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亜人娘が得たものは  作者: 戴勝
第26章
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第6話 魔神ペルセポネ

「はぁああああ!」


 アキヒは両手で握る剣を振りかぶりながら、元ユカリであるペルセポネに向けて全力で向かって行く。


 その動作にあっては、洗練されたものとはとても言い難いものであったが、サラによる魔法で身体能力を大幅に強化しているため、なんとか戦闘にはなっていた。


 向かってくるアキヒに対し、ペルセポネは自身の魔力で生み出した細剣を片手に応対する。


 激しい剣戟が鳴り響くが、ペルセポネが右脚で地面を踏んだ瞬間、突如地面から太い木の根がアキヒの腹部に突き刺さる。


「がはっ!!」


 一瞬で吹き飛ばされたアキヒは壁にぶつかり、衝撃で崩れた瓦礫に埋もれて行く。


「……っ!!」


 それを見送りながらサラは空中から爆炎魔法をペルセポネへ向けて撃ち込んだ。


 アキヒのことなら心配する必要はない。彼は女性による攻撃に対して、まるで鋼にでもなったかのように全くと言っていいほどダメージを受けることはない。先程のペルセポネの攻撃も腹部に突き刺さったように見えるが、刺さったのはほんの先端だけで致命傷に至る傷ではない。更に言えば、アキヒはダメージを受ければ受けるほどに肉体の防御力が上昇して行く。


 そのため、サラはアキヒが吹き飛ばされても何も不安に思わない。むしろもっと吹き飛ばされてもらいたい程である。


 サラが放った魔法が火片を撒き散らしながら紅蓮の渦を巻いてペルセポネへ向かって行くが、ペルセポネはまたもや右脚で地面を踏む事で、木の根を生み出し盾にする。


 着弾と同時に激しい爆発音が周囲に響き渡るが、ペルセポネが生み出した木の盾は爆発により穴が空くどころか燃える事すらせずにその場に留まっていた。


「何で!? 木が燃えないなんて常識的におかしいでしょ! 科学的法則どうなってるのかな!?」


「面白い事を言うのねあなた。この空間においてそんなものが通用するはずがないでしょう?」


 サラの叫びにペルセポネは肩を揺らしながら、再度右脚で地面を踏む。


 その瞬間、盾となっていた木の根が鋭利な杭のような形となり、サラへと襲いかかる。


 それをサラは背中の羽根を巨大な手の形へと変化させて受け止め、そのまま握りつぶして粉々に砕く。


「何そのふざけた答え。そんなの、私の魔法が封じられているようなものだよね」


「ええそうね。何もできない自分を惨めに味わうといいわ。役立たずで見ていることしかできない自分を嘆きなさい!」


 そう言ったペルセポネは右脚で地面を踏み、木の根を生やして上空にいるサラへと攻撃する。


 それに対し、サラは元の羽根へと形状を戻し、宙を縦横無尽に駆け回るが、ペルセポネが生み出した木の根からは大量の蔓が触手ように四方へと広がり、サラを捉えようとあらゆる方向から迫って来る。


 サラは右手をかざし、風の刃で応対するがやはり直撃はすれども破壊に至ることはなく、迫る勢いも止まる気配はなかった。


「くっ……!!」


 すぐに回避に徹するサラだったが、広がる蔓に次第に逃げ場を失って行く。


 そしてついに、サラの足首に一本の蔓が巻き付いた。


「はっ! きゃっ!!」


 巻き付いた瞬間、サラの身体は一気にペルセポネの方へと引っ張られて行く。


 腕や胴回りといった身体中にも複数の蔓が巻き付くことでサラの身動きを封じられ、ペルセポネの目の前で宙に固定された状態で停止する。


「ふふふ、どう? 私の強さが理解できた? これであなたが私に勝てないことも証明されたわ」


 ペルセポネはゆっくりとサラに近づいて行く。


「あなたはさぞ優秀な魔族なんでしょうね。無詠唱で全属性の魔法を使う人型の魔族なんて滅多にいないもの」


 そう独り呟きながらペルセポネは手に持つ細剣でサラの腹部を貫いた。


「んぁッ!」


 小さな呻き声を上げるサラを尻目に、一度ぐりぐりとサラの中を掻き回すように細剣を動かし、そして引き抜く。


 抜いた側からサラの腹部から大量に血が流れ出て来るが、すぐに巻き戻したかのように傷が塞がり痕一つ残さず再生していく。


「あらあら、あなた自己再生持ちなのね。良いわねその能力。欲しくなってきたわ」


 ペルセポネは右脚で地面を踏み、人が入れるほどの巨大な木彫りの器を用意する。


「うっ……何を、するのかな」


「あなたの血を私の体内に取り込むわ。そうすれば私はもっと強くなれる!」


「そんなに強くなってどうするつもりなの? 力を手にするだけじゃダメなのかな」


 その質問にペルセポネはサラの足下に器を置きながら答える。


「そんなの、逆らう人たちをなくすためよ。二度と私を馬鹿にできないように、逆らう気力すらもなくすほどの絶対的な力を私は得るのよ」


「…………」


「おかしい? 私を異常者だと思う? あなたには分からないでしょうね、私の気持ちなんて。優等者は劣等者をゴミ同然に思うのが当たり前。あなたもそうでしょ?」


 違う、そうサラは内心で呟いた。むしろペルセポネーーユカリは自分に似ていると感じた。


 力が欲しい。誰かを守れる力、仲間を援護できる力が欲しいと願い、常に努力を続け、それでも手に入らなかった。好きな人の前では可愛く、戦いではかっこよくと思いながら行動するが、いつも前には自分より優秀な子がいて、次第に彼女を恨み、妬むようになった自分がいた。


「分かる。分かるよ、ユカリさんの気持ち」


「う、うそよ」


「嘘じゃない。私もそうだったから。でもねユカリさん。強さを得たところで、何も報われないよ。幸せになんてなれない。最初は優越感に浸れるかもしれない。だけど、その後にやって来るのは孤独と虚しさだけ」


「…………さい」


「助けてくれる人も信頼できる人も、好きな人までいなくなっちゃうんだよ。そんなの、不幸でしかないよ!」


「うるさい! うるさいうるさい! そうやって私をたぶらかして、単純なやつだと馬鹿にして殺すのでしょう? その手には乗らない。私は騙されない!」


「違う! 私はーー」


「まずはそのお喋りなお口から塞ぎましょうね」


 ペルセポネは右脚で地面を踏み、生え出た木の根でサラの首筋から喉を貫いた。


「ごぼぁっ!?」


 口から大量の血が溢れ、地面を赤く染めて行く。


「あぁ、もっともっとよ! 全部搾り取ってあげるわ」


「が……あ……ぁ……」


「抜かないわよ。抜いたらあなたは再生しちゃうものね。痛いでしょうけれど我慢して、ほんの数分で終わるわ」


 そう言ってペルセポネは木の根でサラの腹部、両手、両脚、ありとあらゆる場所に穴を空けていく。


「良いわ。その鮮やかな色。少し味見して良いかしら」


 そう呟いたペルセポネは流れ滴るサラの血を受け止めようと手を伸ばした時、瓦礫の中からアキヒが勢いよく飛び出した。


「ぜあああああああああ!!」


「っ!!」


 驚愕に目を見張ったペルセポネはサラから瞬時に距離をとった。


 そのすぐ後に先程ペルセポネがいた場所をアキヒの剣が振り下ろされ空を切る。


「あなたッ! お腹を刺したはずなのだけれど、もしかしてあなたも自己再生持ち? ただの人間が? そんなはずは……」


 ペルセポネの思考による独り言にアキヒはサラの拘束を剣で切断し、意識を朦朧とさせるサラを抱き下ろしながら返答する。


「自己再生なんてあるわけないじゃん。そもそも刺さってないんだし」


「刺さって、ない……? あなたいったい何者?」


 混乱するペルセポネに向けてアキヒは一度鼻っ柱を親指でなぞってからキメ顔で答える。


「ただの変態さ」


「そ、それ……自分で言うのかな」


「サラさん! もう大丈夫なのか!?」


「うん、傷は塞がるし、抜けた血はほら、こうやって回収できるから」


 そう言ってサラは器に溜まる自身の血に手をかざすと、まるで吸引機のようにサラの中へと血が戻って行く。


 これはサラの最近知った事だったのだが、どうやら自身の血であればそこそこ操れるようだった。アニのように血を使って攻撃などはできないが、流れ出る血の量を抑え、目に見えて液体となっている血くらいは回収できた。


「だけど、少しアキヒ君の血が欲しい」


「わかった。今のうちに吸える分だけ吸えば良いさ」


 アキヒはペルセポネに体を向け、剣を構えながら言葉にする。


 そのため、サラはアキヒの首筋にカプッと噛みつき、二度目の吸血を行う。


 吸血行為がアキヒにとって攻撃判定されるのは良いことなのだが、直接血を抜いているため、あまり失いすぎるとアキヒが動けなくなってしまうことから、サラは程よいところで口を離す。


「ふぅん、血を飲んで……そう、あなたも私と同じということね。彼に恋したから人間側にいると思っていたけど、解釈違いだったようね」


 ペルセポネは自身のあごに指を添えて不敵に笑う。


「何の話だ」


 それにアキヒが睨みを効かせながら返答する。


「サラさん、でしたっけ。あなたは彼を利用したいがためにそっち側にいるのでしょう? 大方、彼に流れる血にあなたを強くするための特殊な成分でも含まれているのでしょう。そう、きっとそうね。ふふふ、理解してしまえばあなたたちなんて下級魔族以下ね」


 ペルセポネが全く見当違いな事を話している事に、サラはどう答えて良いか分からず、無言でアキヒと視線を交わす。


 この世界に吸血鬼という種族は存在しない。そのため、ペルセポネからすればサラがアキヒに対して行なっている行動が理解できていないのだろう。


「何を言ってんのか全く分かんねぇけど、美人なお姉さんが変わってしまった以上、倒すことには変わりないじゃん」


「ちょっとアキヒ君。それって私も倒されるべき対象に入るんだけど? それとも、私は美人じゃないからって事なのかな?」


「い、いやいや! サラさんは別でしょ。だってサラさんは俺にとって1番大切な宝なんだからよ」


「……っ!」


 サラの胸の鼓動が少しだけ早くなる。


 そのほんの僅かな放心の間に、アキヒは独りペルセポネへ向けて駆け出していた。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 照れ隠しのためか、今までより一際気合いの入った声を上げるアキヒ。


 対するペルセポネは先程までと同様に右脚で地面を踏む事で、大量の蔓や木の根を生み出して応戦する。


 アキヒは剣を振い、サラがどれほど鋭利な魔法を放っても斬れなかったものをあっさりと斬り落としていく。


「そっか。物理攻撃には弱いんだ」


 思えば羽根を拳に変化させた状態で迫り来る木の根を破壊できたのだ。魔法に頼りすぎていたせいですっかり見落としてしまっていた。


 これならサラでも戦う事ができる。


 そう思い、アキヒを援護するために駆け出そうとしたサラだったが、ふと、ペルセポネの表情に違和感を覚えた。


 あれだけアキヒが抗戦していて下手をすれば負傷する可能性もある状況にもかかわらず、彼女の表情に焦りの色が見られない。むしろ、サラたちの事を完全に見切り、勝ち誇ったような笑みを湛えていた。


「待ってアキヒ君! 一度下がった方が良いかもしれない!」


 サラの叫びにアキヒが反応したが、それによって大量に捻れて太くなった蔓の攻撃に対しての対処行動が遅れ、アキヒはあらぬ方向へと弾き飛ばされてしまった。


「あっ……!」


 無意識にサラはアキヒへと駆け寄ろうと体が前に出るが、グッと堪える。アキヒはただ弾き飛ばされただけ、体が頑丈になっている今のアキヒならばまたすぐに立ち上がるはずだ。


「ふふふ、彼が心配? そうよね。何せ彼の血が大事だものね。でもこれで終わりよ。あなたたちの絆はここで切り落とされる。あなたたちの手でね」


 そう言ったペルセポネはロバのような左脚を前に出し、地面を踏んだ。


 コツンと蹄が音を響かせ風を生む。その風が緩やかに倒れているアキヒの方へと向かい、通り過ぎて行く。


「……な、なに?」


 何をしたのかが分からない。一見してアキヒの身体に深刻な傷が生まれたようには見受けられなかった。


「痛ってぇ、致命傷にならないとはいえ、衝撃はそのままくるから結構きついんだよな」


 そう悪態を吐きながら起き上がったアキヒは視線をサラへと向ける。


「え……アキヒ、くん?」


 その瞳はサラを安心させるような優しいものではなく、サラを敵として、倒すべき対象として認識している瞳だった。

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