第6話 敵勢力
「テト! レイラ!」
扉を開けて飛び込んだアヒトは留守番をしていた二人の名前を呼ぶ。
「兄さん! この鐘の音って、もしかしてって思ってたんだけどやっぱりそうなの?」
「ああ、魔襲警報だ。レイラはテトを連れて一刻も早く避難してくれ。すぐにここは戦場になる。いや、既にこの近くは戦場になっているかもしれない」
「分かったわ」
レイラは素直に頷き、急いで荷造りを始める。
その行動を見届け、チラリとアヒトがベスティアの眠る寝室へと視線を向けると、テトが壁から半分だけ顔を覗かせてこちらを見つめていた。
「テトも早く避難の準備をするんだ」
「…………ご主人さまは、また行くですか?」
テトが指す「行く」というのは、これから起こる戦争の事を指すのだろう。
アヒトは正直に首を縦に振る。
「……テトは……テトは反対なのです。もう、もうテトはいやなのです。たえられないのです!」
テトの目から大粒の涙が溢れてくる。
「なぜなのです。ご主人さまは、ティアお姉ちゃんが目を覚さないのに……なぜ、平気でいられるです?」
「テト、兄さんは……」
テトの質問にレイラが答えようとするが、それをアヒトが止める。
「そうやって戦いに行って、けがをして、つらくないのです?」
鼻を啜り、涙を流し続ける銀髪少女の下へゆっくりとアヒトは近づいていく。
「……テトは痛いのはいやなのです。つらいのも、いやなのです。だから……テトは、ご主人さまの考えていることがわからないです」
「テト、違うんだ」
「……?」
アヒトはしゃがみ込み、テトの目線に自分の目線を合わせる。
「おれだって辛いのは嫌だし、痛いのは嫌だよ。今もティアを助けることができなくて、すごく辛い。だから平気じゃない」
「ならなぜ、戦いに行くのです? テトたちといっしょに逃げて、いっしょにティアお姉ちゃんを守る方が良いのです」
アヒトは優しくテトの頭を撫でる。
「そんな事をしてもティアは喜ばないよ。魔族と戦ってこの国を守る。それがおれのやりたい事だし、悲しんでいる人は見過ごせないから。テトもそうだったろ? ティアが悪い人たちに連れて行かれた時、ティアが悲しんでいるっておれに伝えてくれたのはテトじゃないか」
「それは……でも、でも……」
アヒトはテトの身体を抱き寄せ、ポンポンと優しく背中をさする。
「大丈夫。大丈夫。テトは強い子だ。決して弱くなんかない。なんたってテトには勇気があるんだ。どんなに怖い奴でも立ち向かうだけの勇気がこの胸の中にある。それをおれとティアは何度も見てるから」
それを聞いて徐々にテトのすすり泣く声が小さくなっていく。
「おれはテトの笑顔が好きだ。戦って怪我して辛い思いをしても、テトがいつもこの家を守ってくれて、笑顔で迎えてくれるだけでそんな気持ちはいつも吹き飛んじゃうんだ。だから、もう泣くな。泣いた顔なんて見せてもティアが怒るだけだぞ」
アヒトの言葉を聞いたテトはアヒトから離れ、ゴシゴシと自分の服の袖で目元を拭う。
「はいです! もう泣かないです。これからは弱いじゃなくて、強いテトになるです! ティアお姉ちゃんに褒めてもらえるくらい強いテトになるです!!」
「その意気だ」
最後にもう一度テトの頭を撫でたアヒトは立ち上がり、石化したベスティアの下へと向かう。
家を出る前と何も変わらない姿で眠る少女の隣に膝を突き、冷たく硬い手を崩れないようにそっと握る。
「……行ってくる。必ず戻るから。戻って、すぐに起こしてやるからな」
小さく呟いたアヒトはベスティアの顔に近づき、その唇に自分の唇を静かに重ねる。
ゆっくりと唇から離れ、今度は額と額を重ねる。
「……愛してる」
自分の体温を流し込むように、自分はここにいるという事を少しでも伝わるように数秒間じっくりと重ね、それを終えると立ち上がり、レイラたちがいるリビングへと向かう。
「ティアを頼む」
「任されたわ。あんな小さな身体でも一応私の義姉だもの。家族なら全力で守るわ」
胸に手を当てて強く頷いたレイラ。
視線を移動させてテトの方へと向けると、銀髪少女も同様に静かに頷いた。
目元は赤いが、もう涙を流すような事はないだろう。
そしてアヒトが玄関へと向かったところで、レイラによって呼び止められる。
「待って兄さん。これ持っていって」
「これは……!」
アヒトの手に渡されたものは、見間違うはずもない、紛れもない魔術士用の杖だった。
「ボロ臭い剣よりかはマシでしょ」
「そうじゃなくて、どうやって手に入れたんだ」
魔術士用の杖など、かなりの値がするはずである。レイラのような年代の者が買えるような品ではなかった。
「秘密! とにかく持っていけバカ兄さん」
とんっと背中を押したレイラ。
アヒトが振り返るとレイラはサムズアップをしていた。
「ありがとう! 行ってくる!」
そう言ってアヒトは扉を開けて外へ飛び出した。
外では壁に背を預けて待つアリアが出迎える。
「悪い待たせた」
「もういいの?」
「ああ、大丈夫」
「そ、なら行くわよ。国の騎士団を下に見てはいないのだけれど、私たちが加われば、彼らの負担は軽減されるはずよ」
「そうだな」
そう言ってアヒトは駆け出そうとしたがアリアによって静止される。
「なんだよ」
「ん」
「ん?」
アリアはアヒトに向けて手を差し出してきていた。
「走るのは効率が良くないわ。これから戦場に行くのだから体力は温存しておくことを念頭におきなさい」
「……うん?」
言葉と行動が一致していないような気がしていまいち理解ができなかった。これから仲良く手を繋いでゆっくり戦場まで歩いて行くと言うのだろうか。
理解できないままアヒトはとりあえずアリアの手を握る。
すると、小さく笑みを浮かべたアリアはアヒトの手を強く握り返し、
「死にたくなければ私の手を離さないことね。シナツ!」
「おいそれどういう意味どぁあああああああああああ」
突如アヒトの視界に映る景色が加速した。
次々と木や家がアヒトの後方へと流れていく。
足元をよく見ると、アリアの脚は風に纏われており地面から数センチ浮いた状態であった。
前方には風の障壁を生み出して空気抵抗を減らし、後方へは渦を巻いた突風を瞬間的に発生させる事で高速移動を可能にさせているようだった。
門に辿り着いた時には既に戦闘が始まっており、かなりの数の負傷者が既に出ているようで、医療テント内にはかなりの騎士兵が運ばれて来ていた。
「すみません! おれたちもお手伝いします!」
近くのテント内で地図を広げ、話し合っていた騎士隊長と思われる人物にアヒトは声をかける。
「君は……冒険者、か? 早く避難するんだ。君が敵う様な相手ではないんだ」
「それは、分かってます……でも!」
「誰か! この少年を安全な場所へ!!」
アヒトの話に耳を貸さず、邪魔者扱いする騎士団長。
そして指示された事でアヒトの前に数名の兵士がやってくる。
「お待ちなさい! 彼は私の従者です。少しでも手を出すようなことがあれば即刻社会的抹殺を行います」
「あ、貴女様は!?」
アヒトの陰から姿を見せたアリアは、強い口調で兵士の動きを止める。
「エトワール嬢! なぜここに、それにそのお怪我は!?」
「問題ありません。それよりそこの兵士たちを退かせなさい。邪魔よ」
「は、はい!」
すぐに騎士団長はアヒトの前に立つ兵士たちを下がらせると、アリアのために椅子を用意させる。
「戦況は? 相手はどんな魔族なのかしら?」
用意された椅子に腰掛けたアリアは騎士団長に向けて質問する。
てっきり立ったままでいると思っていたアヒトはアリアの行動に意外性を感じたが、よく見るとアリアの頬には汗の玉が流れており、やはりアリアの身体はまだ本調子ではないことが伺えた。
そんな状態でも魔族と戦うと宣言するアリアの度胸に感心するとともにアヒトは初めて立会う作戦会議というものに耳を傾けるのだった。
「はい、戦況は余り芳しくない状態です。想定以上に相手が強力なのか、それとも我々が平和ボケし過ぎたのか、重傷者が後を絶ちません」
「そんな事は言われなくても見れば分かります。相手の種族を教えなさい。それと数を」
「はい、相手の魔族は、小太り緑皮膚に小人という特徴を持つ邪精『ゴブリン』。その数、2万です!」
魔族の中では下位の種族となるゴブリン。武器の作成を得意とし、集団での活動を主としていることから他の下位魔族より厄介となり得る存在だ。
だが何故人界に攻めてくる魔族が1種族だけなのだろうか。
結界壁が壊れたことを認知しているのがゴブリンだけなのだろうか。
そんな事を考えながらもアヒトはテント内に飛び交う様々な話し合いを聞き入れるのであった。




