第3話 懐かしいメンツ
暗く淀んだ空の中をまるで景色に溶け込むかのように巨大な魔物が飛翔する。
魔物の中でも最強と言われている生物。
それが大空を縦横無尽に羽ばたき、侵攻してくる魔族の群れに向けてその猛々しい顎が開口する。中心に膨大な熱量が収束し、一つの灼熱の塊が完成する。
「やれぇ! 俺の相棒!!」
その言葉の直後、それは収束していた灼熱の塊を一気に解き放った。
まるで隕石の如く地面に向けて加速して行く塊は、着弾と同時に周囲半径500メートル内にいた全ての魔族を一瞬にして消し炭にした。
「っしゃああ!」
魔物の背中に乗っていたバカムは全力でガッツポーズを決める。
「やっぱりすごいね黒竜は。頑張って探した甲斐があったよ」
バカムの隣に立って先の惨状を眺めていたマックスは感心しきったように苦笑する。
「おう! さんきゅーなマヌケント。おめぇには感謝しきれねぇよ」
マックスが王になる前に名乗っていた名前でバカムは呼ぶ。
名前が変わったとて、親友である事は変わらない。ここで隣に立つ青年を敬うような仕草や言葉遣いをすれば、それまでの関係に傷がつくと無意識にバカムは感じていたのだ。
一度失った相棒である黒竜だったが、こうして再び出会う事ができた。人間と同じで体格、性格等は違えどもバカムにとっては黒竜という種族が自身の相棒なのだ。
「僕の方こそ、君には感謝しかない。学園で楽しくやって来られたのは君がいたからだ。改めて感謝するよ」
「お、おいやめろよ照れるだろ」
バカムが照れ隠しするように後頭部を掻く。
「ていうかよ〜。兄貴はマヌケントがすげぇ奴って知ってたんすか?? 何でオレには教えてくれなかったんすかズルっすよ」
背後であぐらを組んでいたアホマルは拗ねたように口を尖らせてそう言葉にした。
「あ? あぁそういや言ってなかったわ! わりわり」
「軽いっすよ! もっとこう真剣な感じでよろっす」
「は? んじゃあおまえが手本見せてみろよ」
「了解っす! …………俺の超絶信頼できる心の友よ。許してくれ。お詫びに俺を弟子にしてくれ」
アホマルがバカムの声を真似て言葉にする。すぐ隣でマックスは聞いていたが、全く似てはいなかった。
「おういいぞ。これからも俺について来いなアホマル」
「え!? 何でそうなるっすか!」
「だっておまえ今自分で言ったじゃんか」
「は、はめられたぁ!? 兄貴にオレの事を『兄貴』と呼ばせる作戦が……とほほ」
アホマルが大袈裟に肩を落として落ち込む。
そこにマックスが2回手を叩いて場を仕切る。
「はいはい、ここは戦場だよ。集中集中」
その言葉を聞いてバカムとアホマルが同時にマックスにじっと視線を向けた。
「な、なんだい?」
「いや、やっぱおめぇが喋ってると新鮮だなって」
「うんうん」
「あ、あはは……」
今まで無口キャラを演じていただけあって2人には違和感が拭えないのだろう。
マックスが苦笑いを浮かべていると、前方に複数の陰が浮かび上がって来る。
「あれは……」
ここは地上ではない。だが、魔族側にも空を飛べる奴がいたとしても不思議ではなかった。
陰の形は明らかに人型。背中に生えた羽根を上下に羽ばたかせてこちらへと飛翔して来る。
「なんだあいつら」
バカムがそう言葉を漏らす。
「……ガーゴイルだね」
マックスの回答により、バカム、アホマルは身を引き締めた。
黒竜がいかに強大であっても、数の暴力に耐えられるかどうかは不明である。ましてや肉体は大きければ大きいほど一つの行動速度が遅くなる。
バカムの頬から汗が伝う。
ようやく再開できた黒竜をここで再び失うわけにはいかない。最強は、どんな苦難でも乗り越えられるからこそ最強なのだ。
「おい、おめぇら」
バカムが2人の親友に視線を向ける。
「……必ず、生きて帰るぞ」
その言葉に、アホマルは目を輝かせた。
「兄貴! 了解っす!!」
「そうだね。絶対勝とう!」
マックスも頷き、そして掌を下に向けて横へとかざす。
すると、空中に魔法陣が浮かび上がる。
「アホマル君、君のスライムを借りたいんだけどいいかな?」
「ん? もちろんっすよ」
そう言ってアホマルは自身の服の中からスライムを取り出した。
「相変わらずどこにしまってんだよ」
バカムが呆れたように呟くのを聞きながら、アホマルからスライムを受け取る。
「二手に別れよう。僕とアホマル君は一緒に行く」
「良いぜ。俺は1人でも何とかやってやるよ!」
バカムのやる気に満ちた声を聞いて強く頷いたマックスは、魔法陣から使い魔であるカゲ丸を呼び出した。
カゲ丸の重みで黒竜が小さく呻き声を発し、僅かに飛行高度が下がる。
「久しぶり、また一緒に戦ってくれるかな」
マックスがカゲ丸にそう囁くと、カゲ丸は「キシャー」と元気よく鳴いた。
それを聞くや否やマックスはカゲ丸の背に跨り、手に持っていたスライムをカゲ丸の背中に押しつけた。
「スライム君。君の強さを信じるよ!」
マックスの言葉と意思が通じたのか、スライムは一度ムクリと跳ね、そして左右に大きく広がって行く。
「うぉ!! すっげぇ!!」
アホマルが感激の叫びを上げる。
左右に伸びたスライムは、まるで黒竜の羽根のような形を再現する。完成したスライムは全力でその羽根を羽ばたかせ、カゲ丸を持ち上げる。
「やるじゃねぇかマヌケント!!」
「そうだね。これで僕の使い魔は水陸空の全てを制覇した。もしかすると君の黒竜より強いかもね」
「は、抜かせ。ただのトカゲだろうが」
バカムはニヤリと口端を上げ、マックスも同じく笑みを向ける。
「それじゃあ、僕たちは行くよ」
アホマルがカゲ丸の背中に乗ったのを確認したマックスは、バカムに向けてそう言葉にする。
「待てよマヌケント」
「……?」
だが2人が飛び立つのをバカムは言葉で止める。
そして大きく息を吸ったバカムは肺の中の空気を全て吐き出すかのような莫大な声量で言葉にする。
「最後にいつもの聞かせろやマヌケント!! あれがなきゃ始まんねぇだろうがよ!!」
それが何を意味するのか、マックスは瞬時に理解し思わず口角が吊り上がる。
それは、ここにいる者たち皆が心の中で望んでいたセリフ。
そのため、『マヌケント』はバカムの声量に負けじとばかりに声を張り上げる。
「……ヤっちまいましょう兄貴!!」
そう言ったマックスはバカムにサムズアップを向け、飛び立って行った。
1人残されたバカムは、静かに拳を握る。
「だああああああああ!! 行くぞ相棒ぉぉぉお!!!」
目の前に迫るガーゴイルの群れに向けて、黒竜の顎が再び開かれるのだった。
ある空の一部に突如亀裂が入り、空間が歪曲して開かれる。人が通れるほどの大きさで中は虚空という闇が続いているが、その異常現象に不思議と誰も気がつく事はない。
そんな空間から2人の人物が落下して来る。
1人は頭に山羊の角を生やした悪魔の女性。
もう1人は背中に蝙蝠の羽根を生やした吸血鬼の少女。
両者とも魔族ではあるが、この世界の魔族ではなかった。
「うっっっわ、たっけぇ! リンの奴また不良品寄越しやがったな」
「やだやだ帰る! 私はもうここには来ないって決めたの!」
「うっせぇな。大事な達と仲直りしたいんじゃなかったのか? ああ?」
悪魔の女性が吸血鬼の少女の首根っこを掴みながら重力に従って垂直降下して行く。
「私はそうだけど、あの子は違うかもでしょ?」
吸血鬼の少女がそう言い返した時、何かを見つけたかのように上空に視線を向けて「あ」と呟いた。
それにつられて悪魔の女性も視線を向けると、そこにはガーゴイルの群れに囲まれる少女と青年の姿があった。
少女の方は魔力から判断して、おそらく人間と魔族が混ざった半魔族。
吸血鬼の少女の反応からして彼女が対象である事に間違いない事を瞬時に判断した悪魔の女性は、吸血鬼の少女の首根っこを掴んでいた手に力を込める。
「当たって砕けてみなけりゃ理解できない事もあんだろうがよ!!」
「痛い痛い何するの!?」
悪魔の女性は勢いよく振りかぶり、落下の最中であるにも関わらず吸血鬼の少女を豪快に投げ飛ばした。
「行って来い小心者!!」
「ひゃああああああああああああああああああああ」
そして自身は投げた勢いを利用して前方に宙返りを行うと、地面に華麗に足からの着地を果たす。
「ふぅ。さて、あたしは何をするんだっけか? 確かこの世界を昇格させろたら何たら…………ん?」
首をコキコキと鳴らしながら喧騒に満ちた戦場に周囲を見渡していると、1人の男がこちらを見つめながら立っていた。
「あいつどっかで……」
この世界に来るのは今回が初めてではない。これまでのどこかで出会っていても不思議ではなかったが、全く思い出せなかった。
だが目の前にいる男は記憶しているようで、ある一定の距離まで近づいて来て歓喜の叫びを上げた。
「おお! 貴方は! 貴方様は! 神よ感謝致しますぞ! こうして再び出会えたのは何かの縁。貴方と再戦できる事を心待ちにしておりましたぞ! リーダム殿!!」
悪魔の女性をリーダムと呼んだ男は、魔術士育成学園に通う学生、ロシュッツ・キョウナーである。
それは夏の日。ロシュッツはリーダムと浜辺で腕相撲した際に引き分けで試合を終えていた。いずれまた戦える日を目指して日々の筋トレを今までの倍の数をこなして来た。
今のロシュッツの身体はあの夏の日よりも美しく、逞しくそしてより強度に仕上がっている。
つまり絶好調なのだ。
「わりぃな、いつあったか覚えてねぇが、どうやら一度あたしと戦ってるみたいだな。分かった。再戦だな? 受けて立つぜ。んで、どんな勝負だ?」
リーダムがポキポキと指を鳴らし、瞳をギラつかせる。
「無論! 拳での勝負ですぞ! 貴方とは一度、どちらかが倒れるまで拳を撃ち合いたかった」
そう言うとロシュッツは身体の全身に力を込め、筋肉を膨張させて着ていた上半身の服を一瞬で塵と化した。
現れた上質な筋肉の山たち。
その姿を見たリーダムは一つの記憶を思い出す。
「あー、なるほどな。理解したぜ。魔力なしの本気の殴り合いだな? そういうのはあたしも経験が浅いからな。せいぜい楽しませてくれよ人間!」
「お望みとあらば、たとえ相手が魔族でも満足させられる戦いにしてみせましょうぞ!!」
その叫びを開戦の狼煙とし、ロシュッツとリーダムはお互いに距離を一気に詰め会うのだった。




