第6話 小鬼との戦い その2
「どうしてここにウォーリアーが!?」
破壊音を聞いて天幕から出てきた指揮官、参謀たちの中の一人がそう叫ぶ。
「ア? 雑魚バカリモアキタダロウト思ッテナ。直接出向イテヤッタンダ。感謝シヤガレ!!」
そう言葉にしながら、ウォーリアーは手に持っていた斧を水平に一振り行う。
瞬間、その場にいた全員が強烈な風圧に襲われ、天幕諸共数メートル、又はそれ以上を吹き飛ばされた。
場所によっては、木の枝に腹部を貫かれて絶命する者や丘から落下して二度と帰る事のない者もいた。
「くそったれぇ! 覚悟しやがれ低級魔族がぁあ!」
護衛の一人が剣を抜き駆け出す。
それを見て、他の指揮官たちも各々武器を構えて立ち向かっていく。
「援護します!!」
「頼む!」
アヒトもレイラから渡された杖を取り出し、敵に向けて構える。
剣を持つ騎士たちがウォーリアーを取り囲み、同時に攻撃を仕掛ける。
だがしかし、対するウォーリアーはこの場にいる誰もが予想していない速度で回避し、斧を振り抜く。
「くっ、当たらない!」
アヒトもタイミングを測って様々な属性の魔術を駆使して攻撃するも、素早い動きのせいで照準が定まらず、無駄撃ち状態となってしまっていた。
「回復魔術はどうなっていますか!?」
隣に並んで支援し続けている参謀たちに声をかけるが、彼らの表情は皆暗いものだった。
「ダメだ。相手の一撃が重すぎて、治癒魔術が追いつかない。このままだと全滅だぞ!!」
一人の魔術騎士が額から大量の汗を流しながら苛立つ言葉を吐き捨てる。
「オイオイ、ドウシタ? 低級魔族相手ニ傷ヒトツツケラレナイノカ人間ハ。魔王様モコンナ雑魚シカイナイ国、ナンデサッサト落サネエンダロウナ」
ケタケタと笑いながら軽々と騎士の頭を真っ二つに裂き、護衛者の上半身と下半身を仲違いさせ、参謀の身体をミンチにしていく。
このままでは時期に剣士が全て殺されてしまい、アヒト含め魔術士だけとなってしまうだろう。そうなる前に何か手を打たなければならない。
せめてあいつの動きを一瞬でも止める事ができれば……
アヒトは周囲に視線を巡らせる。
この場で何か参考にできるようなものがないかと藁をも掴む思いでの行動だったが、それが功と成したのか、ある物に視線が止まった。
それは、先ほどの風圧で飛ばされ、木箱から溢れ出た拘束具であり、金属で作られた手枷の先に同じ素材で作られた鎖が数メートルほどの長さがあるものだった。
「鎖……そうか、鎖だ!」
すぐに指揮官、参謀そして護衛の魔術士たちにそれぞれアヒトの考案を伝える。
「剣士の方はできるだけ長い時間包囲できるようお願いします!!」
アヒトの強い言葉により、剣士たちが気合の叫びを上げながら瞬時に包囲していく。
「ナニヲ考エテイルカシラナイガ、無駄ナコトダ」
ウォーリアーは鼻で笑いながら、包囲を崩そうと再び暴れ出す。
だが剣士たちは先ほどのように無理な攻撃には出ない。相手との距離を保ちながら且つ相手を逃さない距離で包囲する。
誰もが言葉で伝え合わずとも、まるで心が一つになっているかのように意思の疎通ができているところは流石、城に仕える騎士団と言えるだろう。
個人での戦いの経験しかしてこなかったアヒトにはない、優秀な能力だ。
そして、体力の消耗により相手の動きに一瞬の鈍りが生じたそのタイミングを見計らい、アヒトは杖をかざし、声を上げる。
「今だ!! 『束縛』!」
まさか、初めての応用魔術が拘束魔術だとは、アヒト自身流石に予想できないことだった。
魔力の消費量も物質精度も分からないが、一か八か、ぶっつけ本番でやるしかなかった。
たとえ、仮初の魔術士であるアヒト1人の魔術が破られても、他の魔術士がカバーしてくれるはすだ。
そうしてアヒトの言葉とほぼ同時に、他の指揮官以下たちもアヒトと同様の魔術を詠唱すると、ウォーリアーの足下に大量の魔法陣が生み出され、避ける間もなく腕や脚、胴体といった部位に次々と様々な属性で作られた鎖が巻きついていく。
「ナニ!?」
余裕を保っていたウォーリアーの表情に初めての焦りの色が浮かぶ。
巻きつかれた鎖によって腕はろくに動かせず、足は一歩どころか上げることさえ敵わない。
「いける! 総員一斉攻撃!! 決して四肢は狙わないように、我々魔術士も攻撃魔術を!!」
アヒトの叫びでこの場にいる全員がそれぞれの得意とする技で攻撃を仕掛けていく。
同じくアヒトも杖を構えたのだが、突如その視界が歪み、無意識に地面に片膝を突いてしまっていた。
「んな……魔力切れ?」
想像以上に魔力の消費が激しかったようで、もともと使役士であったアヒトにとっては、普段は初級魔術しか使用してこなかった事から、魔力の貯蔵量がそこまで多くはなかった。
「だけど、おれが1人抜けたところでーー」
アヒトが抜けても、戦える人材はこの場には多数存在する。
だから大丈夫だ、そんな考えは次の光景を目にした時点で消し飛んだ。
「……!?」
突如、目の前にいるウォーリアーの後方から轟音が鳴り響く。
その音で攻撃に転じていた者のほとんどが足を止め、音の方へと振り向く。
そこにいたのは、2体目のウォーリアーだった。
「ヒャッハーイ! ナニヤッテンダマヌケ! ソンナノ相手シテルカラ痛イ目見ルンダ。雑魚ヲイタブッテコソ愉悦ッテモンデショ!!」
そう1人で叫んだ2体目のウォーリアーは破壊された壁を超えて走って行った。
「まずい!」
アヒトは重くなった脚を無理やり動かして2体目のウォーリアーを追う。
後方からは何人かの剣士がついて来ており、留まった人数だけで縛られたウォーリアーを倒す事ができると判断したようだ。
アヒトは内心でついて来てくれていることに感謝した。
正直、今の状態で2体目を相手するのは不可能に近かった。おそらく、魔術を使えても後一回が限界だろう。それも初級魔術で一回である。
そのため、味方が多くいてくれることに礼を言わざるを得なかった。
そうして2体目のウォーリアーを追いかけて行くと、どうやら建築物を破壊してまわっているようで、余程人間の文化が嫌いだと見てとれた。
既にこの場の住民は避難し終えているはずなため、誰かが巻き込まれるようなことはない。しかし……
「きゃぁああ!」
その悲鳴が聞こえたことで、またもやアヒトは自分の考えが甘かったことに歯噛みした。
声のする方向へ急ぐと、そこには高齢の女性を庇うようにしゃがみ込んでいる少女だった。
ウォーリアーはようやく見つけたとでも言わんばかりに舌なめずりを行いゆっくりと近づいて行く。
「ヒヒヒヒ、女ダァ。イヒヒ、ヤッパリ弱イモノ虐メは最高ダナァ!!」
そう声高に右手に持っていた鉄の鈍器を真上に振り上げ、一気に振り下ろした。
「うおおおおおおおおおお!!」
ウォーリアーの鈍器が振り下ろされる直前、アヒトは滑り込むように少女との間に入り、杖を構えて瞬時に地面から土の壁を形成した。
突如隆起した土壁にウォーリアーの右手は打ち弾かれ、後方に数歩よろける。
「はぁ……はぁ……うっ、だ、大丈夫かい!? ここは危ない早く逃げるんだ!」
アヒトは魔力欠乏症によって視界が霞み始める中で背後を振り向きながら伝える。
前髪を丁寧に切り揃えた眼鏡の少女は、アヒトの言葉を聞きつつも、恐怖で脚がすくみ、身動きが取れない状態だった。
そうしている間にも剣士たちが2体目のウォーリアーへ攻撃してくれていたが、突如、何度目かの破壊音と衝撃が走り、土壁がなくなると同時に剣士たちから苦悶の声が上がった。
「そんな!?」
アヒトが見たのは、地面に倒れ伏す剣士たち。そして、その場には3体目、4体目のウォーリアーが奇怪な笑みを浮かべて立っていた。
もう後はない。アヒトの魔力も底をついてしまった。
どうしたらいい。どうすればこの場にいる敵を全員倒す事ができるのだろうか。
一歩一歩、相手を完全に嘗めた足取りで、まるで標的に向けて死のカウントダウンを行っているかのように、一定の間隔で距離を詰めて来る。
こんな時、ベスティアが居てくれたらどれだけ心強いか、考えたこともなかった。
こんなにも自分は、ティアに甘えてしまっていたんだ。
ベスティアという存在がアヒトにとってとても大きな存在で、こんなにも大切だったという事に今ようやく気付かされた。
どんなにピンチになろうとも、ベスティアがただいつものように、「守る」と言ってくれるだけで安心できてしまっていたのだ。
ウォーリアーたちがアヒトのすぐ目の前にやって来る。今すぐにでも振り下ろせば殺せる距離。
だが、ウォーリアーたちは絶望する少女たちの顔を見て楽しんでいるのかなかなか武器を振りかぶろうとしない。
それでも、いつかはその時は終わる。殺される時がやって来る。
テトには必ず戻ると約束したが、果たせそうにない。ベスティアも目覚めさせる事が叶わないままだ。
未練だけが心を燻る。
最後にもう一度、自分が好きになった亜人の少女に会いたいと思ってしまった。
「ティア……」
目の前に立つウォーリアーが鈍器を振り上げたその時、アヒトの人差し指にはめていた指輪が一瞬きらりと光ったかと思った瞬間には、目の前にいたウォーリアーが一瞬にして極太の煉獄の柱に包まれ、声を上げる事なく爆ぜていった。
「これは……ま、まさか……!?」
緩やかに終息していく焔の中心には、懐かしい背中があった。
「テメェらか? オレちゃんの大事なご主人に手を出そうとした奴らはよぉ」
灼熱の瞳を煌めかせ、不敵に口角を上げる彼女ーーディアはゆっくりと右手を前に出し、人差し指の先を手前に曲げる。
「かかってこい。このディア様、今日ばかりは手加減できねぇからな」
その言葉と同時に、ディアの周囲の空間に亀裂が入った。




