第1話 罠
魔王城
アヒトとベスティアは現在魔王がいるであろう城門の前までやって来ていた。来た時には既にサラとアキヒがそこにおり、アヒトは手を挙げて軽く挨拶する。
それを見てアキヒが満面の笑みを作り、頭の上で大きく腕を振って応える。
サラはアヒトに対してはぎこちない笑み向け、ベスティアへと視線を向ける。
「あの……ベスティアちゃん。改めてなんだけど、あの時はごめんね」
「もういい。何度も謝られるとその無駄に大きい胸を引きちぎりたくなる」
「わ、私も好きでこんな大きさになったわけじゃ……」
「なぬ!? アヒトの嫁が触ると言うのなら俺も混ざるしかないじゃん!」
「どうしてそうなるかな!」
サラはアキヒの腹部に肘鉄を喰らわせる。
アキヒは「ぐへぇ」とカエルが鳴いたような呻き声を小さく出しながらサラの背後に後退していった。
そんなやりとりにアヒトは苦笑し、あと1人、ここにいなければならない少女を探すべく周囲に視線を巡らせる。
「チスイは見てないのか?」
その質問にサラがアヒトの背後を指差す。
「300メートルくらい先にいるね。こっちに向かって来てるよ。怪我はないみたいだから安心して」
「よくそんな距離見えるな。それも魔族になった影響なのか?」
「うん、まぁそうかな。不完全な魔族化ではあるんだけどね」
サラが表情を変える事なく静かにそう言葉にしたのを見て、アヒトはサラの変化を改めて実感した。
今のアヒトに対するサラは、アヒトという存在に関心がないのか、まるで他人と会話するかのような冷めた雰囲気が漂っていた。
そのため、アヒトもサラには少しだけ接しづらさを感じてしまい、それ以上踏み込んだ会話をする事ができず、チスイがやって来るまで静寂な時間が過ぎていった。
「……すまぬ。待たせてしまったようだな」
「いや、大丈夫さ。それよりチスイ、目が赤いけど大丈夫か?」
アヒトの指摘にチスイはビクッと肩を僅かに跳ねさせ、目を擦るような仕草をする。
「あ、あぁこれか。なに大した事ではない。目に砂粒が入っただけだ」
「それなら良いが、ちゃんと水で洗った方がいいんじゃないか? サラに手伝ってもらうか?」
「構わぬ。既に洗浄済みだ。してアヒト、魔王城とやらは真にここで相違ないか?」
チスイはそびえ立つ城を仰ぎ見る。
年季の入った石造りの壁、チスイたちの正面には格子状の門があるが、なぜか開けられている状態だった。まるで魔王に歓迎されているようで思わずチスイは眉を顰める。
内部には中央部である四角い建物に、壁から円形型の小さな塔が上へ向けて伸びている。また、城壁の上や中央部の屋根上、塔の頂上には三角屋根の櫓があり、昔はそこから攻め入って来る敵へ攻撃していたことが誰が見ても理解できる造りとなっていた。
ふと視線を感じたチスイはそちらへと顔を向けると、アヒトが口を半開きにして何かに驚いたような不思議な顔をしてこちらを見ていた。
「む? どうした。何故私をそんな顔で見るのだ。目が赤い理由は先に申した通りだぞ」
「あ、いや、なんて言うか、チスイが初めておれを名前で呼んだからつい」
「……フン、お前もここまで共に戦って来た仲間であるからな。生物にとって名はかけがえのないものだ。それを邪険に扱う事などできはせぬ」
チスイは照れたようにアヒトから顔を背けながら言葉にした。
それにアヒトは何とも言えないむず痒い感覚に頬を掻きながら苦笑する。
「ありがとう。呼んでくれて嬉しいよ」
「っ! 礼など不要だ戯け」
チスイは逃げるようにして1人で門を潜っていく。
それを追ってサラとアキヒが門を潜り、サラがチスイに抱きついて行く。
そこには人間だった頃のサラと何も変わらない、明るいサラがアヒトの瞳に映っており、やはりあの素っ気ない態度はアヒトにだけ向けられていたのだと感じた。原因は上手く推測できないが、今のサラとも少しずつ関わりを強めていけば良いのではないかとアヒトは思考した。
「……チスイ少し変わった?」
チスイの言動を見ていたベスティアがアヒトに小声で聞いて来る。
「そうだな。人は何かしらの強い影響を受けて変わるものってことなんだろうな」
「ふーん」
「ティアもだいぶ変わったぞ」
「? そんなはずない。私は初めからあひとを守るように行動して来た」
「その割には結構ティアに殺されかけてるけどな」
「あ、あれらは……あひとが悪い、それだけ」
アヒトは「おれだけかよ」と返しながら小さく笑い、チスイたちを追って門を潜る。
すると、格子が独りでに降下し、門が閉ざされる。
「どうやら城内には我らを盗み見ている不届き者がいるようだな」
アヒトとベスティアが合流するのを確認したチスイはそっと城の大扉を開けた。
中へ入ると魔王の幹部が勢揃いして待ち構えている、という事もなく、ただただ静寂が広がっていた。
正面には2階へと続く階段があり、左右には各部屋へと繋がる通路が造られていた。
「なぁアヒト、こっからどーするよ。手分けして魔王でも探すか?」
アキヒがそう提案してくるが、アヒトはすぐに首を左右に振った。
「いやだめだ。魔王はおれたちより遥かに強大な力を持っているはずだ。まとまって慎重に行動しよう」
アヒトは先陣切って1階の右側通路へと向かって行くが、それよりも早くベスティアはアヒトを護るように前に出て、頭の上にある三角の耳をピクピクと小刻みに動かしながら周囲の警戒を行い始めた。
「ありがとうティア。頼りにしてるぞ」
アヒトの言葉にベスティアは「任せろ」とでも言うかのように小さく微笑む。
だがそれでもアキヒの言うとおり、魔王を見つけるのが困難な状態であることには変わらない。以前、ベスティアをボレヒスから救出する際はテトがベスティアの匂いを追って探したが、今回ばかりはそれも難しく、最も、命がいくつあっても足りないような危険な場所にテトを連れて来るという選択肢は初めからなかった。
そのため、手当たり次第部屋を覗いていくぐらいしか良い方法がないのだが、ふとベスティアが歩く足を止めたことでアヒトは小さな亜人の少女の背中に軽くぶつかってしまった。
「んお!? どうした急に止まって……何か見つけたのか?」
「…………魔力の流れを感じる」
ベスティアはより意識を空間に集中させるために目を細める。
「言われてみれば、なんかこの廊下の先から魔力が糸のように流れて来てるね」
「なんと、これはめっけ物だな。それを追えば魔王とやらに辿り着くのではないか?」
チスイはそう言葉にしたが、サラはあごに人差し指を添えてどこか腑に落ちないといった表情をする。
「む? どうしたサラ。胡乱な事があるなら申してみろ」
「それがねチスイちゃん。魔力ってこんな風に勝手に流れて来ることなんてないんだよね。何か能力を使った時ぐらいじゃないと……」
そこまで言葉にした時、サラは一つの解に辿り着いた。
魔力の痕跡が現れるのは魔法や魔術といった能力を使用した時が主となる。ではなぜサラたち以外に敵対する存在がいないこの魔王城において、何かしらの能力が発動しているのか。
答えは単純。
「……私たちを誘い込む罠!」
この城の門を動かすのに魔力を使ったのかもしれないが、それならばもっと早くに魔力の流れを探知していてもおかしくはないはずだ。それが今になって感じられるという事は、もう間違い無いだろう。
「さ、サラさん! 罠ならアヒトとその嫁さん止めなくて良いのか!?」
「え!?」
アキヒの言葉で視線を前方へと向けたサラは、先行していた少年と亜人の少女がかなり遠くへいる事に今初めて気がついた。
「もう! なんで勝手に言っちゃうかな!?」
サラは急いでアヒトたちを追って走り出す。
そのすぐ横をチスイが並走する。
「私がサラに問うた時には既に駆け出していたぞ」
「気づいてたんなら止めて欲しいかなぁ」
「む、すまぬ。友の誼みを優先してしまった。許せアヒト、これは詮方無い事なのだ」
「勝手に仲間を切り捨てないでよぉ」
サラは嘆き叫びながらも、後方にいるアキヒと隣のチスイの腕を掴んで一気に加速した。
「ちょ!?」
「ん!?」
視界に映る景色が一瞬にして流れていき、遠くにいたアヒトとベスティアの姿が見えて来る。
2人はとある扉を開けるところで、魔力はその部屋の中から流れ出ていた。
「待って2人とも! 罠かもしれないから開けないで!!」
サラの叫びは僅かに遅く、ベスティアはガチャリと扉を開けた。
その瞬間、強烈な吸引力がベスティアとアヒトを室内へと強制的に連れて行く。
「にゃ!?」
「うおああああ!?」
地に足を着けていることすらままならず、いとも容易く吸い込まれて行く2人を見て、サラは走る足に急ブレーキをかけた。
「おおいサラ! 急に止まると……!!」
だがサラに引っ張られていたチスイとアキヒは止まることができず、そのまま先程までアヒトたちがいた場所に滑るように倒れ込んだ。
そして当然、チスイとアキヒは室内へと容赦なく吸い込まれて行く。
「おああああ!?」
「さ、サラああああ!?」
「アキヒくん! サラちゃん!!」
チスイとアキヒは暗い室内の中心まで引き寄せられると、結界のような謎の透明な壁に一度ぶつかり、そのまま落下していく。
下には本来あるはずの床はなく、暗闇のどん底へと真っ逆さまに落ちて行った。
それを夜目で確認したサラは自ら室内へと飛び込んで行く。風を上手く利用して軌道を変え、壁にぶつかる前に床へと急速降下して行く。
羽根を広げて飛行したサラの視界が最初に捉えたのは頭から落ちるアキヒの姿だった。
「アキヒ君!」
加速してアキヒの体へと抱きついたサラは空中でブレーキをかけるが、突如横から現れた謎の空間によって再び強制的に体を引っ張られてしまった。
「ふぇ!? ひゃああああ!!?」
アキヒを抱えたままサラは穴の中へと取り込まれて行き、そして2人を呑み込んだ穴は満足したようにその口を閉じて行った。




