第2話 少年が助けた女性は
「ごめんなさい。助かりました」
近くのベンチに座るなり彼女はお礼を言った。
「……いえいえこちらこそすみませんでした。騒いじゃって」
アヒトはフードの中から覗かせるアザレア色の髪に一瞬目を見開いたがすぐに謝罪の言葉を言った。
アヒトたちの住む帝国の街では、多くの人が茶髪や金髪といった人が多い。髪を染めている人もいるが、彼女の髪のような色はおそらく現代では作ることはできないだろう。たとえ作れたとしてもこれほどまでに綺麗な髪色になる事はないはずだ。
彼女はいったい何者なのだろうか。それに、ベスティアを見たときに言った言葉も気になる。
「違うんです!仲がいいことは素晴らしいことですよ。ただ……」
そう言って彼女は隣で鶏肉を串で刺して焼いたものを口にソースをつけながら必死に食べているベスティアへ顔を向けた。
水をもらったお礼に屋台の料理を買ったものだ。
結局ベスティアは食べたかったものが手に入った事になる。
鶏肉を次々に口の中へ入れて美味しそうな顔をするベスティアにアザレア色の髪の女性は柔らかく微笑んだ。
「少し彼女が私の知っている方に似ていたものですから」
彼女が知るベスティアと似た人物。これがおそらくベスティアのフードがめくれた時に彼女が言った言葉の意味だろうとアヒトは理解した。
「……えっと……彼女のことは誰にも言わないでもらえると助かるのですが」
「それなら安心してください」
「え?それってどういうーー」
「いっけない!姐さんとお昼を食べる約束してたんだった。まだ準備すらしてないよ」
彼女はアヒトの言葉を途中で遮ると大きな紙袋を胸に抱えて立ち上がり、おどおどと慌てだした。
「ごめんなさい。私もう行きますね!ありがとうございました!」
「え、ちょ……」
彼女は小走りですぐ近くの路地を曲がっていった。
「待って!」
アヒトは彼女の後を追って路地を曲がったがそこにはすでに誰もいなかった。
「……消えた?」
アヒトはアザレアの髪の女性が走り去っていった道を眺めていると光るものが目に入った。
「……なんだ?」
落ちているものに近づき、拾い上げる。
「指輪?」
しかし、ただの指輪ではないようだった。
はめ込まれた石がアヒトの魔力を微力ながら吸い取っていることを感じた。
試しにアヒトはその指輪を自分の指にはめて指輪に魔力が行くように流してみる。
「うお⁉︎なんだこれ」
目の前の空間が少しズレた。
アヒトはその空間に手を入れてみる。
何も感じなかった。
「……アーティファクトみたいなやつか?何でこんなものが……」
アザレアの髪の女性が落としていったのかもしれないため売るにも売れない。
とりあえず、これがどういったものなのかがわからないため寮に帰ってから調べることにする。
アヒトはベスティアのもとへ戻り、ベンチで未だに食事をしているベスティアに視線を向けて頭を掻いた。
「ティア、それ食べ終わったら服屋へ行くからな」
「……ん」
ベスティアはパーカーの中で左右に尻尾を振っているのが外から見てもわかるほどに喜んでいる。かなり美味しかったようだ。
「それ、一口くれないか?」
アヒトの頼みにベスティアは一度視線を向けるがすぐにそっぽを向いた。
「やだ。貴様は私をいじめた」
「あれは君の拳を受けることでチャラになったんじゃないのか⁉︎」
「あれはあの時貴様がとぼけたのが悪い」
アヒトはため息を吐いて、また機会があったら食べてみようと思うのだった。
珍しくベスティアが料理をゆっくり食べていたため、アヒトはベンチでのんびり休みつつベスティアの食事を終えるのを待った。
数十分経ち、ようやくベスティアが料理を食べ終えたのでアヒトは服屋へ向かおうと立ち上がった。
「……そこにいるのはもしかしてアヒトさん?」
ふと誰かに声をかけられたアヒトは声のした方へ視線を向けた。
「……あ……」
そこには癖のない栗色の髪を肩甲骨あたりまで伸ばした少女がいた。
少しアザレア色の髪の女性について紹介しておきますね。おそらくもう出て来る事はないです。
リン・サバティア
ベスティアの世界からやって来た魔族の一人。コートの下は軍服のような格好をしている。魔法研究で異世界へ渡るゲートを作りあげてからは研究材料を手に入れるためにいろんな世界を渡り歩いている。話に出て来た「姐さん」と「狼亜」という人物がこれからの話に出るかは今のところ不明。




