第2話 亜人娘の復活
目の前に焦がれた亜人の少女が立っている。
それだけでアヒトの視界が揺れ、雫が頬を伝う。
なぜ動けるようになったのかなどの疑問は今はどうでも良かった。
喪失しかけていた戦意が心の底から再び湧き上がって来る。
「ディア! ここは民家が多い! うまく誘導できないか!?」
アヒトは憤慨に燃える亜人娘の小さな背中に呼びかける。
「ハッ! 今のオレ様に思考しろって言うのか!?」
ディアは口の端を大きく持ち上げる。
「余裕だな。任せろ主様。上手くできたら後でご褒美な!」
その言葉と同時に、左手を前に出したディアに呼応するように裂けた空間から百を超える大量の『無限投剣』が宙を激流し、ウォーリアーが立つ側面を通過していく。
「ナ!? ナンダコレハ」
狼狽するウォーリアーたちに向けてディアは声をかける。
「そいつらに触れねぇ方が身の為だぜ。誰も一瞬で微塵子に生まれ変わりたかねぇだろ?」
日の光を反射してディアの灼熱の瞳がギラリと線を引く。
ウォーリアーたちはそのディアの表情に畏怖した者もいたが、中にはディアの言葉を信じていない奴も複数存在した。
「ハッ、ハッタリダナ!! オデハダマサレネー」
1体のウォーリアーが手に持っていた鉈を肩に担いでディアが放った大量のナイフに近づいていく。
「オメェラ騙サレルナ。アンナガキニ、ナニガデキル」
仲間に言い聞かせるようにそう言葉にしたそいつは、憂慮し続けていた仲間の表情に覇気が戻った事を確認し、担いでいた鉈を振りかぶり、流れを断ち切るように上段から振り下ろした。
平常ならば金属同士がぶつかり合い、耳を塞ぎたくなるような鋭い音が響き渡ると誰もが思っていた。
しかし、振り下ろされた鉈は、高速で流れるナイフにぶつかり青白い閃光を放った刹那、強烈な爆裂音と共に攻撃したウォーリアーの膝から上が消し飛んだ。
さらに、爆発と同時に周囲にいた他のウォーリアーたちの身体に複数のナイフが突き刺さり、その衝撃によって薙ぎ倒された。
「あーあ、だからやめろっつったんだ。1人の犠牲じゃすまねぇんだからよ」
地面に血溜まりを作り、呻き踠くウォーリアーたちを見下すように冷徹な視線を送るディア。
「お、おいディア。ここでの戦闘は避けろって……」
「いやいやご主人よ。あれは不可抗力だろ。それに自業自得だ。この心優しいディアちゃまが端から教えてやったのを無下にしたあいつらが悪い。うん」
1人で決めつけて1人で納得したディアにアヒトは軽く頭を抱えた。
「ナ、ナンナンダコレハ!!? ドウナッテンダヨ!!」
ギリギリ被害に遭わなかった者が狂乱の如くその惨状に向けて叫ぶが、それをディアは煩わしそうに眉を顰める。
「榴弾って知ってるか?」
「??」
「ま、知るわけねぇよな。弱者しか標的にしないちっせぇ脳みその貴様らには到底知る由もないわな」
そう言ったディアは伸ばされた左手はそのままに、次は右手を前にかざす。
途端に右側にも同様に大量のナイフが高速で流れて行く。
「ヒィ!?」
「10秒待ってやる。オレ様の『短剣榴弾』から逃げてみろ。無事に生き延びたら『榴弾』について調べてみるんだな」
そしてディアは両手をゆっくりと内側へと移動させていく。
それに合わせて高速で宙を流れるナイフらがウォーリアーたちを潰さんとばかりに両幅が狭まっていく。
「テ、撤退!! 退クゾオ前ラ!」
誰かがそう叫んだことで、負傷したウォーリアーたち含め、一斉に身体を丸め始める。
一瞬で半透明な膜に身体が覆われたウォーリアーたちはボールのように地面を跳ね、天高く放物線を描きながら他のゴブリンがいる場所へと飛んで行く。
「ほぇー。あんなのでも魔法が使えるのか」
亀裂の中へと『無限投剣』を収めると、何の予備動作なくディアの姿がぶれる。
瞬きする頃には、ディアは破壊された壁を超え、ウォーリアーたちの後を追って神速の域で走っていた。
そのため、アヒトも急いで立ち上がる。
「もう安全だ。君も早く逃げるんだ」
アヒトは背後で自分の服をずっと握りしめていた少女に優しく呼びかける。
「あ、ありがとうございます……えっと……」
吃りながらも何かを言いたげな素振りを見せる少女にアヒトは身体ごと向き直る。
「どこか痛いのかな?」
「あ、いえ……その、あなたは何と言う魔術士さんですか?」
「おれ? おれはアヒト。実は魔術士じゃなくて、使役士なんだ。もう1人でも動けるかい?」
「は、はい!」
元気よく返事をした少女の頭を撫でたアヒトは、一度微笑むと素早く踵を返して走り出した。
「使役士……」
何かを思うように呟いた少女はずっと怯えていた高齢者にそっと寄り添いながらその場を離れるのだった。
「皆さん! 魔力はどのくらい残っていますか!!」
破壊された壁を抜けて、天幕が建てられていた場所へと戻ってきたアヒトは早口で捲し立てた。
「君! 無事だったのかね?? 我々はまだまだ魔力は残っているぞ。それより、先程かなりの数のウォーリアーが宙を飛んでいったがーー」
「わかっています! 魔力が残っているなら急いで魔術で障壁を展開してください! それと、ゴブリンたちと戦っている兵士たちに撤退を命じて下さい!!」
「りょ、了解したッ!」
ウォーリアーたちが飛んでいった先はおそらく自分たちのように陣を構えている場所のはずである。
もちろんそこにはまだまだ無傷のゴブリンたちがいるはずであり、追いかけて行ったディアがそれを見た場合に起こす行動は考えるまでもなく明白である。
「アヒト! 無事で良かったのだわ」
アリアもウォーリアーによる乱戦騒動に駆けつけてくれていたようで、アヒトの姿を見るなり、探してくれていたのか、安堵した穏やかな表情で駆け寄ってくる。
「すまないアリア。もう少しだけ力を貸してくれ!」
「!! ……わかったわ」
アリアと別れる前までは到底見せることのなかったアヒトの自信に満ちた強い表情に、アリアは大体の事情を察する。
アヒトが元気になってくれた事が嬉しいと思えるはずなのに、なぜか胸の奥にズキリと痛みを感じた。
「……いい顔になったわね。従者のくせに生意気よ」
「悪い。迷惑かけた」
「そう思うのなら、私の下でこれからもしっかりと働きなさい」
フンっとそっぽを向いて一方的に会話を打ち切ったアリアは、自分の抱いた気持ちを抑えつけるように胸元の服を強く掴みながら、アリアはアヒトから身体の向きを変えてゴブリンたちと戦う騎士や兵士たちが見える丘の先端に立った。
その隣に何人もの魔術士が並ぶ。
「彼らの撤退を援護するわよ」
そう強く言葉にしたアリアにその場にいた魔術士たちが一斉に了解の声を上げた。




