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亜人娘が得たものは  作者: 戴勝
第22章
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第4話 私の決意

 アヒト兄さんと別れてすぐにテト、そして石化した状態で眠り続けるベスティアを連れて、私ーーレイラ・ユーザスは、アヒト兄さんの家を飛び出し、攻めてきた魔族からできるだけ遠ざかる様に、移動していた。


 魔襲警報が鳴り響いたことで、街の住民たちがまず向かったのは、この国の中心に建つ、ケレント城であった。そこへ向かえば多くの騎士兵たちが存在し、安全を確保してくれるという考えでのことだろう。


 もちろん私もテトと共にケレント城へ向かったのだけれど、ケレント城の周辺は住民で溢れかえっており、どうやら城内での受け入れ態勢が間に合っていないようだった。そのせいもあり、今はほとんど暴動のような状況になってしまっている。


 群集心理に影響されて暴れた民衆により、石化凍結されたベスティアの身体に傷がつきでもしたらアヒト兄さんに顔向けできない。


 そのため、私はテトと共にその場から離れ、魔族が侵入してきたとしても身の安全を確保できる場所へ向けて歩き続けていた。


「ごめんテト、一人でベスティアさんを持たせちゃってるけど、大丈夫?」


「平気なのです! ティアお姉ちゃんはテトが守るです!」


 私から話しかけて何だが、馬の姿で言葉を話されると口の動きに違和感を覚えて笑いそうになるからやめて欲しい。


 ベスティアを運ぶのに、人の姿では困難と予想されたことから体の大きな動物に変身し、紐でベスティアを括り付けている状況なのだが、それで上手く防衛できるのかは甚だ疑問である。


 私の歩調に合わせてくれているのか、速度はゆっくりで、他者から見れば田舎に帰る若者であり、とてもじゃないが現在避難中の者には見えないだろう。


 けれど、後方からは遠くからでも激しい爆発音が聞こえてきており、魔族がすぐ近くまで迫ってきている危機感がひしひしと伝わってきていた。


「私にもう少し力があったら、こうしてあてもなく歩くことなんてなかったのに……」


「そんな事ないのです。レイラはすごくすごく力があるのです」


「何よそれ、お世辞はやめてよね。私付け上がっちゃうから」


 アヒト兄さんみたいに運動が得意なわけでもなく、賢く行動できるわけでもない。できるとすれば格闘技を小さい頃に習っていたってことだけ。それもアヒト兄さんに影響されてのことであり、人一倍得意な事でもなかった。


「おせじではないです。本当のことなのです! レイラがいてくれたから、テトは人のことばを話せるようになったのです。レイラがいてくれたから、おいしいごはんを作れるようになったのです。テトはレイラからもっともっとたくさんのことをべんきょうしたいと思っているです。つまり、レイラにはすっごい力があるということなのです!」


 ふんすかと馬の鼻息を吹かしながらドヤ馬顔を見せてくるテトに、ついに私は堪えきれなかった。


「ぷふっ、フフフフフ」


「な!? なにがおかしいですか!」


「フフフ、いや別に? ちょっと私が思ってる力とは違うけど、面白かったから良しとします」


「むぅ、なんなんです」


 作れない膨れっ面のせいで言葉にうまく感情を伝えることができずに四苦八苦するテトに、腹の内側からより笑いが込み上げてきてしまう。


 だがそこで、テトの表情が私の発言に対する不満によるものだけではない事に気がついた。


 歩調は穏やかなはずなのに明らかに息が荒かった。


「……テト本当に大丈夫? やっぱり重いんじゃ」


「そんなことないです。まだまだ行けるです」


「でも、その様子はやっぱ私には看過できないから」


 私はテトが背負うベスティアへと手を伸ばし、触れた瞬間、強烈な熱量の刺激に反射的に手を引っ込める。


「あっつ!? え!? なにこれ。テトあんた、これまずいんじゃ……」


「? そういえば、この季節にしては暑いと思っていましたです」


 テトがそんなことを呟いた時、突如石化しているベスティアの身体が、青白い炎に包まれる。


「い!? いぁああっちちちちちち!?」


 ベスティアを中心に一瞬にして燃え上がった背中とともに、泣き叫びながら暴れ回るテト。


 だがいくら暴れても燃え続ける炎が消えることはない。


「ま、待ってテト! 今魔術で……!」


 私は懐から杖を取り出そうとして、今手元にそれがない事を思い出し、思わず歯噛みした。


 兄さんのバカ。私のバカ。どうして肝心な時にないのよ。


 暴れ回るテトを止めたいところだけれど、馬と人では単純な筋力パラメータが違いすぎる。下手すれば蹴り殺されることだってあり得る。


 そんな事もあり、テトを助けたいがどうしても体が動かず、「落ち着いて」と声をかける事しかできなかった。


 しかしすぐに、テトとベスティアを縛るロープが青白い炎により焼け焦げ、千切れた事で両者が分離され、同時にテトの姿がいつもの小さな銀髪の少女へと変わり、地面にうつ伏せで倒れる。


「プシュゥ〜」


 目を回して倒れるテトと、宙に浮いたまま青白く燃えるベスティア。


 それはまるで、魂が体から出ていったような、そんな光景に私は固唾を呑むことしかできなかった。


 いつの間にか、ベスティアの石化が全て崩れて焼失しており、閉ざされていた瞼がゆっくりと持ち上げられる。


 彼女は倒れるテト、そして見上げる私へと灼熱の瞳で視線を巡らせた時、今度は別の光がベスティアを覆う。


 それはアヒト兄さんが、ベスティアをーー使い魔を呼び出す時に使用される転移魔術の光だった。


 瞬く間にベスティアの姿は消え去り、後には静かに立ち尽くす私だけがそこにいた。


 視線を交わしたのは一瞬だったが、彼女の瞳からは私に向けて「頼んだ」と言っているように感じた。何を頼むかなど聞くまでもなく分かる。私の足元で、背中を赤く腫らしながら気絶する銀髪の少女、テトの安否と今後の安全をといったところだろう。


 私は大きくため息を吐いた。


 アヒト兄さんなら、今回のような状況に対してどう動いただろうか。やはり、自分の身を顧みずに燃えるテトを助けに入ったのだろうか。


「……やっぱり私は、まだまだなのね……」


 アヒト兄さんみたいに誰かのために動ける存在になりたい。そのためにはやはり、その背中を追うしかない。手を伸ばし、届き、そして追い抜くまで、私は努力するしかない。凡人が唯一持つことを許された『努力』という才能を私は全力で使い尽くす。


 私はテトが穏やかな寝息を立てていることを確認すると、担いでいたリュックサックを体の前に回し、火傷で腫れた背中に触れないように気をつけながらテトをゆっくりと背負いあげる。


 そして、徐にリュックサックから「魔術教本」と書かれた本を取り出し、私は歩き出すのだった。

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