7話 集いだす組織

 暗い夜の荒野、荒れ狂う砂塵の中に鈍く響くのは拳が奏でる戦いの音。


 そして、その拳を振るうのは、銀髪にして悪魔の角を生やした女性と上裸で筋骨隆々の大男だった。


 魔力なしでの全力の殴り合いだったが、あまりの戦闘の激しさに他の敵魔族たちは近づくことすらできず、今となっては当事者以外に周囲に誰もいない状態となってしまっていた。


「おるぁ!!」


 銀髪の悪魔女性ーーリーダムが振り下ろした拳は筋骨隆々の大男ーーロシュッツの顔面を捉える。


「ごぁっ……」


 当たった瞬間にごちゃっという生々しい音が響き、ロシュッツの鼻からは堰を切ったように血液がドバドバと溢れ出す。


 手で鼻を抑え、ふらつくロシュッツにリーダムは接近し、腹部に1発拳を叩き込む。


「ごはっ!」


 軽い一撃のように見えるが、リーダムが拳に乗せた威力は巨体のロシュッツの体を浮かせる程に衝撃が強く、ロシュッツの口から肺の中の空気が吐き出される。


「おら寝ぼけてんのか上から行くぞっ!!」


 その声に反応しロシュッツが上を見上げると、既にリーダムは両手を拳の形に握り、ロシュッツの顔面に向けて振り下ろしていた。


「がふぁっ…………」


 脳に莫大な衝撃を受けたロシュッツは地に足を着けていられずに両膝から崩れ落ちる。


 だが、倒れることだけはしまいと両手を地面に着いて四つん這いの体勢で荒い呼吸を繰り返した。


 そんなロシュッツに対してリーダムはそれ以上追撃する事はなかった。


 誰が見てもロシュッツの敗北であり、リーダムの快勝だったからだ。


「ふぅ、魔力なしでの殴り合い……久々にやったけどよ。なかなか楽しめたぜ。あたしも全力でやれたしな。お前センスあるわ、まだまだ若ぇんだから磨けば強くなれっさ」


 結果的にはロシュッツの惨敗だが、リーダムの身体には殴り合った証である無数の痣や擦り傷があり、一方的な暴力ではなかった事を物語っていた。


「魔力を乗っければ強くなれる。だが基本を忘れんなよ。自分の魔力だけに頼ればいずれ限界が来るからな」


「はぁ、はぁ……わかり、ましたぞ」


 未だ荒い息を繰り返しているロシュッツだが、しっかりとリーダムの教示に頷いて見せる。


 それを確認したリーダムは腰に手を当てながら小さく笑みを向け、満足そうにロシュッツへと背を向けて歩き出す。


「リーダム殿! わたくしは、必ずや強くなりますぞ。ですからいずれ、またいずれ会う時があるならば! 再びわたくしと手合わせを願いたい!」


 ロシュッツの魂からの叫びにリーダムは一度立ち止まり、そして振り返る。


「いいぜ。いつでも相手になってやる。だがあたしもまだまだ最強への道すがらだ。次に会うときは拳の一つでお前を粉砕するかもしんねぇけど、覚悟はいいな?」


「勿論ですとも。次に会う時も必ずや貴方を満足させて見せましょうぞ!」


 その返答を背にリーダムは期待を込めたサムズアップをロシュッツへと向けて立ち去って行くのだった。





 周囲に魔族の群れは存在しない。この辺りは全て狩尽くされたのか、あるのは魔族と人の亡骸だけだった。


 リーダムは自分が何しにここへやって来たのだったかと歩きながら記憶を探る。


 ロシュッツとの戦いが割と楽しかったこともあり、本来の目的をすっかり忘れてしまっていた。


「あー、思い出したわ。マジで今回の任務内容穴だらけだからなぁ」


 リーダムは頭を掻きながら独り愚痴を溢していると、突如背後から黒く巨大な勾玉のような形をした刃が回転しながら飛んできた。


「おっと……」


 リーダムは難なくその刃を躱すと、飛来した曲刀は投げた犯人の方へと戻って行ったことからそちらへと視線を向ける。


 するとそこにはリーダムの見知った顔の少女が立っていた。


 額に二本の角を生やし、艶やかな黒髪をなびかせた少女。両手に白と黒で同じ形の曲刀を引きずり、リーダムの方へと歩み寄ってくる。


「すんません。仕事サボってたんで。ついつい裏切り者かと思って投げちゃったっす」


 悪辣な笑顔を浮かべながら悪びれもなく軽口を叩くその少女はリーダムをまっすぐに見つめて言う。


「嫉妬か? サグ」


 リーダムがサグと呼んだ少女の名はサグメ。彼女の言動はいつもの事なのかリーダムはまるで動じる事なく、軽口で返した。


 それに対し、サグメはため息を吐く。


「先輩みたいなタラシに嫉妬するわけないっす。自意識過剰っすよ」


 その言葉にリーダムは少しだけイラっとしたが、それを表に出す事はしない。


 少しでも反応を見せれば目の前の天邪鬼の思う壺となるからだ。


「んで、さっきの筋肉ダルマ何なんすか? 力を制限してるからとはいえ、ただの人間が先輩と殴り合えるとか普通じゃないっすよ」


 ロシュッツをまるでバケモノか何かであるような物言いに、リーダムは頬を掻きながら答える。


「んあ? あー……ありゃあたしの弟子だ」


 その言葉にサグメは心底驚いた様子で目をぱちくりとさせた。


「え!? マジっすか? サボテンでさえ枯らすのに? 先輩、その冗談はキツいっす。てかもうそれ嘘の次元っすよね?」


 疑念を通り越して逆方向に確信を得ているサグメの言葉にリーダムはフラストレーションを募らせる。


「ありゃお前が水やりもあんましなくていいとか言ったからだろ。大事なところは言葉足りねぇのにいつも一言二言多いのどうにかしろ二枚舌」


 これにはサグメも腹立たしく感じたのか、明らかに不機嫌な声色で答える。


「大事な話は聞かないくせに、どうでもいい話ばかりするどこかの脳みそ足りてない、チンパンジー以下の快楽主義者よりかはマシっすね」


 そんなくだらない問答をしていると、サグメの背後から背の高い女性が姿を現し、近づいてくる。


 口元を分厚い布で覆い隠しているその女性はこれ以上2人が険悪にならないようにサグメの前に立ち、リーダムを見つめる。


「少しは仕事をしろ、リーダム・ノック。自らの楽しみばかりを優先するな」


「お前は堅物すぎんだよウィスタ。そんな事ばっかしてったらいつか過労死すんぞ」


 リーダムはその女性……デュラン・ウィスタリアに向けてサグメとの鬱憤を吐き出すように言い放つ。


 デュランは呆れたように動かないリーダムへ向けて右手をかざす。次の瞬間にはリーダムの身体に鎖が一瞬にして巻き付き身動きを取れない状態にし、そのまま引っ張って行く。


「お、おい待てウィスタ。自分で歩けらぁ! 引っ張んな。痛っ、石! 石がケツに当たって……イテッ!」


「良かったっすね先輩。デュラママからのお叱り講義を受ける事ができるっすよ」


 サグメは引きづられるリーダムへ向けて口元を孤の形にし、ギザギザした歯を見せる。


「くっ……後で覚えとけよサグ」


「喧嘩はよせ。既に司令官が国内で能力の展開準備を行っている」


「わぁったよ」


 そう吐き捨てたリーダムはそこからは大人しくデュランに引きづられ、3人は闇に消えていった。






 

 兵士たちの喊声が未だ轟き続ける中、アンとリオナも戦いの熱を冷ますことなく魔術を行使し続けていた。


 シェディムという魔族の襲撃とロマンという最大の戦力を失ってしまった事を起因として、僅かだが、魔族側が優勢となりつつあった。


 そのため、アンとリオナは悲しみを胸の中へとしまい込み、必死になって戦った。


 お互い魔力はほぼ空に近かったが、ここで手を止めれば負けてしまうような気がしてならなかった。


 だがそこに、1匹の小さなイタチの魔物がアンとリオナを護るようにして着地し、魔族の群れへと風の魔法で攻撃を行った。


 一瞬にして吹き飛ばされていく魔族たちに呆気を取られるアンとリオナ。すると、どこからともなく拡声魔術によって声が響いてくる。


『一度退避することを命じます。戦い続ければ死ぬだけです。この区画はしばらくの間エトワールの騎士団が受け持ちます。しっかりと体力と魔力を回復させて下さい』


 その声はアンとリオナにだけでなく、現在戦っている兵士たちに向けられた言葉だった。


 声の主は今や誰もが知るエトワール家の令嬢、アリア・エトワール本人であり、アンとリオナもつい最近まで一緒にいたことから聞き間違えるはずがなかった。


 直後、後方から赤い鎧に身を包んだ騎士たちが続々と現れ、アンとリオナの横を通り過ぎて行き、これが敵の罠では事をその目で確かめた2人は、退避するべく素早く走り出す。


 他の兵士たちも隙を見て下がり始め、戦場は再び力強い雄叫びの声で魔族たちを圧倒し始めた。


「アリアさんの騎士たちが来ればひとまずは安心だよね?」


 アンが走りながらリオナへと不安を吐露する。


「うん、きっと大丈夫。さっきより士気も高い。これなら……」


 そうリオナが言葉にした時、突如戦場の空気が変わる。


 アンとリオナの背後から兵士の悲鳴と動揺の声が響き渡った。


「なに!? 何なの!?」


 アンが足を止めて振り返り、そして目を見張った。


 暗い夜の景色が目を覆いたくなるほどに眩しい灼熱色に染まっていた。


『イフリート! イフリートが出たぞ!!」


 誰かがそう叫ぶのが聞こえてくる。


「イフリートって中級魔族だよね!? どうしてあたしたちのところばかり強い敵が出てくるのよ!」


 イフリートは昔から既にその存在を確認しており、その能力は炎を操る魔族。見た目は人型の男性であり、両腕、両脚に炎をまとっている。イフリートが生み出す炎は形状・熱量を自由自在に変化させる事ができ、これまでは炎の魔獣を生み出しているところを確認している。


 その威力は絶大で、直撃でもすれば一瞬で肉片一つ残らない。だが、属性が一つという事から、魔術士は有利属性で対処が可能であり、剣士たちも昔と違い、現在は耐熱盾が作られ、冷静に連携を取れば倒す事ができる事から、中級魔族として位置付けられている。


「今の私たちでは太刀打ちできない。アン、早くここから離れよ?」


「う、うん」


 アンとリオナはお互いに手を握り、駆け出した。


 その光景を自陣から眺めていたアリアは、眉間に皺を寄せる。


「まずいかしら。シナツにイフリートを相手にするのは厳しいわね」


「アリア様……」


 隣に並ぶリリィとルルゥが不安気にアリアへと視線を向ける。


「リリィとルルゥの使い魔も退かせなさい。あれの相手は水属性を操る使い魔を持つ使役士と魔術士が最も適してるわ」


 アリアの言葉にリリィとルルゥはしっかりと頷く。


 後はイフリートと聞いて耐熱盾を用意するまでの間、どれ程の時間耐える事ができるのか。


 そう考えていた矢先、イフリートが胸の前で両手を合わせ、炎球を生み出すのをアリアは視認した。


「……っ!! 障壁展開!!」


 自陣にいる魔術士たちにそう告げたアリア。


 イフリートが生み出した炎球、それはあまりにも巨大だった。


 直径5メートル以上はある炎の塊がその場にいた兵士たちを巻き込んでこちらへと向かって来ていた。


 すぐさま障壁が展開されるも、アリアからは焦りの色が消えなかった。


「何やってるの! 早くしなさい!」


 アリアは小さく叫ぶ。


 彼女の視線の先、そこにはアンとリオナがいる。彼女たちは全力でこちらへ走って来ているが、イフリートの炎球の速度の方が遥かに速い。


「はぁっ、はぁっ……急いでりっちゃん!」


「ん……ま、まって……」


 リオナの走る速度があまりにも遅い。


 元から部屋で本を読むのが好きなリオナにとって、運動は致命的に苦手な分野。まさかここに来て運動不足が仇となるとはリオナ自身、思いもしていなかった。


 アンに引っ張られるようにして走るリオナだが、次第に足の回転が追いつかず、遂には自身の足につまずき転んでしまう。


「りっちゃん!」


 アンがすぐに駆け寄りリオナを抱え起こすが、既にイフリートの巨大な炎球が目の前にまで迫っていた。


 逃げきれない。


 そう思った時、アンとリオナの前に1体の魔物が空から降り立った。


「キシャアアア!!」


 それは巨大なトカゲの魔物。その魔物に見覚えがあったアンは、瞼を持ち上げ、期待のこもった瞳をきらきらと輝かせる。


「いっけぇええスライム!!」


 その声と同時に、巨大トカゲの前にスライムが飛び出し、炎球を包み込むように大きく広がる。


 スライムと炎球がぶつかった瞬間、大量の煙と蒸発音を響かせるもスライムはイフリートの炎球を確実に呑み込んでいった。


「大丈夫かい? 2人とも」


 巨大トカゲの背中から1人の青年が声をかける。


「陛下! マクシミリアヌス陛下!」


 アンが頬を紅潮させて嬉しそうに叫んだ。


「元気そうで何よりだよ。この区画だけ異様に魔族が多かったからね。様子を見に来て正解だったよ」


 マックスはイフリートに視線を向け目を細める。


「ここは危ない。早く避難するといいよ。それと、自陣にいるエトワール嬢に伝言を頼むよ。ここは僕たちが受け持つ、とね」


「はい! ありがとうございます」


 そう言ったアンはリオナの手を取り、走り出す。


 それを見届けたマックスは自身の使い魔である巨大トカゲーーカゲ丸の背中へと再びスライムを設置して空を飛ぶ。


「ありがとう、アホマル。君のスライムは優秀だね」


「へへへ、だろ。あんなメラメラ野郎には負けないっすよ!」


「そうだね。耐熱盾が騎士たちに行き届くまで、僕たちがイフリートを相手にするよ」


「了解っす!!」


 そうしてカゲ丸はマックスの指示に従い、イフリートの元へと一気に滑空して行った。

次回


最終章

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ