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亜人娘が得たものは  作者: 戴勝
第26章
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第3話 魔王

 暗闇が続いていた視界が明るく開け、目の前に突如赤い壁が現れたため、ベスティアは瞬時に体を丸め、衝撃に備えた。


 壁にぶつかった途端、体を丸めていたことにより少しだけコロコロと転がり、ベスティアはその体を止めた。どうやら、目の前に現れたのは赤い壁ではなく、赤いカーペットが敷かれた床だったようで、急いで落ちて来た場所を振り返るとアヒトも魔術を使用して上手くぶつからずに降りてこられた様子ではあったが、体勢を整えられずに尻餅を着いてしまっていた。ほっと胸を撫で下ろしたベスティアはすぐにアヒトへと駆け寄り、腰に腕を回して立ち上がらせる。


「怪我はない? 痛いところがあったら私に言って、なんとかする」


「ありがとう、大丈夫。…………ここはどこなんだ?」


 アヒトは周囲を見渡す。


 天井は果てしなく高く、灯りは取り付けられているようには見えない。壁から壁までの幅も大広間と思わせるほどに広く、奥行きはもはや最奥の壁が薄闇で隠れてしまっている。要所要所で太い柱が何本か立っており、その柱と壁に松明の灯りが取り付けてあるだけでそれ以外に目を引くようなものはなかった。


「サラたちは……はぐれたか」


 あの部屋に取り込まれたのがアヒトとベスティアだけなのか、一緒に取り込まれていたとして別の空間に飛ばされたのかは判断がつかなかったが、今現在この空間にいるのはアヒトとベスティアの2人だけだった。


「とりあえず進んでみるか」


「ん」


 ここが罠によって連れてこられた場所ならば、今すぐにでも魔獣の群れや魔族の群れが襲いかかって来ても不思議では無いが、未だ静寂の空間が続いている。


 だがしばらく歩き、最奥が肉眼で確認できる距離まで来た時、その最奥には玉座に座る存在がいた。


「……貴様が、魔王か?」


 ベスティアが眉間に皺を寄せながら警戒したように尻尾の毛を逆立てる。


「如何にも、余がこの魔界を統べる王。魔王シヴァである。歓迎するぞ、人間と異界の猫よ」


 そう言葉にしたシヴァはゆっくりと腰を持ち上げ立ち上がる。


「だが呆れたぞ。あれほど単純な罠にかかるとは、人界もこの150年で堕ちたものよな。できれば諸君らにはこの城を存分に楽しんでもらった後に殺すつもりだったのだが、これでは興が覚めるのも時間の問題か」


 刹那、突如シヴァの姿が掻き消えたかと思うと、一瞬にしてアヒトとベスティアの目の前に現れた。


「……ッ!?」


「くっ……!!」


 瞬時にベスティアは自身に『身体強化』を行い、両脚に力を入れる。


 それと同時にシヴァの振り上げた拳が豪快に振り下ろされた。


「ぐぁっ!?」


 間一髪で後方に退いたことで直撃はしなかったアヒトだが、シヴァの拳が床のタイルを抉り、破片と衝撃波を体に受けて大きく吹き飛ばされてしまった。


 着用していた鎧のおかげで特段重大な怪我をする事はなかったアヒトを横目に内心安堵しながら、ベスティアは超高速でシヴァへと接近し、強化された脚を軸に鋭い回し蹴りを叩き込んだ。


 しかし、シヴァは難なくそれを手で受け止めてみせる。


「ちっ……!」


「フン、この程度か。余を倒しに来たのであろう? なれば全力でかかって来るが良い。さもなくば、うっかり殺してしまうやもしれんからな」


 シヴァはベスティアの脚を掴んでいる手に力を込める。


「ぐっぁあ!!」


 メキッと骨が軋む音が聴こえ、ベスティアは苦悶の声を漏らす。押しても引いてもびくともしないシヴァの腕にベスティアの表情に焦りの色が浮かぶ。


 だがそこにシヴァへ向けて岩の破片が次々に飛来した。


 それはアヒトによる魔術で、シヴァはそれを逆の腕で防ぎ、その隙にベスティアは空間を裂いて『無限投剣』を複数本投げつける。


 ナイフはベスティアの脚を握るシヴァの腕に幾本か刺さり、他はシヴァの顔面へと向かって行く。


 それを確認したシヴァは仕方ないといった様子でベスティアの脚を離し、飛来したナイフを腕を振るってはたき落とした。


 その間にベスティアは大きく跳んで後退する。


「諸君らには感謝しておるぞ。退屈なこの世界に新たな風を生み出してくれた。余の血を人間に分けてやった甲斐があったというものだ」


 魔王シヴァの血。それは以前、ボレヒスが自身の体に取り入れ、新たな存在へと進化させたことがあった。全人類魔神化計画が画策される原因となったそれをシヴァはなぜ容認し、計画に加担したのか。


「……もし人間が全て魔神化してしまっていたら、自分が討たれるかも知れないのになぜそんな事を?」


 アヒトが内心の疑問を無意識に吐露する。


 それをシヴァはまるで会話でさえ一つの愉しみと思わせるかのごとく、愉快かつ軽快にアヒトへ向けて返答する。


「愉しむために決まっておろう。この世界の生命は皆脆すぎる。余の血を分ければ少しはましな享楽を得られると思っただけだのこと。聞けば、そこにいる異界の猫が余の血を取り込んだ人界の王を倒したと耳にしたが、あれは偽りか?」


 ベスティアを見つめるシヴァは悲嘆と軽蔑が入り混じった瞳を向ける。


 だがベスティアはシヴァを睨みつけるだけで、それ以上動こうとはしなかった。


「挑発には乗らない」


「そうか。余はお主を本気にさせようとしていたのだが、これも主人であるその男が臆病な軟弱者であるからだな」


 ピキリとベスティアの額に青筋が浮かぶ。


「余が主人であればお主に戦闘の心得や技術といったあらゆる事を教示してやれたというのに、それをしなかったこの男は臆病以前に怠け者、否、能無しと言うべきか」


 そう言葉にするシヴァだが、アヒト自身はこれが挑発である事が分かっているため、何も感じることはない。むしろ、普段からチスイによってあれやこれやと馬鹿にされていたことでかなりの耐性が付いていたりする。


 だが、アヒトの視界に映るベスティアは、肩が震え、拳は血が滲むほどに強く握られており、誰がどうみても明らかにキレていた。


「ティア。これは挑発だ。耳を傾けるな」


「ほぉ? そうやって真実から目を逸らすのか。そうやって他人を誑かすお主はただの卑怯者だ」


「……っ!!」


 その瞬間、気づけばベスティアは地を蹴っていた。


 瞳の半分を灼熱に染めながら、ベスティアはシヴァへ向けて拳を振り抜いた。


 それをシヴァは掌で受け止めようと腕を伸ばし、ベスティアの拳と触れたことで、爆発する。


「ほぉ」


 轟音を響かせ、自身の腕が吹き飛ばされるのを確認したシヴァはその口元に弧を描く。


「はあああああ!!」


 残像を浮かべながら目にも止まらぬ速さで移動するベスティアの動きにシヴァは合わせるように迎撃する。


 片腕が吹き飛んだ状態のまま残った片腕でベスティアの連続の拳と打ち合う。拳がぶつかる度に激しい爆発を生み出すが、シヴァの体に新しい傷が生まれることはなかった。


「そうだ! 良いぞ良いぞ! それらしくなったではないか!」


 攻撃が通ったのは最初だけでそこからは平行戦のまま、ただただベスティアの体力が消耗して行く。


 そのため、一度距離を取ったベスティアは姿勢を低くし、拳を構える。


 そこにシヴァが追いかけるようにして距離を詰めて来る。


「援護するぞティア!」


「ん!」


 背中越しに頷いたベスティアを確認したアヒトは杖を構え、中級魔術である『凍結』魔術を使用した。


 すると、シヴァの脚が一瞬にして凍りつき、距離を詰めて来ていた足を止めざるを得なくなったシヴァを確認したベスティアは拳に魔力を一気に集約させる。


「……『爆散(フラッシュオーバー)』!!」


 ベスティアが拳を床へと叩きつけた瞬間、シヴァへ向けて連続した爆撃が迫って行く。


 床のタイルを巻き上げ、振動を伝えるかのように高速で迫る爆発をシヴァはベスティアの動きを真似るように拳を床へと叩きつけた。


 刹那、突如シヴァへ向けて迫っていた爆発が、一瞬にして霧散して行く。


「そんな!?」


 この姿において、ベスティアが使える強力な魔法がいとも容易く、まるで音を同じ波長の音で打ち消すかのように、衝撃波だけでベスティアの放った技を打ち消してしまった。


 そんなベスティアの僅かな驚愕と動揺が隙となり、気がつけばシヴァはベスティアのすぐ目の前まで肉薄していた。


「しまっ……かはっ!!」


 ベスティアの腹部に重い衝撃が走る。


 シヴァが未だ凍ったままの脚でベスティアを蹴り上げたのだ。凍りついている分鋭角があり、それがベスティアの腹部を容赦なく抉って行く。


 そのままシヴァが脚を振り抜いた事で、ベスティアは吹き飛び床を転がった。


「ティア!!」


 アヒトがベスティアの方へ駆け寄ろうとするが、それをベスティア本人が手で制止する。


 苦悶の表情を浮かべながら体を起こしたベスティアは軽く腹部を一瞥する。腹部には指先ほどの大きさの穴が複数、痛々しく空いており、押さえた掌にはどっぷりと血が付着していた。


「もしや先の技が奥の手ではあるまいな?」


「…………」


 シヴァの問いにベスティアは無言で返すが、かえってそれがシヴァには肯定の沈黙と捉えられたようで、ベスティアに冷めた視線が向けられる。


「そうか。この程度の技で人界の王は討たれたのだな。余の血は強力だが、素となる人間が未熟であれば大した強さにはならぬといったところか」


 呆れたように呟くシヴァの言葉を聞きながらベスティアはふらふらと立ち上がる。ズキズキと腹部に痛みが走るため、上手く体に力を伝える事ができていない状態で、既にベスティアの瞳は元の空色の両目に戻ってしまっていた。


「ふむ、戦意は失っておらぬようだが、覇気が薄れておるな。これでも手は抜いたつもりなのだがな」


 そう言ったシヴァは失っていた片腕を再生させる。


「……嘘だろ」


 一瞬にしてベスティアが与えた傷が綺麗になくなった事でアヒトは頬に汗を伝わらせ息を呑む。


 ベスティアが全力で戦っても大きな傷を与えることができなかったというのに、さらに自己再生持ちなど、もはやアヒトにシヴァを倒せる未来が想像できなかった。


「では行くぞ。余の享楽に相応しい戦いを見せねば生きては帰れぬぞ」


 そう言って、魔王シヴァは愉快に口元を歪ませ、ベスティアへ向けて地を蹴った。

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