第2話 新しい生活 その2
女子更衣室内
ジュジュはベスティアとともに中へ入ると、急いで靴を脱ぎ、自分のロッカーに入っていた替えのソックスを手に取り、それを履いた。
濡れたソックスは今はどうしようもないのでビニール袋に入れてロッカー内に入れておく。
靴を履いていたためか、濡れていた時は感じなかったのだが、今は新しいソックス越しでも足先が完全に冷え切っており、少し痛く感じていた。
「この靴どうしよう」
残念ながら今のジュジュには予備の靴は持ち合わせていない。
メイド服は夏用と冬用で2着ずつ貸与されているが、冬用の1着は現在クリーニング中だった。
流石に夏用は持ち合わせてはいないので、どうしたものかとジュジュが頭を悩ませていると、ベスティアが声をかけてきた。
「ジュジュ、ここ座って」
「え、うん」
とりあえずベスティアの指示に従って、指定された長椅子に腰掛ける。
すると、ベスティアはジュジュの後ろに回り、唐突にジュジュのファスナーを躊躇いなく下ろした。
「ふぇ!? ちょ、何してるのティアちゃん!」
「はい、ばんざいして」
「え? え? あっ……」
困惑するジュジュの両手を取って強制的に上に上げさせたベスティアは素早くメイド服を脱がし、ジュジュを下着状態にする。
「って! この格好すごく寒いよぉ!」
「我慢して、すぐ終わるから」
そう言ってベスティアは空間を裂いて、中から一本の『無限投剣』を取り出す。
「これ貸してあげる。持ち手以外はすごく熱いから気をつけて」
「え、あ、ありがとう」
それはディアの魔法が込められた短剣で、刃からは高温の熱気が溢れて来ており、ジュジュの冷えた脚と体を直ぐにでも温めてくれた。
「すごいね。亜人さんって、こんな事までできちゃうんだ」
「違う。ここの亜人は魔法は使えない。私はここの出身じゃないから、それだけ」
ベスティアは自身のロッカーから裁縫セットを取り出し、ジュジュの隣に座る。
この世界の住人は、亜人は奴隷として使われる事が多いと認識している者がほとんどで、ジュジュもその1人だった。
そのため、ベスティアがメイド服を着て作業をしていても何も違和感を抱くことはない。むしろ、出身が違う事を知り、ジュジュより年下で魔法まで使える亜人が働かされている事を理解してしまうと気の毒で、とても悲しい気持ちになってしまった。
ジュジュは思わずベスティアに抱きついてしまう。
「……じ、ジュジュ。あまり抱きつくと、服が燃えるし、怪我するかもだから」
「そ、そうだよね! 危険だよね。ごめんね」
素早く離れたジュジュは慌てて謝罪し、紛らわせるように自分の濡れた靴を引き寄せ、ベスティアから借りた短剣の熱で乾かし始める。
その間、ベスティアは黙々とジュジュの破れた服の修繕を行う。
裂けていた部分が手早く綺麗に縫い合わされていく光景にジュジュは目を輝かせ、ついつい声をかけてしまう。
「へぇ、ティアちゃん裁縫得意なんだね」
「……服は、小さい頃から1人で作ってた」
「そうなんだ。ご両親が服屋さんとかしてたのかな?」
「…………」
ベスティアの表情が僅かに曇ったのを見たジュジュは自分の言動が失言だった事に気がつき、直ぐに謝罪の言葉をかける。
「軽率な言葉だったね。ごめんね、思い出したくないこともあるよね」
「大丈夫」
何せベスティアは両親が生きていた頃の記憶がなく、記憶を持っているのはディアの方だからだ。
両親がいない事の寂しさはあれども、今は新しい家族がそばにいる。
大切な人、大切な物、大切な居場所、全てが昔のベスティアにはなかったもので、確実に今のベスティアは幸せだった。
だから胸を張って言う事ができる。
「私は、今が好きだから」
優しく微笑んだベスティアにジュジュもそっと胸を撫で下ろし、再び靴を乾かし始める。
そして幾分か過ぎた頃、ベスティアが修繕を終えたため、ジュジュは綺麗になった服を受け取り着用する。
「本当にありがとだね。何かお礼がしたいんだけど、私に何かできる?」
ジュジュの言葉に一瞬だけ考える仕草を見せたベスティアだが、すぐに視線を合わせて来た。
「今度ご飯作って。ジュジュのご飯、すごく美味しいからまた食べたい」
「えへへ、そぉ? なら張り切って作るね!」
ジュジュは集中すると周りが見えなくなる性格だが、その集中力のおかげで大体のことは完璧にこなしてしまう。
だが細かい作業は集中力があっても手先が追いつかないせいで不得意としているため、裁縫などはもっぱら下手くそなのである。
そうしている間に、ジュジュの濡れていた靴も乾いたため、短剣をベスティアに返すと、靴を履いて立ち上がる。
「よし! じゃあ私掃除用具の片付けしてくるから、ティアちゃんはお嬢様がいつでも入れるようにお風呂の準備お願いね」
「……あんなやつ1年は風呂に入らなくて良いと思ってる」
「こぉら。そんな悪口言っちゃダメですよ? 私たちは雇って貰ってるんだから、感謝しないと」
「私は強制労働。給料もジュジュの半分以下」
「そ、それを言われると何も言えないなぁ。まぁ、文句を言ってても仕方ないし、お風呂、1人で準備できるよね?」
「大丈夫。ジュジュの頼みならやる」
ベスティアの言葉にジュジュはクスリと笑い、「お願いします」と言い手を振って駆けて行った。
それを見届け、ベスティアもジュジュに言われた通り、浴場へと向かって歩いていく。
だがそこでベスティアはある事を思いつき不敵な笑みを浮かべる。
どうせなら、お湯の温度を極限まで熱くしてやろう。
そう思いついたのなら即決行。アリアの熱さで悶え泣き叫ぶ姿を想像しながら、ベスティアはルンルンと足取りよく廊下を駆けていくのだった。
夕方
時刻として17時を過ぎた頃、他の使用人たちは皆帰宅し、残ったアヒト、ベスティア、そしてジュジュの3人は現在の屋敷の主人であるアリアの帰りをただただ静かに待っていた。
アリアの両親は別国に出張しており、この屋敷にはアリアとアヒトたちのような使用人、そしてアリアを守護する騎士団だけが出入りしている。
何もする事なくただ帰りを待っているというのも辛いものである。
学園が終わる時刻はいつもこんなに長かったのかと記憶を探るほどだった。
「……お腹すいた」
ベスティアが腹部から可愛らしい音を鳴らしながら自分の腹をさする。
「もう少し我慢するんだな」
「むぅ……」
小さく唸りながらベスティアはテーブルに顔を突っ伏しる。もはや腹が減り過ぎて何も動けないといった感じである。
「あれまぁ、これからはティアちゃんのお腹の時計を遅らせないといけないね」
「……地獄だ」
ベスティアの言葉にクスリと笑いながら、ジュジュは言葉をかける。
「もう分かってると思いますけど、私たち使用人がご飯を食べられるのは一番最後。まずはアリアお嬢様、そして騎士さん。最後に私たちになります。昨日まではお嬢様は学園がお休みだったから夕食の時間は早かったのだけれど、今日は何時に帰って来るんだろう」
ジュジュが窓越しに外を眺める。
冬の季節という事もあり、既に太陽は沈み、外は暗い闇の世界が広がっていた。
「だめ……死ぬ」
「はは、そんな簡単には死なないだろ」
幾度となく魔族と戦って来たベスティアがこんな日常であっさりと死んでもらってはアヒトも肝が潰れるというものだ。
そこで、パチンと両手を叩いたジュジュがある提案を述べる。
「では、私からお嬢様に夕食をともにできないか聞いてみます!」
「良いですね。でもそんなに上手くいきますか?」
「んー、おそらくティアちゃんが鍵になりそうですね」
「…………ん?」
むくりと顔を起こしたベスティアはその小首を傾げた。




