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亜人娘が得たものは  作者: 戴勝
第26章
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第2話 開戦

 背中に触れる冷たい床の感触で目を覚ました智翠はゆっくりとその体を起こした。


「……ここは」


 立ち上がり周囲を見渡すが、天井、奥行き全てがとてつもない広さの空間に少しだけ眩暈を感じたが、とりあえず出口を探して歩き出す。


 アヒトたちやサラたちが見当たらない事から己だけがここに辿り着いたのかと思考するが、すぐに改める。


 ここに来るまでの間、アヒトたちはずっと落下していたはずだ。落ちているということは最終的に辿り着く場所は同じなはず。


 智翠は一定の間隔で設置されている太い柱に手を添える。


 柱に触れても何も異常は見受けられない。だが、腰に帯刀している『幻月』が僅かに柱から魔力を吸い上げている事に気がつき、智翠はこの場所がどういった場所なのか何となく理解した。


「……先の城の中ではないようだな」


 結界か何かは不明だが、おそらくここには出口はないと見たほうが良いだろう。


 そこまで考えた時、空間の最奥からこちらへ向けて歩いて来る音と同時に手を叩く音が聴こえてきた。


 足取りと音の重さからして男。


 智翠は目の前の存在が魔王なのかと身構えたが、現れた男は智翠が一度だけ言葉を交わしたことのある見知った存在だった。


「よくぞ来てくれた。チスイ・ナミヒラ」


「……ミュートニー」


「ほぉ、覚えていてくれて嬉しいぞ。これで心置きなく殺せるというものだ」


 不敵に笑う元使役士育成学園学園長のミュートニーに智翠は左手を幻月に添えながら質問する。


「いかにして魔界に来たのだ。お前1人ではここに辿り着くことさえできまい」


「フンっ! いちいち頭に来る小娘だな。ここへ来る事など魔王様のお力があれば容易だ」


「ふーん。此度は何を企んでいるかは知らぬが、お前に勝ち目など米粒程も有らぬ。死にたくなければ即座に失せろ」


 そう智翠は言葉にしたが、対するミュートニーはケラケラと笑うだけだった。


「フフフ、前にも言ったが今回ばかりは容赦はせん」


 ミュートニーは懐から銀の箱を取り出す。


「あれは……?」


 ミュートニーが持つ銀の箱は、以前、ヤギの仮面を付けた魔族ーーカプリがミュートニーに渡していた物である。その箱の蓋を開け中の物を取り出したミュートニー。


 その手には注射器のような物が握られており、注射器の中からは異様な魔力が感じられた。


「あの魔力、どこかで……」


 智翠は自身の記憶を探って行く。これまで智翠が出会ってきた異常な魔力の持ち主はサラ、カプリ、そして魔神化したボレヒス。


 サラの魔力も十二分に異質だが、一緒にいたため類似性がないことは理解できる。


 また、カプリの魔力はその質だけで人を殺せるのではないかという程に空気を重くし、動きを鈍らせるものだった。


 残るはボレヒス。あの注射器からは魔神化したボレヒスから滲み出ていた魔力と限りなく近い。


 つまり、あの注射器内の液体を体内に取り込めば、もれなくボレヒスと同じように魔神化することに。


「ーーッ!!」


 その結論に至るや否や、智翠はミュートニーへ向けて脱兎の如く駆け出した。


 しかし、智翠が幻月を抜刀し上段から振り下ろす時には、ミュートニーはその注射器の先端を既に自身の首に刺し、液体を体内に注入してしまっていた。


 その瞬間、ミュートニーから突如爆発したように魔力の圧が広がり、ミュートニーの目前にまで迫っていた智翠は大きく吹き飛ばされてしまった。


「ちぃっ、また厄介な物を……!」


 魔力の圧で空宙に飛ばされた智翠だったが、慌てることなく冷静に、地面に対し足から着地し、その際に衝撃を軽くするため一度くるりと後転した後、回転の勢いと腕の力で立ち上がる。


「グフフ、グアッハハハハハハハハハハ!!!」


 高らかに笑うミュートニーの身体がみるみる変化して行く。全身の筋肉が盛り上がり皮膚が黒々く変色していき、身長も倍の大きさにまで伸びていく。


「見ろ! これが魔王の血を取り込んだ人間の新たな姿だ! もう何も怖くはないぞ! この世界は私が手にーー」


 興奮したように笑い叫び続けていたミュートニーが突如、目を限界まで見開き、苦しそうに胸元を押さえてもがき始めた。


「……これは」


 智翠もミュートニーの異変を感じて臨戦態勢に入る。


 全身に体毛が生え、ミュートニーの顔が犬のような形に変わり、それが左右にひとつずつ生え始める。直立する事ができないのか、四つん這いになり獣独特の脚の形へと変化する。


 確実にミュートニーの魔力量は上昇しているのだが、明らかにミュートニーの自我が感じられなかった。


 それはもはや人とは言えず、ミュートニーの姿は巨大な魔獣の姿へと変化してしまった。


「……どうやら、お前の身体は魔王の血を受け入れられなかったようだな」


「グルルル……」


「もはや言葉も通じぬか。弱馬道を急ぐとは良く言ったものだ」


「ガアアアアアアア!!」


 元ミュートニーである3つ頭の犬獣は3頭同時に空間を振動させるほどの巨大な咆哮を上げる。


「行くぞ幻月。その力、存分に発揮するが良い!!」


 そう叫んだ智翠は幻月を握る手甲に魔力を込め、全力で駆け出した。









「…………っ!!」


 サラは人の気配を感じて目を覚まし、寝転んでいたその体を勢いよく起こした。


「あら、もう起きてしまったの? もう少しあなたを調べたかったのだけど」


 しゃがみ込んでサラの顔を間近で見つめていた白衣を着た女性はそう言葉にすると、おもむろに立ち上がりサラから距離を取っていく。


「……誰ですか?」


 魔族ではない。ただの人間がなぜここにいるのかサラには理解できなかった。


 もしかするとマックスが密かに魔王討伐組に追加した新人だったりするのだろうか。


 だがそんなサラの思考を否定するように白衣の女性は口を開いた。


「私はユカリ。あなたを倒すためにここにいるわ」


「どういう事ですか? あなたは魔族じゃない。それなのに……」


「どうして魔族側につくのかが知りたい? あなただって魔族でありながら人間側にいるじゃない。私からすればあなたがそっち側にいる方が不思議ね」


「そ、それは……」


 サラは一度口を紡ぐ。


 ユカリにサラが以前までは人間だったなどと説明したところで信じてはくれないだろう。そして、ユカリが聞きたいのはそういう事ではないこともサラは理解している。ユカリは魔族側の者として生きていく選択肢があったにもかかわらず、わざわざ自身が不利となりうる人間側を選んだ理由が知りたいのだろう。


 だがそれは、今のサラにとって愚問でしかなかった。


 すぐ側で未だ眠り続けている青年の寝顔に一度視線を向けたサラは、次にユカリへと強い眼差しを向ける。


「……大切な人に、出会えたからです」


 それだけではない。好きな友人、信頼できる仲間、これだけ自分を信じてくれる人たちがいるというのに、魔族側に行く選択肢などサラは微塵も浮かばなかった。


「そう。恵まれているのね、羨ましいわ」


「あなたはどうしてですか?」


「……そんなの、単純に人間が嫌いなだけよ」


「人間が、嫌い?」


「ええ、そうよ。私は魔術士なのに攻撃系魔術に才能がなかったの。そのせいでみんなと一緒に戦えなくて周りから常に邪魔者扱いされていたわ。だから私は治癒士になった。努力して努力して、寝る間も惜しんで勉強した。おかげで魔術士最優の治癒士となったのだけれど、結局は私の扱いに昔と今で大して変わりはなかったわ。戦えないなら逃げろ? 冗談じゃないわ。何のために魔術士になったと思っているの。逃げるだけならそこいらの一般人と何も変わらないじゃない」


 ユカリが話している間、サラはユカリから視線を外すことなくゆっくりと眠っているアキヒに近づき、彼の体を揺する。


 それによりアキヒが目を覚ましたことを一瞬だけ視線を向けて確認したサラは再びユカリの前に立つ。


「……私は私を馬鹿にした人たちを許せない。誰にも負けない絶対的な力でひれ伏させ、私を馬鹿にした事を後悔させてあげるの」


 ユカリは懐から銀色の箱を取り出す。


 蓋を開け、中にある注射器を手に取り自身の首にその先端を近づける。


「な、なぁサラさん。目覚め早々、俺はなかなかにヤバいものを見ている気がするんだけど、寝ぼけてるのかな」


 眉間に皺を寄せ、真剣な眼差しでユカリを見ているアキヒ。


「大丈夫、ちゃんと起きてるよ」


 というより、アキヒがあの注射器を見て危機感を得ていることにサラは内心驚きを感じていた。


 チスイのように普段から魔に触れているような人物なら、遠距離でも注射器内にある液体が放つ異様な魔力を感じ取ることができるだろう。


 だが、アキヒに関しては、女性に強いという謎能力がある他は一般人以下の力しか持っていない。そんな人物があの注射器の異様さに気がついたという事が信じられなかった。


「あの女の人、まじ美人じゃん! てっきりまだ夢の中なのかと思っちまった。あ、それとも俺もサラさんも今あの世にいるとかそんな感じ?」


「…………」


 サラは無言でアキヒの頬を平手で殴り飛ばす。


「こんな状況でどうしてそんな言葉がでるのかな!? 良い加減にそのふざけた性格を直すべきだと思うよ!」


 仰向けで寝そべるアキヒに向けてサラが言葉にするのを聞き、アキヒは「あはは」と苦笑いを浮かべる。


「いやぁ、これが俺の生きがいだからさー」


「時と場合ってのがあるでしょ。あとそんなものを生きがいにしないでくれる?」


「無理」


「はぁ?」


 そんなやりとりが起こり、注射器を持つ手の動きを無意識に止めてしまっていたユカリが肩を揺らして笑い始めた。


「フフフ、こんな状況で楽しそうね。あなたたちも私に戦う力なんてないと思っているのね。はぁ、これで手を抜く必要がなくなった。遠慮なく殺すわ」


 そう言ってユカリは首筋に注射器を刺し、中の液体を注入した。


 次の瞬間、ユカリの身体が変貌して行く。髪は白く肌は黒く染まっていく。


「……まさか、魔族化してるの?」


「フフフ、残念。これは魔神化。人間の進化の先、この世界の頂点に君臨する新たな種族よ」


 右脚に青銅の鎧が付けられ、左脚がロバのような形状をへと変化を終えたユカリは自身の新たな力に酔いしれるように怪しく笑みを作った。


「私はペルセポネ・エンプサ。もう何もできない弱い名前は要らない。もう治癒しかできない役立たずなんて言わせない。私にも戦う力があるのだから」


 不敵に笑う彼女にサラは警戒を緩める事なく、アキヒに向けて言葉にする。


「下がってて、あれとは私が戦う」


「ダメだ。俺も戦う」


「いいからお願い! もうアキヒ君が大怪我するのは見たくないの!」


 サラは僅かに瞳を潤ませて懇願する。


 だがアキヒはサラの手を静かに握り、瞳を真っ直ぐサラへと向ける。


「俺もだよ。だから、一緒に戦おう。それに忘れたのか? 俺は女性にだけはめちゃくちゃ強いんだゼ⭐︎」


 ニッと笑みを作ったアキヒにサラは深いため息を吐いた。


 何を言っても彼は聞かない。自分の体がどれだけボロボロになろうとも止まらないだろう。それに、彼が一緒に戦おうと言ってくれて、悪い気はしなかった。


「わかったよ。じゃあちょっとだけ前に出て」


 そう言ってサラはアキヒを自身の前に立たす。


 そして、サラはアキヒの背後から胸の前に腕を回して抱きつき、首筋に歯を立て血を吸い上げる。


「……ご馳走様。これでアキヒ君も少しだけ頑丈になったんでしょ? 感謝してよね」


「おぅふ。サラさんの胸の感触が味わう事ができて光栄です」


「殴るよ」


「どうぞ。この胸元に愛の鉄槌をーー」


 サラはアキヒの顔面を無慈悲に拳で殴り飛ばした。


 だが強化された今のアキヒは殴られて飛ばされはすれども鼻血の一滴出ることはない。むしろ殴られてさらに強化されたはずだ。


「あらあら私の力に怖気付いて仲間割れ? そんなので大丈夫? 私を倒すまでここからは出られないのよ?」


「大丈夫。これは私たち琉の意識統一(サイキングアップ)だから!」


 そう言ってサラは背中の羽根を拳の形へと変化させ、ペルセポネへ向けて駆け出した。


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