第7話 最高の戦力
「何も手はないよ」
「えぇ……」
ケレント城に駆け込んだアヒトたちは謁見の間にいたマックスに会うなり、作戦案があるかを聞いたのだが、笑顔で即答された。
常に先を動いているマックスの事だったため、今回も何か良い対処法が浮かんでいるのではと期待していたのだが、どうやら今回ばかりはマックスもお手上げのようだった。
「僕たちはこの国を守るために全力を尽くすだけだ。そのためにはより多くの戦力がいるんだ。何か策があるかと問われるならば、仲間を増やす、だね」
そう言ってマックスは自分が座るすぐ横にある使用人通路に視線を向け、軽く手招きをする。
そしてそこから出てきたのは、アヒトとベスティアがよく知る人物たちだった。
「き、君たちは……!」
「お、おぉ……」
しばらく会っていなかったためか、ベスティアも思わず感嘆の声を漏らした。
「久しいな、チビ助」
まず最初に出て来たのはチスイ。
ベスティアを見るなり、片手を上げて挨拶をしてくる。
「久しぶり、それとあの時はごめんなさい」
次はサラ。
アヒト、ベスティアの事は魔族化しても何度か戦っていたため辛うじて記憶に残っている。そして人間だった頃の付き合いも全てではないが、まだ残っている。
それもあり、やはりサラはアヒトとベスティアには再開したら謝ろうと決めていた。
「よぉ兄弟! しょぼくれてんなよ。安心しろ、俺が来たからには世界中の女の子の安全は保証されてるのさ!」
そしてアキヒ。
彼のおかげでサラを止めることができ、今も共に行動することでサラの精神安定剤になってくれているようだった。
「おい、アヒト! 最近見ねぇと思ったら、そんないけ好かねぇ金持ち女と行動してたのかよ。悪い事は言わねぇ、早く離れたほうが身のためだぜ?」
「誰がいけ好かないですって?」
アリアが言い返した相手はバカム。
学園祭以降、都市の外へ追いやられ、少し離れた先にある小さな村の病院に入院していたのだが、どうやら無事退院できていたようだ。
そして、バカムがいるという事はもちろん、あの男もいる。
「ウィッス! あの時はテトの嬢ちゃんを守れなくて申し訳なかったっす。今回は頑張るっすよ!」
スライムを肩に乗せて気合いを入れるアホマルだった。
その他、サラの友人であるアンとリオナ。
鮮花祭に出場し、サラのパートナーとなっていたロシュッツ。
同じく鮮花祭に出場し、チスイのパートナーとなっていたデキル。
アリアの学園内での側付きであるリリィとルルゥ。
そして、最後に出て来た人物は、
「はぁあい! 元気にしていたかしらぁん? こう何度も会えるなんて、もうアタシたちは運命共同体なのかしらねぇ?」
腰をクネクネさせながら現れ、アヒトに投げキッスを送るロマンだった。
「うぇ! ちょ、気持ち悪い事言わないでくださいロマンさん!」
「あらあら、接点が多いと対応が冷たくなっちゃうから嫌よねぇ。でもおねえさんはそういうあなたが好・き・よ♡」
ウィンクをするロマンにアヒトは表情を顰めるが、そこにマックスがわざとらしく大きく咳払いをして注目を集める。
「えっと、知らない人もいるだろうからここで説明するね」
そう言ったマックスはロマンの前へ移動し、ロマンを手で示しながら説明を始める。
「彼はローガン・マンフォード。元最強の剣士で、当てられた順位は1位。訳あって今まで身を隠すことにしていたみたい」
「「「「「「「「「「「「「!!??!?!?!!」」」」」」」」」」」」」
マックスを除いた、ここにいる全ての者がその真実に仰天し、ロマンに対してついつい半信半疑の視線を向けてしまった。
「……なるほど。前からただ者じゃないとは思っていたのだけれど、そういう事だったのね」
だがアリアだけは納得のいった表情を見せていた。
確かに、ロマンには幾度か助けられた事があり、その戦闘スタイルは魔術や使役ではなく、純粋な武器そのものだった。
自家製のアーティファクトを操作し、縦横無尽に繰り出すロマンの技量は並の人間の能力を超越していた。
「身を隠すって、テメェ全然隠れる気ねぇじゃねぇかよ! 海にも居たし、学園祭の時も居たじゃねぇか!」
「あらそうだったかしらぁん」
バカムの指摘を華麗に受け流すロマン。
「何から身を隠していたんですか? あなたほどの強さなら、たとえ襲われたところで何とかしてしまうんじゃ……」
アヒトの質問にロマンは肘に手を当てて考えるような素振りを見せながら答えた。
「それは無理ねぇ。どんなに武器の扱いが優れていても、結局のところ魔術には劣るのよん。アタシはあの前国王ボレヒスから身を隠していたの。彼はこの国に良くないモノを取り入れようとしていた。その事に気がついたアタシを彼は始末するように騎士たちに命じていたのよ」
初めから武器を構えているならば相手が魔術師でもどうにかなるだろう。
だが、不意を突かれた時、剣士は重い武器を取り出すという遅延が生じる。魔術を扱う杖の重みはほとんど感じられないため、どうしても不意の最速攻撃に剣士は弱いのである。
「当時アタシは城内では常に鎧を見に纏い、顔を隠していたから身を隠す事は容易かったのよん。それでも身体は重傷だったのだけれど」
当時の状況を思い返しているのか、ロマンの表情に少しだけ悲しげなものが見えたが、それは一瞬の事で、すぐにいつもの調子で場の空気を変えようと手を叩く。
「はいはい、おねえさんの昔話はお終い。後は今の王様に任せるわぁ」
そう言ってロマンは一歩引いた。
そのためマックスも軽く頷き、話を元に戻していく。
「それじゃあ、話を戻そう。僕は魔王が攻めてくる事を予想して、予めこれだけの優秀な若者たちに声をかけさせてもらったんだ。今回、君たちには僕たち騎士の戦いの援護をしてもらいたい。どこの部隊でもいい。そして好きに暴れてもらっても構わないさ」
そう言うと、次にマックスはアヒト、サラ、チスイの3人に視線を順次向けていく。
「アヒト君。サラさん。そしてチスイさん。君たちには魔王のところへ向かって欲しい」
その言葉にアヒトは緊張したかのように唾を飲み込む。
サラとチスイは予め聞かされていたのか、2人とも強く頷き、了承の意を示していた。
「今魔王に対抗できる力を持っているとするなら君たちなんだ。もちろん、ベスティアさんはアヒト君の使い魔だから共に向かってくれて構わないよ」
「言われなくてもそうする」
ベスティアの返答を確認した時、アキヒがマックスに向けて手を挙げる。
「ちょっといいっすか。俺も一緒に魔王のところへ行っても良きで?」
「うん、そうだね。許可しよう。だけど無理はしないで欲しい。君もイレギュラーの類に入るのかもしれないけど、結局のところ、アヒト君と同じでただの人間だ」
魔王は男であるため、アキヒが持つ女性キラーは使い物にならない。
だがサラを支援する事ならできるだろう。
そうマックスは考えての事だった。
「エトワール嬢は……」
「ええ、分かっているわ。私は私の部隊を指揮する。もちろんこちら側でも勝手に動かせてもらうわ。演舞に横槍は無用よ」
アリアの迷いのない言葉にマックスもそれ以上言葉にはしなかった。
「以上だよ。僕が伝えられる事はもうない。厳しい状況で不安かもしれないけど、許して欲しい。そしてどうか一緒にこの国を守って欲しい」
マックスは立ち上がり、並んでいるサラたちに向けて頭を下げようとしたところで、ロマンが口を開いた。
「んん〜、ダメよんそんなんじゃ。王様なら私たちに頼み事はしないわよぉん。もっと男らしくビシッと締めなさい」
いつになく真剣な眼差しのロマンにマックスも感化され、その瞳を強く威厳の籠ったものへと変える。
「すまない。ゴホン……ケレント帝国、現国王マクシミリアヌスが告げる! 最大の敵は魔王シヴァ。君たちはこの国、ここに住む人々を守るために選ばれた勇者だ。これまでの鍛錬、成果をここで果たし、全身全霊を持って戦場を駆け抜けろ! 未来永劫忘れられぬよう、その力で奴らの心に刻み込め! 奴らに人間の足掻きがどこまで根深いか、知らしめようではないか!!」
謁見の間にマックスの声が強く響き、その言葉がこの場にいる者の心に強く刻まれる。
誰もが深く頷き、士気が上がり、やる気に満ち溢れる。
「っしゃああああああ! やったるぞごらぁああああ!」
バカムを筆頭に、謁見の間には気勢と活気の声で響き渡った。
外は既に日が傾き、空が赤く染まっている。
敵が攻め入るまで残り2時間もなかった。




