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亜人娘が得たものは  作者: 戴勝
第26章
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第4話 神獣との戦い その1

 元ミュートニーである3つ頭の獣の攻撃は頭部による能力のみのようだった。


 体が巨体故かその身に生える脚は体重を支えるのみで動くことはなく、3つに別れる頭のみが智翠を狙って来ていた。今のところ、智翠が確認している能力として

 ・左頭部が甲高く鳴くことにより、何もない空間に様々な物体、生物等を生み出して智翠へと攻撃を仕掛けること。

 ・中央頭部がその突き出た口を大きくを開けて咆哮を放つと、狙い撃つように智翠のいる場所の空間、床や柱を破裂させる。

といったものだったが、右頭部だけは智翠を見つめるだけで未だ攻撃を仕掛けてくるような素振りは見せていなかった。


「3つ頭の犬……ケルベロスか。まったく、私は獣と相対してばかりだな」


 だがそれでいい。敵が獣であれば意思を通わす必要がない。無慈悲に、冷徹に方を付けることができる。


 そこにケルベロスの左頭部が甲高く鳴いた時、智翠の目の前に複数の犬型の魔獣が生み出される。


 智翠は刀の切先を後方にして腰だめに構えながら地を蹴る。


 ……波平琉剣術・翔ノ型


「……翡翠『鴻鵠(こうこく)』!」


 刀に風をまとわせた智翠は横薙ぎに一閃。


 智翠を攻撃しようと接近していた犬型の魔獣諸共に風の斬撃が切り裂き、そのままケルベロスに向けて飛翔して行く。


 周囲に鮮血が飛び散り、確実にケルベロスの胴体を切り裂いていているのだが、ケルベロスは呻き声の一つも上げることはなかった。


 如何せん図体が大きいため攻撃が貫通せず、致命傷には至らない。単純に皮膚が通常の動物犬とは異なり、竜の鱗のような硬い皮膚に針のような鋭い体毛があることが智翠の攻撃を浅くしている要因の一つでもあるのだろう。


「1段階の魔力量では浅い傷しか付けられぬか。腐っても魔王の血というわけだな」


 そう智翠が毒付いていると、突如ケルベロスの右頭部が首を高くもたげ遠吠えを始めた。


 次の瞬間、智翠によってケルベロスが受けた裂傷部がたちまち修復され癒されていく。


 それだけでなく、最初に切り裂いた犬型の魔獣たちの体も切断部から失った部位が再生し、次々と復活して行く。なにより厄介なのは、胴体を二つに分断された魔獣はそれぞれで再生しており、実質的に数を増やしていることだった。


「下手な攻撃はできぬな。であればっ!!」


 智翠は両手の手甲に魔力を込める。


「花蕾、二重咲!!」


 第2段階、解錠……


 智翠は左手に藤色に光るもう一つの刀を生み出す。


「……現月、抜刀」


 その言葉を言い終えたと同時に、ケルベロスの中央頭部が咆哮を放つ。


 智翠が立っている空間が突如不自然に揺らいだのを感じた智翠は、素早く横へ移動する。


 すると、先程まで智翠がいた場所の空間が破裂し、同時に再生し数を増やした犬型の魔獣の群れが一斉に攻撃を仕掛けてきた。


 智翠は襲いかかる魔獣たちを置き去りに、圧倒的な速度で二振りの刀を交互に振り抜きながら次々と斬り伏せて行くが、ケルベロスの右頭部の遠吠えにより、すぐに傷や切断部が再生していく。


 埒が明かない状況だが、今にあっては智翠にとって好都合だった。再生している間の僅かな時間があれば一つの技が使用できる。


 智翠は二振りの刀を己の胸の前で交差させるように構える。


「波平琉剣術・翔ノ型……瑠璃『蚊吸鳥(よたか)』ッ!!」


 そう叫んだ智翠は二振りの刀を同時に横薙ぎに振り抜いた。


 その瞬間、幻月と現月の軌道上に敵の魔獣と寸分違わない、半透明な水で作られた犬型の魔獣が複数体生み出され、敵の魔獣へ次々と食らいつき呑み込んでいく。


 一口で呑み込んだ水の魔獣は敵の魔獣を体内において一瞬で融解させていく。形を残さなければ再生は不可能と予想しての技であり、案の定、ケルベロスの右頭部が遠吠えをすることなく、智翠が生み出した犬型の水魔獣によって溶かされていくのを見送るだけだった。


 そして、間髪入れずに智翠は腰を落とし、両方の刀を己の右側へと持っていき、切先をケルベロスに向け平行に構える。


「波平琉剣術・突ノ型……」


 狙うはケルベロスの右頭部。再生能力を持つ右頭部さえ始末してしまえば、残った2つの頭部などただのそこいらの魔獣と変わらない。


「……天雷『奴延長(とらつぐみ)』ッ!!」


 そう言った智翠は左手に持つ現月を素早く突き出した。


 黄金の霆を迸らせながら現月の刀身が拡張され、ケルベロスの右頭部を貫かんとして伸びて行く。


 だが、智翠の技が右頭部に届く直前で左頭部が甲高く鳴いた。すると、まるで右頭部の前方に障壁ができたかのように、透明な空間が拡張され霆を帯びた現月の切先を完全に受け止めた。


「何!?」


 その事実に智翠は目を見張り、僅かに思考が停止する。


 その僅かに生まれた隙の間にケルベロスの中央頭部が口内に空気を取り込み、一際巨大な咆哮を放った。


「ぐっ!!」


 耳を劈くような高音と衝撃波により智翠の脳が揺らされ視界が歪む。


 それだけでなく、右頭部の前方に展開された見えない障壁に対し、放電により周囲を白く染めながら競り合っている拡張された現月の刀身にピキッとヒビが入り始める。


「ぐっぅおおおおおおおああああ!!」


 負けじと智翠も声を荒げ、下半身に力を込めて踏ん張り、右手に持つ幻月を無理矢理上段から振り下ろした。


 生み出された黒い魔力が小さな弾丸となり、現月の霆を纏いながらケルベロスの右頭部へと向かって発射されていく。それが右頭部の前方、現月と競り合っている見えない障壁に連続で衝突した結果、障壁を見事にこじ破ることができた。


 だが同時に、現月の刀身も破壊され、智翠は反動で軽く後方に飛ばされ、床に倒れ込んだ。


「くっ……」


 すぐさま視線をケルベロスの右頭部へと向けた智翠。


 幻月が放った黒い弾丸は障壁を破ることに成功していたのだが、本体に直撃することには至らず、頭部の端を僅かに抉っただけだった。


「……浅いか」


 智翠の呟きは正しく、右頭部が遠吠えを行うと元通りになる。完全に首を消滅させ、発声できなくさせる他に再生能力を防ぐ手はないと智翠は見切りをつける。


 そして次なる行動に移るべく智翠は立ち上がるが、突如眩暈に襲われる。


「うっ、なんだ……」


 幻月を支えに完全に倒れることは避けたが、何故眩暈を起こしたのかが分からない。だがふと、左耳が拾う音が遠い感覚に気がついた智翠はそっと手を当てると、滑りと赤黒い血が指先に付着した。


 どうやら鼓膜が破れたらしい。


 だがそれがどうした。片耳が聴こえれば相手を見なくても音で何が来るか判断できる。


 そう思考していると、ケルベロスの左頭部が甲高く鳴いた。


 すると、智翠の背後上空に矛のような形の物が大量に出現し、智翠へと襲いかかる。


「っ!! 現月!!」


 智翠は左手に魔力を通し、再び現月を生み出す。


 そして迫り来る矛を次々と両方の刀で打ち払って行くが、流石に全ては智翠の振りが間に合わず、やむなく後方に跳躍する。


 矛が床に直撃し破砕音を轟かせ、追撃が来ないことを確認した智翠だったが、突如背後の空間が破裂し、智翠は大きく吹き飛ばされた。


「がはっ!?」


 受け身も取れずに腹から床へと落ち、さらに勢いも殺せずにボールのようにバウンドし転がって行く。


「うっ……な、なに、ゆえ……」


 何故音が聞こえなかったのか、そう思考した智翠だったが、おそらく矛が激しく床に着弾した際の破砕音、それと同時に中央頭部が咆哮を放ったのだ。


 直撃したにも関わらず、五体満足でいられるのは智翠に音で悟られないように咆哮を抑えたからと見るべきだろう。


 そして、智翠の片耳が聞こえづらくなっている事も咆哮を聴き逃した要因とも言える。


 智翠は膝に手を突いて立ち上がろうとして


「うっ、がぁ!?」


 左腕及び腹部に激痛を感じた。


 膝に手を突こうとしていた左腕は肘から下が動かせず、腹部は服に擦れるだけで痛みが生じていた。


「くっ……」


 智翠は痛む体に鞭を打ち、右腕で幻月を支えに立ち上がり、左頭部により追撃してくる複数の矛を走って回避して行く。円柱を盾に蛇行して避け、着弾により壊れて生まれた土煙を利用して一つの円柱の陰に滑るようにして隠れた智翠は己の左腕を掴む。


「はぁ、はぁ……問題ない。ただの脱臼だ。これくらいならばどうにでもなる」


 智翠は左肩を円柱に固定し、声が出ないように服を噛む。右手を使って外れた肘の関節を元の位置に戻すべく、間髪入れずに勢いよく押し込んだ。


「ん〜〜!! ふぅ、ふぅ、全く……片耳が、聞こえていれば……」


 そう悪態をついた智翠だったが、それは言い訳に過ぎないことも理解していた。


 右頭部の事ばかり気を取られ、他2つの頭部が対処してくる可能性を考慮するに至らなかった己のミスだ。


 相手が魔獣だからと舐めてかかり、早くアヒトたちのもとへと駆け付けたいという焦りから浅はかな考えで戦っていた己が恥ずかしかった。


 智翠は服をまくり、腹部を確認する。


 皮膚が大きく赤黒い色に染まっており、ただの内出血ではない事は火を見るより明らかだった。


 感覚的に骨に異常はない。であれば、内臓が損傷したのだろう。


「してやられたな……」


 魔王に辿り着く前にボロボロになっていては元も子もない。ケルベロスを倒すには右頭部を先に破壊するしかない。だが今の幻月に送る魔力量では右頭部を破壊に至るまでは及ばない。


 智翠は幻月を握る手の甲へと視線を向ける。


 鍔鬼から譲り受けた『拡制手套』には幻月を制御するために3段階の枷が付与されている。おそらく、全ての枷を外せばケルベロスを一撃で倒す事が可能だろう。だが、それをするには今の智翠の残り魔力をほぼ全て使う事になる。そうなってしまってはたとえケルベロスを倒す事ができたとしても智翠が動けないようでは元の木阿弥でしかない。


 そんな智翠の苦慮するところをお構いなしに、ケルベロスの中央頭部が巨大な咆哮を周囲に響かせた。


 その瞬間、ケルベロスがいる側から順番に次々と全ての円柱が破砕していく。


「っ! 小癪な真似を!」


 智翠は素早く地を蹴り、一度回転して床を転がりながらケルベロスの前に姿を現した。


 円柱は根本から全て破壊され、智翠に隠れる場所はもう存在しない。ここからは一度もミスは許されない。次に何かを誤れば確実に死ぬという予感が智翠の中にはあった。


 智翠は幻月を構え、ケルベロスを鋭く睨む。


 うじうじ悩んでいても仕方がない。今確実にやれる事を全力でやるだけだ。


 その瞬間、再びケルベロスの中央頭部が咆哮をあげた。

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