第6話 魔王の宣戦
季節にそぐわない、晴々とした雲ひとつない爽やかだった空に、突如闇が覆い尽くした。
まるで白夜を思わせる暗い景色、そして地面に倒れ、苦悶の声を漏らす街の住民たちが多数現れた。
エトワールの屋敷に、いたアヒトとベスティアは使用人が次々に倒れていく様子に早急かつ的確な対応にあたっていた。
ジュジュを含め、倒れた全ての使用人たちを一つの部屋に集めさせる。
「一体何が起こってるんだ」
「分からない。だけど、嫌な予感がする」
珍しくベスティアの表情に焦りの色が浮かんでいる。
どんよりとした重い空気に、普段魔力を循環させていない一般住民たちは呼吸困難に陥って意識を失っている。
アヒトも初めは呼吸を遮られ焦りを感じたが、すぐに体内魔力を循環させる事で回復することができていた。
そして、アヒトとベスティアのもとに療養として学校を休んでいたアリアが青白い顔で駆け込んでくる。
「アヒト大丈夫!?」
アリアも自力で回復したのだが、呼吸ができるようになるや否や、急ピッチでアヒトを探したため、酸欠で視界がふらついていた。
「アリアこそ大丈夫なのか? 今にも死にそうだが」
「ええ、平気よこれくらい」
アリアが額の汗を拭いながら胸を張って答えたところに、ベスティアがジト目で近づいてくる。
「私の心配はなし?」
「あなたとは根本的に体の作りが違うから心配してないわ」
「あっそ」
そこまで言葉を交わした時、突如空間中にノイズが走り始める。
『人間の諸君よ。初めまして。余は魔王、魔王シヴァ。諸君らを滅ぼす者の名だ』
魔王シヴァと名乗った男の声は、脳に直接語りかけてくるような異質な声だった。
「魔王だって? やはりゴブリンの侵攻は前振りに過ぎなかったか。いきなり攻撃を仕掛けてくるなんて、卑劣にも程があるぞ」
「違うわアヒト。私たち人間が魔王の怒りを買ったのよ」
アリアの言葉にアヒトは眉根を寄せたが、その疑問を諮問するよりも先に空間中に魔王の声が響き渡る。
『諸君らには失望した。150年前、敗北を目の前にした諸君らは交渉に出た。それを余は一時の愉悦と考え、承諾した。だが諸君自らそれを破るとは……まぁそれもまた愉快ではあったが、残念ながら遊びはここまでだ。余はこの時を持って久方の戦へと転じる。今宵は遊びではない。諸君ら人間の歪んだ口が二度と開かぬよう、その生命を絶ちに征く。意して待つが良い』
楽しんでいると口にしながら、その言葉には一切の笑言も窃笑もなく、ただただ冷徹なまでに重くのしかかるように体の内側に響き渡った。
魔王の声が聞こえなくなると、今までの淀んだ空間が嘘であったかのように、元の景色と涼やかな空気が流れて来た。
「……はぁ〜〜」
アリアが大きく息を吐く。
「3日分の疲労が溜まったみたいだったわ。あんなのと今まで戦って来たって冗談にも程があるでしょ」
「まったくだ。おれたちは全力で戦って来たんだと思うけど、あの話し方だと、魔王は手を抜いて戦ってたんだろうな」
「バカも休み休み言いなさい。どうするのよこれから。今宵ってことは日没よね。それをあの魔王が律儀に守って攻めて来るかしら」
「そこは大丈夫だ。こんな昼間にわざわざ言葉で宣戦布告してきてるんだ。不意打ちはないと思う。それに、不意打ちならこんな回りくどいやり方じゃなく、前回のゴブリンのように、それも夜間にいきなり攻めてくればおれらを全滅させることは容易いはずだ。それをしないってことは……」
「言葉どおり日没にやって来る、と」
「そう言うこと。魔王は今回は本気みたいな事言ってたけど、おれが本気で滅ぼそうとするならやっぱり不意打ちが良い。つまり、魔王はこの戦いも享楽に浸るためのものに過ぎないとおれは考えてる」
そこまで言った時、アヒトはアリアがジッとこちらに視線を向けて来ていることに気づき、首を傾げる。
「どうした。鳩が豆鉄砲を食ったような顔して。体調でも悪いのか?」
「いえ、大丈夫。ただ、あなたってやはり頭の回転はいいのね」
「いや、アリアには劣るさ」
そうアヒトが返答した時、アリアが唐突に人差し指をアヒトの目の前に指してきた。
「あなたね。私が今悩んでた事を即座に答えた人が何を言ってるのかしら?? まるで私がおバカさんみたいじゃない。私が王様だったら、即刻不敬罪にしてやってるところだわ!」
「わ、悪かったよ」
「ふん、謙遜しすぎるのもあなたの悪いところよ。他人より秀でている力は傲って当然なんだから、もっと堂々と振る舞いなさい」
腕を組んでぷいっと顔を逸らすアリアに、アヒトは頭を掻きながら軽く頷く。
「で? これからどうする?」
ベスティアがアリアに厳しい眼差しを向けながら話しかける。
「それは……」
「ケレント城に行こう。マックスなら何か手を打ってるはずだ」
ベスティアの質問にアヒトが答え、異論はないと言うかのようにベスティアとアリアが同時に頷いた。
それを確認し、部屋から出ようとした時、ふと視界に誰かが動く気配を感じた。
「う……みな、さん……」
それは意識を取り戻したジュジュだった。
ジュジュは体に力が入らないのか、もぞもぞと床を這うようにしてこちらへ近づこうとしていた。
「ジュジュ!」
ベスティアは真っ先にジュジュのもとへ駆け寄る。
「ジュジュしっかり」
ベスティアはジュジュを呼吸がしやすいように仰向けで寝かせる。
「この短時間で意識を取り戻したのね。他の使用人はまだのようだけど……」
アリアはジュジュを見つめながら僅かに目を細める。
「若いからか?」
「いいえ。あの子、他の人より体内の魔力量が多いのね。もしかしたら魔術の才能があるかもしれないけれど、今はどうにもならないわね」
そう呟いたアリアは、ジュジュの下へと近づいていく。
「ジュジュ、私たちはこれから少し外に出るわ。だから、あなたはここで休んでなさい」
「はい……」
「良い子ね」
一度だけジュジュの頬を撫でたアリアは表情を引き締め、静かに立ち上がる。
「行きましょう」
そう言ってアリアは先行して外へと出て行った。
それを見届けたベスティアもジュジュに一度視線を向けるが、その時には既にジュジュの瞼は閉ざされ、静かに眠っていた。
「ティア」
「ん」
アヒトの呼びかけに、素直に答えたベスティアはアヒトとともに急いでアリアの後を追うのだった。




