第8話 最強の剣士 その2
「あたしの名はシェディム。この世界で唯一の魔族と人間の混血種よ」
シェディムはくるりと回転し、腰を曲げて上目遣いでロマンに向けて「すごいでしょ」と言葉にした。
「そうねぇ。正直驚いてるわぁ。人間の血が混ざっていながら、人間を殺す事に躊躇いがないのね」
「んー? あー、あんたたち人間にはそう見えてるんだ♡」
小さく呟いたシェディムは魅了された1人の男騎士にちょいちょいと近づいて行く。
「あたしは別に殺してなんかいないよ。この世界のオスはみんなあたしの子供だもん、殺すわけないじゃない♡」
シェディムが男騎士を優しく抱擁した瞬間、シェディムの下腹部が開き、中から細い管のようなものが飛び出し、男騎士の腹部に接着する。
そして、シェディムが男の頬に軽くキスをすると、瞬く間に開かれた下腹部の中に男騎士が吸収されていく。
ロマンは今の一連の流れを瞼を閉じてやり過ごす。瞼を閉じなければ再びシェディムの魅了にかかる恐れがあったからだ。
「むしろ、殺してるのはあんたの方よ。あたしの大事な子供たちを殺すとかほんと許せない!」
「……そぉ、理解したわよん。つまりさっきあなたの影から生まれた黒い人たちは吸収したアタシたちの騎士って事ね」
それを知らずにロマンは先程生まれたばかりの黒い人たちを殺してしまっていたという事だ。
「正解正解大正解! 理解したのなら死んでね!」
再び屈んだシェディムは地面から様々な生物の霊を呼び出し、ロマンへと攻撃させる。だが背後に侍らせている元人間の黒い影は動く気配はなかった。あくまで動くのは既に死んだ生物だけ。
ロマンは自身の武器を操り、確実に死霊を対処して行く。
何体か消滅させたところで、ロマンは動きながらシェディムに向けて問いかける。
「人情もあり、死霊だけを操り生み出した影を操る事もしない、ならどうしてそんな無意味な事をするのかしらん? あなたが何もしなければアタシたちはこうして戦うこともなかったのよん?」
その質問を終えると同時に、ロマンはシェディムが出した死霊の全てを消滅し終える。
「無意味? そうかもしれないね。けどね、あたしは知っちゃったの。子供を産むということの幸せを!」
シェディムは頬を染め、妖艶な笑みを浮かべる。
「あんな気持ちのいい事、やらない方がおかしいわぁ♡ 体の中に居るものが産まれる瞬間にやってくるあの痛み、あの苦しさ、それを乗り越えた後の気持ちいい感覚。快楽の余韻が全身をくすぐっていくの。あんな感覚一度でも味わったら辞められるわけないじゃない♡ もっともっと産みたい。産んで産んであたしは愛を得るの。安心して、子供たちはあたしが責任を持って育てるから。これまでもそうして来てるし、今更あんたにつべこべ言われる筋合いはないよ」
「…………そう。手の施しようがない程狂ってしまっているようね。混血種と言えど所詮は魔族に育てられた存在。化け物でしかないようねぇ」
そう言い終えたロマンは両手を前に出して構える。
それだけで宙に浮いていた武器の全ての切先がシェディムに向けられる。
「あら、まだやるつもり? 言っておくけど、あたしはまだ本気じゃないよ。子供たちは戦わせないけど、死んだ人間なら別にどうでもいいし、あたしはその霊が生前得意としていた能力を引き出させることもできるの」
シェディムは三度地面に手を触れる。
そこから現れたのはロマンの見知った男だった。
「……グラット。まさかこんな形で戦うことになるなんて」
それは使役士育成学園でアヒトたちの担当教諭をしていた、最強の魔術士ーーグラット・ストレングスだった。
グラットが死亡したという情報は既に手に入れていた。そのため、もう二度と会うことはないと思っていたのだが、まさかこんなところで再会するとは流石のロマンも予想がつかなかった。
『…………』
グラットの口から発する音は何もなく、ただ静かにそこにいた。やはりシェディムに呼び出された以上、彼女に従うだけの存在でしかないようだった。
「へぇ、この人グラットって言うんだ。なかなかイケメンじゃん。生きてたら真っ先に狙ってたかもぉ♡ ま、もう死んでるからどうでも良いけど、やっちゃえグラットくーん」
ビシッとロマンに指差したシェディムの言動に合わせてグラットが動き出す。
それを確認したロマンは指先を動かして、宙に浮いていた斧と槍を操作し、左右から攻撃を仕掛ける。
だがその両方の武器がグラットに当たる直前に謎の空間に吸い込まれた。
「……っ!?」
直感的に危機感を覚えたロマンは後方に大きく跳んで距離を取った。すると、先程までロマンがいた場所に空間の穴が生まれ、中からロマンが操作していた斧と槍が同時に飛び出し、武器同士がぶつかり激しく火花を散らして落下する。
「……これだから空間系魔術士は嫌いなのよねぇ!!」
ロマンは再び宙に浮いている別の武器三種を左右、そして正面から攻撃させる。
もちろん、グラットは先程同様に自身の周囲に穴を生み出す。
それを確認したロマンは一気に地を蹴り前進する。
ロマンの武器が入り口となる穴の中へ入ってから次の出口となる穴が出現するまで僅かな時間がある。その間にロマンはグラットへ接近し、拳を真っ直ぐ突き出した。
それをグラットは自身の前方に物理障壁を展開し、グラットの拳をギリギリのところで防いで見せる。
だがロマンの動きはそれで終わりではない。拳が防がれたタイミングでロマンの背後の空間に穴が出現したのを確認すると、地を蹴り後方へ跳び退く。
同時に、穴から先程入り口となる穴へ消えていった3種の武器が飛び出し、グラットの障壁へと突き刺さった。
甲高い音を響かせるとともに、パキッと障壁が小さなヒビを入れ始める。
そして、ロマンは腰のポーチから小さな立方体を取り出し、それをある物へと変形させる。
L字型の筒状の物体で、短筒側はロマンの手にすっぽりと収まり、長筒側の先端には丸い空洞が空けられており、そしてL字の中央下端、ロマンが人差し指を伸ばす先には小型のレバースイッチのようなものが下向きに取り付けられていた。
「……受け取りなさい!」
そう言葉にした後、ロマンは人差し指にかけられていたスイッチを手前に引いた。刹那、長筒の穴から乾いた破裂音が煙を上げながら鉛玉が発射される。
空気を割きながら音速で迫った鉛玉はグラットが展開していた障壁を最も容易く突き破り、グラットの右脇腹を抉り飛ばした。
「ひゃあっ!? な、何!? 何なの!?」
グラットを貫通した鉛玉はそのまま背後にいたシェディムの横を掠め抜けていく。
腹を貫通したグラットだが、影で作られた体であったことから流血はなく、ただただ悲痛にポッカリと空洞ができあがっており、鉛玉を受けたグラットはその威力にふらつき、片膝を突いてしまった。
「……仕留め損なったわね。アタシも腕が落ちたわぁ」
それを見たロマンは長筒の口から新しい鉛玉と火薬を入れ、再びグラットへ向けて構える。
だがその僅かな時間が隙となった。
「……っ! これは!?」
ロマンの周囲を囲むようにいつの間にか半透明な立方体の結界が作られていた。
「檻!? アタシとした事が……!」
グラットが膝をついた状態のまま片手を顔の前まで挙げると、親指と中指を揃え、パチンと音を鳴らした。
瞬間、ロマンがいる結界内が爆発した。それは一度では終わらず、2発3発と何度も激しく爆発した。
「…………ロマン、さん」
シェディムから目が離せずにいるアンは今の光景を視界の端に収めながら心配そうに眉を寄せる。
早く魅了を解き、ロマンの援護に行きたいのだが、未だに自身の体は動かせず、鼓動は早く熱を帯びている状態が続いており、この悶々とした気持ちをどうしたら良いのかアンには全くわからなかった。
だが、隣に座り崩れていたリオナは小さな呻きを上げ、プルプルと肩を震わせた後、子鹿のような震えた脚で立ち上がった。
「え!? りっちゃん? もしかしてあいつの能力が解けたの!?」
アンはシェディムから目が離せないため、リオナを確認する事ができない。ただ、リオナが立ち上がる音だけは聞こえていた。
「あ、アン。何も……聞いて、ないよね?」
「え? 何を? 何の話?」
「うんん、いいの別に」
そう言葉にしたリオナはアンの両脇に腕を通し、後ろへ引っ張っていく。
「え、ちょ、りっちゃん!! ロマンさんを助けなきゃ!」
「だめ、私たちでは歯が立たないよ。ここはロマンさんの言うように逃げた方がいいんだよ。それにアンはまだ魅了を解除できてないでしょ?」
「だったら解き方を教えてよ!」
「それは…………むり」
「んな!?」
それはリオナも解き方が分からず、いつの間にか解けていたからという理由だからだろうか。それともアンには教えられない理由があるからなのだろうか。
如何せん、リオナの表情を見る事ができないアンでは判断がつかなかった。
その時、結界に閉じ込められ、爆発をもろに受けたと思われるロマンがグラットの結界を破り、転がり出てくる。
身体からは黒い煙を立ち上らせ、上半身の服は全て散りとなり、皮膚は多くの火傷と裂傷で覆われていた。
アンとリオナはロマンの無事を確認して同時に安堵する。
だがそこで、後方に引いた事で視界が広がり、デキルがアンの視界の端に映った事で彼の状態に違和感を覚えた。
デキルはゆらゆらと体を揺らしており、何やらぶつぶつと小さく言葉を呟いている。
「……デキル? 大丈夫? ねぇ、ちょっと聞こえてる?」
アンの呼びかけにデキルは反応しない。何を呟いているのか、デキルの方向へと意識を集中させる。
「……だ。かわ、すぎる……綺麗だ、かわいい、可愛い……好きだ。すき、スキ、カワイイ、アイ、してル……」
「!! りっちゃん!」
「……っ!」
デキルは完全にシェディムの魅了に取り込まれていた。
口から唾液を垂らし、それまで動かなかった足がゆっくりとシェディムに向けて歩き出す。
そのままデキルは肩で息をするロマンの横をするりと通り過ぎていく。
「っ! だめよ!」
ロマンの目が大きく開かれ、咄嗟にそう叫んだがデキルの正気は戻らず、シェディムへ向けて歩く足を止めない。
「あれ? あれあれ? どうしたのー? もしかしてあたしと子作りしたくなっちゃった?」
「…………」
「しょうがないなぁ♡ おいで」
シェディムが両手を広げ、デキルを胸の中へと誘う。
そして、シェディムの下腹部が粘着質な音を立ててくぱっと開き、中から細い管状のものが飛び出し……
「っ! おっと……?」
突如シェディムの視界にロマンが割り込んできた。




