第5話 連携
アヒトとベスティアはアリアが統率する騎士とマックスが統率する騎士の一部隊とともに攻めいる魔族たちに迎え撃っていた。
この場にいる魔族のほとんどが低級魔族であることから、1体を倒す事はさほど苦労はかからない。むしろ様々な武具を用いている人間側が圧倒的に有利であった。
ベスティアはオーガが振り下ろす斧を横にステップする事で避け、オーガがそれを追うように横に振るった斧に対し、素早く距離を詰めたベスティアは軽く跳躍し、振るわれた斧の腹を踏み台にして跳躍速度を加速させると、オーガの下顎に向けて拳を凄烈に直撃させた。
衝撃波を伴い、上空へ向けて空気の波が走り抜け、同時にオーガの口から大量の血飛沫が噴水の如く噴き上げられた。
一瞬にして頚椎と脳機能を破壊されたオーガは力無く地面に背中から倒れ伏す。
「ティア! 後ろだ!」
地面に着地したベスティアはアヒトの呼びかけに応じて空間を裂き、そこから『無限投剣』を振り向きざまに素早く投擲する。
投げたナイフの先には2体のオーガがおり、1体はアヒトの魔術により体に炎が着弾していて既にかなりのダメージを受けていると見えた。
「あひと、足場!」
「了解!」
ベスティアの投げたナイフが1体のオーガの肩に刺さり、僅かに移動速度が低下したところでベスティアは地を蹴り、地面と身体を平行にさせる。それと同時にアヒトの支援によりベスティアの足先の空間に見えない足場が生まれ、それを蹴ることによりベスティアはオーガたちに光速で肉薄した。
その場に残像を残し一瞬にして距離を詰めたベスティアは、空中で身体を捻り、オーガの頭部へ向けて両脚を横へ開くように振り抜いた。
重い衝撃を受けたオーガたちはその巨体の天地を逆転させ、くるりと一回転した後に頭から地に落ちて息絶えた。
「休憩しなくて大丈夫か?」
「ん、平気」
アヒトたちは魔王を倒す事が最重要任務であるため、ここでベスティアの体力を消耗させすぎるのは良くないとアヒトは考えているのだが、目の前の敵を倒さなくては魔王のとこへは辿り着くことができない。
そしてアヒトの考えはベスティアも理解しており、同様の考えを巡らせていた。
オレ様が蹴散らすぞ
ベスティアの脳内にディアの声が響き渡る。
「ダメ。ディアの技は他の人たちを巻き込んじゃう」
その言葉を聞いていたアヒトも同意見だと頷いて見せる。
以前見せたディアの技ーー『浅爆』ーーはこの場において最も有力であり強力な技なのだが、あれは味方をも殺しかねない非常に危険な技である。前回はアヒトの機転によりあの場にいた魔術士による障壁魔術の一斉展開が間に合った事でなんとかなったが、今回ばかりはそうもいかない。
ベスティアだけならば全力ダッシュで抜けられるが、そうなるとアヒトに危険が及びかねない。アヒトの身の安全を誓ったベスティアからすればそれだけは許せなかった。
そう思考する間にも複数体の魔族がベスティアを標的に攻撃を仕掛けて来る。
「……くっ」
すぐさま拳を前に構えたベスティアだったが、その前方を割って入る者たちがいた。
「君たちは!?」
アヒトが驚愕して動きを止めている間に敵魔族であるオークが顔サイズの火炎魔法を放ってきたが、それをアヒトたちの前に立った者たちが大楯を構えて防ぎ切る。
彼らは全身を赤の鎧に身を包み、腰に両刃剣、両手には大楯を携えたアリアの騎士だった。
「アヒト殿! ここは我々にお任せください!」
「道は作ります!」
「魔王のために体力の温存を!」
鎧が擦れる音を響かせながら、一歩一歩前に進んでいく。
さらに、アヒトたちの左右では、クマタカに似た魔物とウサギに似た魔物がそれぞれの魔法を放ちながら魔族を蹴散らして行く。この魔物たちはリリィとルルゥの使い魔であり、それらもアヒトとベスティアを護るようにして陣形を作っていた。
すると、風に乗せながらどこからともなくアヒトの知る声が響き渡って来る。
『行きなさい。私たちの未来をあなたに託すわ』
「……アリア?」
おそらく拡声魔術若しくはそれを応用した何かなのだろう。この声に対してアヒトが何か言葉を残したところで本人からの返答が来る事はないとアヒトは感覚的に思った。
ベスティアもアヒトの手を握り、先へ行く事を視線で促して来る。
「……分かった。行こうティア」
「ん。あひとは私が守るから安心して」
そう言ったベスティアは絶対に離さないという意思を込めてアヒトの手を強く握った。
そして、大楯持ちの騎士たちが動き始めた。前方にいる魔族たちへ向けて走り出し、動きを抑えにかかる。
その隙間をアヒトとベスティアはすり抜けてその先を行く。抑え込んだ魔族たちはリリィの使い魔であるCBとルルゥの使い魔であるエナによって次々と倒されていき、すぐさまアヒトたちを追いかけて次の魔族を仕留めて行く。
「なんて連携の速さなんだ……」
アヒトは走る足を止める事なく、アリアの騎士たちに感心の言葉を漏らす。
ただ連携が速いだけでなく、騎士たち自体の行動速度が底上げされていることが窺えた。アヒトとベスティアもそれなりの速さで走っている筈なのだが、彼らは魔族の群を相手取りながらアヒトたちにすぐに追いついて来る。
「シナツの魔力を感じる」
ベスティアの言葉にアヒトは視線だけを巡らせる。よく見ると、騎士たちの身体には風のようなものがまとわりついており、彼らが移動するたびにまとわりついている風が回転し、騎士たちを加速させているようだった。
「まったく、優秀過ぎだな」
「む、今のは聞き捨てならない。私は優秀じゃないってこと?」
ベスティアの瞳がギロリとアヒトを睨みつける。
「え、いや、ティアはティアで優秀だぞ! シナツの場合、あんなに小さな体なのにたくさんの人を支援して、尚且つ戦闘までこなすんだからすごいと思ったんだ」
「…………私だって、それくらいできる」
突如ベスティアが軌道を変えて加速した。
「ティア!?」
攻めて来るリザードマンの槍を素早く躱し、その懐に潜り込んだベスティアは最速の拳を叩き込む。リザードマンが血反吐を撒き散らすのと同時に衝撃波で周囲にいた他の魔族たちも一斉に吹き飛び又は粉砕していく。そして直ぐに方向転換して地を蹴り、アヒトを背後から襲って来るオークに向けて強烈なドロップキックを頭部に直撃させた。同時に腰を捻る事で威力を増大させると、オークの首が安易と捻れ飛んでいく。
「ティア、一体何を」
「私もシナツと同じくらいすごいって事をアヒトに教えてあげる」
もう二度と他の女の使い魔に目移りなどさせない。
ベスティアは両手を広げ空間を裂き、中から大量の『無限投剣』を射出させる。
一寸の隙間なく連続発射していく左右のナイフは少し離れた魔族に突き刺さったところでベスティアが徐々に腕を前に移動させる。
「これは……」
アヒトはこの技に見覚えがあった。
それはつい最近、ゴブリンを相手にディアが使った技である。だがベスティアにはディアが持つ「爆発」能力が使えない。
「いつまでも、何もできない自分ではいたくないから……」
ベスティアが両手を前に移動させるのに合わせて直線上に放たれていたナイフの束がベスティアの正面へと移動し、その際、左右のナイフの内側にいた魔族たちが次々と切り刻まれ、突き刺され、無惨にも肉の細切れになって行く。
爆発能力など必要ない。ナイフそのものの威力があればそれで良い。
数分もしないうちにアヒトたちが立つ前方に敵対する魔族は一瞬にしていなくなってしまった。
「力は温存しとけって言ったよな? これじゃあアリアたちの助けが無駄じゃないか」
「これくらい大した事ない。それに……」
「それに?」
ベスティアが顔を上げてアヒトの瞳を見つめる。
「……どうだった?」
「どうって?」
「私の戦闘」
「そりゃ凄かったさ」
「どれくらい?」
ベスティアの顔がアヒトに近づいていく。
青い瞳がキラキラと何かを期待するように輝かしく揺らめいている。
「……ティアがまさかディアのような戦いをするとは思わなかったよ」
「ん! 私も戦いながら他の人を支援できるって分かった?」
「そう、だな……支援? かどうかは分からないけど、多くの人は救えるな」
アヒトの言葉にベスティアは嬉しそうに頬を緩め、近づけていた顔を遠ざける。
ベスティアはシナツとの戦いで苦戦を強いられており、つい最近もシナツの魔法にまんまと絡められ、抜け出すことすらできなかった事をアヒトは思い出し、少しでも上回れたことがベスティアにとって喜ばしいことなのだろう。
そんな事を考えているとアリアの騎士たちが駆けつけて来るのを確認したため、アヒトは彼らに向き直り軽く手を挙げる。
「ありがとう、助かったよ」
「いえいえ、あまりお力になれなかったですが」
「ここからは我々は付き添いできません。他の方々の援護に向かいます故」
彼らの言葉にアヒトは深く頷き、了解の意を示す。
せっかくベスティアが開いてくれた道だ。いつ他の魔族で埋められるか分からないため、早く移動する事が得策だとアヒトは考える。
「行こうティア。この調子で魔王をぶっ飛ばすぞ!」
「ん! 任せて」
そうして再びアヒトとベスティアは駆け出した。
ベスティアのおかげで阻む敵は今はいない。ほとんどの魔族が人界に攻め入っているため、魔界へ踏み込めば魔王城まで一気に距離を詰められる。
結界壁は崩れ去り、既に境界の判断がつかなくなってしまっているのだが、ある一定のところまで来ると、左右の見通しが一気に広がった。
周囲にいた魔族もほぼいない。通常なら後衛にいくらか残しておいても不思議ではないのだが、これも全て魔王の遊楽の内なのだろうか。
ふと上空を見上げると、サラがアキヒを連れて飛行しているのが確認できた。
「ティア。ひとまずサラたちに追いつこう」
アヒトとベスティアは度々襲って来るはぐれ魔族を倒しながら、魔王城へと向かうのだった。




