第5話 神獣との戦い その2
智翠は自身が立つ場所の空気が揺れ動くのを感じ、素早く後方に跳ぶと、先程までいた空間が破裂する。
だがすぐに左頭部が甲高く鳴き、智翠の背後の床が突然隆起し、串刺しにすべく襲いかかる。
それを振り向きざまに幻月を横薙ぎに振り抜くと、鋭く隆起した先端がゴトッと斬り落とされる。そしてそのまま回転を止めずに勢いのまま智翠はケルベロスに狙いを定める。
……波平琉剣術・翔ノ型
「お返しだ。琥珀『交喙』!」
智翠は幻月の切先を床へ擦らせ、ケルベロスに向けて振り上げる。
刹那、ケルベロスへ向けて一直線に地面が隆起して行く。まるで獲物を啄むように交互に隆起したそれは、ケルベロスの硬い鱗に阻まれるも火花を散らしながら強引に串刺しにする。
「グギャアア!?」
苦悶の悲鳴を上げたケルベロスに向けて智翠は追撃のために疾走する。
それを確認したケルベロスの左頭部が甲高く鳴き、智翠の上空から複数の矛を撃ち放ってくるが、智翠は幻月が放つ魔力で加速し、蛇行しながら全てを躱していく。
すると、中央頭部が一際巨大な咆哮を放つと空間が脈動する。
「うくっ! 先の技か!」
その巨大な咆哮により、ケルベロスを串刺しにしていた突起が砕け散り、そして空間に響き渡る衝撃で智翠の体が飛ばされかけ、咄嗟に足に踏ん張りを効かせる。
脳が揺らされ動きを止めてしまうが、智翠は負けじと幻月を構え、ケルベロスを睨みつける。
だがその時、智翠はある事実に気がついた。
何故今まで気がつかなかったのだろうか。ケルベロスは一つの頭部から同時に二つの技を放っているところを見ていない。さらに、左頭部と中央頭部が同時に技を放つところも見ていない。
同時攻撃ができれば今のように中央頭部の技で智翠の動きを鈍らせると同時に矛なり剣山なりを生み出せば勝てる話だ。それをしてこないということはつまり、ケルベロスの頭部は交互にしか技を放てないという事になる。
「見えたぞッ、ケルベロス!!」
そう言い放った智翠は左手に現月を生み出す。
両手の手甲に魔力を込めると、甲に刻まれた藤の花が発光し、智翠の額に薄紫色に輝く2本の角が浮かび上がる。
同時に、ケルベロスの右頭部が遠吠えを行い、自身の体に空けられた傷穴を元通りにさせて行く。
その隙に智翠は右脚を後方へ引き、左脚に重心を置く。そして、手に持つ二振りの刀を交差させ、切先を後ろにして下段に構える。
「波平琉剣術・斬ノ型……灼光『叫天子』ッ!」
智翠は二振りの刀を同時に振り上げる。
振り上げた刀の軌道を追うように白亜に光る超高熱の刃が2つ、ケルベロスの中央頭部と右頭部に襲いかかった。
目にも留まらぬ速さで斬撃が襲いかかって来たことでケルベロスの対処が僅かに遅れるが、左頭部は甲高く鳴くと確実に右頭部の目の前に障壁を展開する。だが中央頭部にまで障壁を広げる事ができなかったために、智翠の攻撃をもろに受けた中央頭部は胴体ごと見事に縦に切断され、高熱により融解していく。
「ギュアアアアア!?」
あまりの痛みにケルベロスが嘆きの声を上げ、すぐさま右頭部が遠吠えを行うと、左右に倒れかけた体が逆再生するかのように綺麗に張り付いていく。
だがその時には既に智翠は次の構えに移っており、智翠はその技の名前を口にした。
「……天雷『奴延長』ッ!!」
そう言って現月を突き出した智翠が狙った先は左頭部。右頭部が能力を使用している最中であるため、今の左頭部に智翠の技を止める手段はない。
智翠の思惑通り、霆を帯びて拡張された現月は吸い込まれるようにケルベロスの左頭部を貫き消し飛ばした。
「グギィアアアアアア!?」
激痛により右頭部が悲鳴を上げ、現月がまとっていた電撃により体が痺れ、途中であった中央頭部の再生が遅れる。
そこにいつの間にかケルベロスへと距離を詰めていた智翠は、右手に持つ幻月を目一杯後ろに引く。
右頭部は先程、中央頭部に能力を使ってしまっているため、再発動はすぐにはできない。中央頭部にあっては未だ再生途中であるため、これより放たれる智翠の技を防ぐ手段などもはや持ち合わせてはいない。
幻月の先端に黒々とした魔力が収束し、周囲に蒼白の霆が散り纏う。
「さらばだミュートニー。意思を失くしたとはいえ、私に深傷を負わせたのだ。その満足感を胸に抱いたまま眠れ」
その言葉と同時に智翠は幻月を真っ直ぐ突き出した。
刹那、幻月から20を超える魔力の塊が1秒の間に全て放たれ、まるでレーザー光のように蒼白色の霆が細線を描いてケルベロスの右頭部に大量の風穴を空けた。
ぐらりとケルベロスの巨体が倒れ伏し、ぴくりとも動かなくなる。
智翠は静かに近寄り、念の為、再生が途中で終わった中央頭部の首と右頭部の首を幻月で切断する。
「…………ふぅ、いっ!?」
ケルベロスを無事倒し終えた事に安堵した智翠だったが、深く息を吐いた事で腹部の痛みが強襲し、思わず床に膝をつく。
「ははは、参ったな……早急にサラを見つけねば、身体が保たぬぞ」
そんな事を呟いていると、突如空間がぐにゃりと歪み始め、正常に戻った頃には智翠は知らない室内の床に1人座り込んでいた。
一度周囲を見渡し安全を確認した智翠は、ゆっくりと立ち上がる。
「……魔王は何処に隠伏しているのだ?」
智翠は部屋の扉を開けて廊下へと出る。
部屋を出れば敵魔族が待ち構えているなどということはなく、ただただ静寂に包まれた長い廊下が続いていた。
なんだか無性に胸の辺りがソワソワとして寂寥感を感じてしまう。
以前までの智翠であればこのような場所でも平気でズカズカと歩いていたのだろう。今では信頼できる仲間を持ち、少しばかり騒がしい空間を居心地が良いと感じるくらいには誰かと一緒にいる事が好きになっている。
「アヒトとチビ助は何処に行ったのだろうな。お前は分かったりするのか?」
智翠は話し相手が欲しかったからなのか、何となく鞘に納まる幻月へと声をかけてしまっていた。
「ま、分かれば苦労するまい」
そんな事を呟いた時、突如幻月が震え出し、独りでに鞘から離れて宙を浮遊し始めた。
「んな!? どうした幻月」
『…………』
智翠は幻月を手に取り、自身に引き寄せる。
「こ、これは! チビ助の魔力……?」
幻月を手にした瞬間、突如空間に流れる微量の魔力残滓を感じ取れるようになった智翠。だが不思議と違和感はなく、まるで呼吸をするかのように魔力残滓を感じ取る事ができた。
空間にはサラの魔力も感じられるが、かなり遠い。この場において最も近い魔力残滓はベスティアであり、それはなんと智翠が今立っている場所の真下から感じられた。
「辱いな幻月。何か礼をしてやりたいが……」
そう言葉にした智翠だったが、刀に何をあげろというのだろうか。
幻月が欲しがるものといえば魔力だろうが、生憎、今の智翠の魔力量は簡単にあげれるほどの余裕はない。
と、思考したところで智翠は一つ閃いた。
「ふむふむ、良し! では参ろうか幻月!」
智翠は幻月を逆手に持ち、勢いよく床に突き刺すのだった。




