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亜人娘が得たものは  作者: 戴勝
第21章
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第2話 刀少女の強襲 その2

「…………っ」


 サラの片足が一歩後退する。


 チスイの放つ魔力による恐怖からではない。サラの記憶に残っている彼女が倒れる姿、それがサラの中でフラッシュバックを起こし、彼女をまた傷つけてしまうのではないかという不安と惧れを抱いてしまったが故の無意識的な逃避行動によるものだった。


「な、なんで俺たちを追って来るんだよ」


 アキヒの疑問についてはサラも同意見だった。


 病院にはサラたち以外にも多くの人が存在していた。それなのにわざわざ避難した自分達の元へとやって来た理由は何なのか。


 それとも目は虚でも、心のどこかでサラの事を恨んでいたとでもいうのだろうか。それならば仕方がない事だと割り切ることができるかもしれない。


「アキヒ君。たぶん標的は私だから、離れてて」


「なんだって!?」


 サラは自身の魔力を一気に解放する。


 ローブで見えないだろうが、今のサラは耳の形が変化し、瞳孔が縦に伸びた状態、つまりサラの暴走していた時の姿に近い状態になっている。


 唯一異なるところは、右手首に付けられたブレスレットのおかげで解放される魔力がセーブされていることくらいだ。


「あぁ……ああああああ」


 魔力を解放したサラを見たのか感じたのかは定かではないが、チスイが半狂乱の如く絶叫しながらサラに向けて駆け出した。


 久しぶりに体を動かしたためなのか、それとも何かに操られているからなのか、チスイの足運びはどことなくぎこちないものだった。


 だが、その手に握られている刀が振られた時の鋭さは目を疑うほどに速かった。


「……くっ」


 チスイの横凪の斬撃を身体を反らすことで躱し、再びチスイが身体を回転させて同じ方向からによる横凪の斬撃を繰り出して来たため、そのまま右手を地面につけて後方倒立回転を行い、回転の勢いでチスイの刀を蹴り上げる。


 ガキンという金属音と共に、自身の体が急激に倦怠感を覚える。


「魔力を吸われた? 何なのあの刀」


 蹴り上げられたことでよろけたチスイだったが、すぐに体勢を整えてもとのだらりと力が抜けたような体勢戻る。


「ナミヒラさん! あなたが私の事を恨んでいることは分かるよ! 今日はその事について謝りに来たの。だからどうか落ち着いて話を聞いてほしいかな」


 そんなサラの言葉が聞こえていないのか、チスイは再び駆け出す。


 今度はその足取りは綺麗なもので先程よりも素早い動きをチスイは見せていた。


 上段から振り下ろされたチスイの手首をサラは掴み、踏みとどまる。


「うぅ……」


 だが刀身は受けていないにもかかわらず、サラの身体の至る所に傷ができていく。微量だが斬撃が拡張しているのだろう。綺麗なローブが一瞬でボロボロになってしまった。


 徐々に脚が後ろへ滑っていき、膝を突く体勢に入ったサラは歯噛みする。


 人の身でありながら、掴むサラをそのままに上から斬ろうと押し込む力は常人を超えていた。


 だが、それでもサラは反撃などしなかった。


 チスイを傷つけるつもりはない。傷つけたくはなかった。


 もう一度彼女を傷つけてしまえば、自分の中にある何かが弾けてどろどろに溶解しそうで怖かった。


 二度と戻れない、這い上がることができない暗闇に落ちそうで怖かった。


 せっかくみんなのおかげで幸せという光に向けて踏み出したばかりなのに、その光がまた失われそうで、怖かった。


 怖い、怖い、先が見えなくなる自分が怖い。


「……怖い、けどっ」


 サラは脚から地面へと魔力を流し込む。


「私にだって、誰かを傷つける以外のことだって出来るんだから!!」


 そう叫んだサラの周囲から木の根が勢いよく生えて来る。


 それはまるで蔓のようにチスイの手や脚、身体に巻き付き、一瞬にして身動きが取れない状態へと陥らせた。


「はぁ……はぁ……上手くできた、かな」


 この木の根はサラが公園に生えている木に魔力を注ぎ、根だけを急成長させたものである。


 この根に囚われた者は、サラが地面に足をつけている限り、この根から逃れることはできない。


「ナミヒラさん! 目を覚まして! ナミヒラさん!」


 虚な瞳をする少女に呼びかけるサラ。


 ナミヒラという呼び方に違和感を覚えてはいたが、いきなり名前(ファーストネーム)で呼ぶのはサラの内心で憚られていたため、そう呼ぶ事にしている。


 だが、呼びかけられた本人の口からは一言も発せられることはなく、静かに動きを止めていた。


「うっひょー。さすがサラさん。俺が出る程でもなかったじゃん」


 アキヒが軽い足取りでサラに近づいていく。


「アキヒ君は無駄に防御力が高いだけでしょ? それ以外の戦闘力は皆無に等しいよ」


「ガーン……」


「なにその顔。言っておくけど本当のことだからね? もうちょっと強かったら…………?」


 サラは周囲の景色に違和感を覚えた。


 しかもその違和感はこの公園に限っての話だった。


 パキッという音がしたことにより、サラはその方向へと視線を向ける。


「おい、どうしたんだ?」


「しっ! ちょっと待って」


 今の音は何なのか。何かが弾けたような音。


 サラは音の方向にある一つのものに目をやった。


「木が……枯れている?」


 今の季節は冬だから葉が全て落ちている事くらいはあり得よう。


 だが、木そのものが枯れているのは明らかにおかしかった。


 サラは周囲を見渡す。


 公園に生えている木の全てが朽ちて今にも崩れ倒れそうになっていた。


「まさか!?」


 サラは木の根によって縛られている少女へと身体を向けて駆け出す。


 サラが刀を蹴り上げた時に魔力を吸われたあの出来事がなかったら気がつけなかったかもしれない。


 もし、あの刀が魔力を持つものの全てから吸収できるのだとしたら、たとえサラが地に足をつけていたとしても拘束の意味がなくなる。


 サラが一瞬にしてチスイの背後から抱きついて動きを止めにかかったと同時に少女を拘束していた木の根が朽ち落ちる。


 そして、チスイは握る刀を逆手に持ち替え、背後にいるサラの腹部を突き刺した。


「うぐっ……!」


 サラの体内から魔力が一気に吸われていくのを感じる。


 早く抜かなければいずれ魔力欠乏症になるだろう。吸血鬼である以上、死ぬことはないかもしれないが、生死を彷徨うところまではいくかもしれない。


 だが、今ここから離れれば、チスイを再び暴れさせる事になる。


 サラが刺された事でアキヒも加担しようと駆け寄って来るが、突如それまで無言だったチスイの口がゆっくりと開かれた。


「……『烏鷺(うろ)』」


「ーー!! アキヒ君下がって!!」


「んな!?」


 サラの叫びにアキヒは足を止める。


 だが、チスイが言葉にした技は、サラにだけ向けられたものだった。


「うっ……!?」


 サラの体内で何かが暴れている。そんな感覚を得た刹那、サラの上半身が弾け飛んだ。


 ドサリと地面に倒れる残ったサラの下半身。


 そしてアキヒとチスイの上空からはサラの血液が降り注いでくる。


「お、おい……嘘だろ、サラさん!!」


 アキヒが急いでサラの下半身に駆け寄る。


 チスイがアキヒを攻撃するかもしれないと感じていたが、どうせ自分には刃は通らない。


 そう確信してサラに日が当たらないように覆いかぶさる。だがしかし


「ごほぁっ……!?」


 チスイの刀はアキヒの背中を勢いよく貫いていた。


 すぐに刀は引き抜かれ、チスイはアキヒに背を向けて歩いていく。


「うぉおんどりゃ待たんかぃ!! ぜぇ、ぜぇ、俺の、サラさんをよくも!!」


 アキヒは剣を抜いておぼつかない足取りで駆け出す。


「せめてその腕一本置いてけやぁ!!! ごふっ」


 背後から斬りかかったアキヒだったが、チスイの振り向きざまに放った斬撃の方が速く、胸元を切り裂かれ吹き飛ばされてしまった。


 地面を転がり、枯れた木の幹に背中を打ち付けて止まったアキヒがゆっくりと体を起こす。


 だがその時には既にチスイの姿はなかった。


 アキヒは胸元を押さえる。


 胸の鎧のおかげで深い傷にはならずに済んだ。代わりに鎧が砕けて使い物にならなくなってしまったが、自分が生きているのであればそれでいい。


 それよりも、サラの状態が気になった。


 咄嗟に下半身に覆いかぶさったが、服を着ている以上、サラがすぐに灰になることはないだろう。


 すぐに日陰に運んでしまえば大丈夫なはずだ。


 そう思い動こうとした時、すぐ隣にサラのブレスレットが転がっているのを確認した。


 そしてそのすぐ近くには顔の半分が潰れて血溜まりを作っているサラの頭部も存在した。


「サラさん!!」


 アキヒは半分潰れたサラの頭を自分の懐へと引き寄せる。


 急いで自分の傷を手で拭ってサラの口元へと近づける。


「ほら、サラさん! 俺の血を飲んで!」


 そう叫ぶもサラは口を動かす事ができないのか、ピクリとも動かない。


 僅かに瞳が動いているため死んではいないのは確かである。


 左脳が潰れたことから言語能力や思考判断力が低下していることが原因なのだろう。


 そう理解したアキヒは後ろの腰にあるナイフを取り出して自分の手首を薄く切り、その切った手首を強く握ってサラの口へ流し込む。


 すると、潰れていた頭部が再生し、首、胸、腕と徐々に新しい身体が作られていく。


 だが、昨日もサラに血を吸われているため、アキヒの視界が貧血ですぐにぐらつく。


「まずいじゃんこれ……」


 そう呟いたアキヒの腕を再生したサラの腕がガシッと掴んでくる。


「……お願い、もっとちょうだい……血が、飲みたいの……」


「ま、待て待て、焦る必要はないじゃん!」


 サラの瞳がギラついている。我を失い完全に本能に従って動いてしまっている目だった。


 サラがアキヒを押し倒して覆いかぶさる。


「全然足りないから……もっとたくさん出して」


 そう言ってサラがアキヒの首筋に噛みつき、血を吸い上げる。


「く……そ……」


 視界が明滅する。


 さっきまでのサラじゃないのは確かだ。


 何が原因なのか。


 動かせる範囲で視線を動かし、そして見つけた。


 サラの身体が弾けたことで外れてしまったブレスレットが、すぐ隣に転がっている。


 もぞもぞと腕を這わせてブレスレットに手を伸ばす。


「ふふふ、だぁめ! 動かないの。でも血の巡りが悪いね。絞れば出てくるかな?」


 サラがアキヒの首を両手で握る。


「うぐっ……!」


「あは! 出た出た面白い! もっと出して! ぴゅーって出して! いっぱい出して! あはははは」


 このままでは失血の前に窒息死する。


 地面に爪を立てながら必死でブレスレットを探し、その指先にコツンと当たるものを感じたアキヒは藁をも掴む勢いでそれを持ち上げ、視界に収める。


「よ……し……」


 息ができず、もう視界も半分以上が暗闇に覆われている。


 サラはアキヒの首筋から流れ出る血液に夢中になってしゃぶりついている。


 震える手でそっとサラの手首にブレスレットを取り付けた時、サラがスッとアキヒの首筋から頭を持ち上げる。


「……あれ? 私……」


 そして血まみれのアキヒと自分の裸体を視界に収めたサラは顔を一気に赤らめさせた。


「や、やぁ、いいおっぱいさん。元気そうで何よりじゃん」


「ひゃあああああああ!」


 悲鳴を上げたサラはアキヒから勢いよく飛び退き、大事な部分を手で隠す。


「見ないでよ変態! 一体何がどうなってるのかな!?」


「どうもこうもないじゃん。俺は血まみれ、おのれは素っ裸。この状況を理解できないわけではないよな」


「そ、それは……」


 サラは自分の口についていたアキヒの血を拭ってペロリと舐める。


 

 甘くておいしい……



 おそらく、否、確実にサラはアキヒによって血を与えてもらっていた。


 なぜそのような状況になったのか。


 サラは自分の記憶を思い返し、チスイによって自分の身体が爆ぜるところまでを思い出した。


 それ以降の事は全く覚えていなかったが、おそらくまた、サラは暴走してしまったのだろう。


 サラは起き上がれないでいるアキヒにゆっくりと近づく。


「……えっと、ごめんね。それと、ありがと」


「えへへ、いいってもんよ。それに良いものも見れたし」


「〜〜〜〜!!!」


 再び赤面したサラはその場にしゃがみ込み、日向で灰になりかけている昔の自分の下半身へと指を差す。


「いいいいいから! さっさと私の下半身から、し、しし下着とか、着れそうな布取って来てよ!」


「いやぁ、お生憎様動けないっすわぁ」


「んんんんもぉ!!」


 仕方がないのでアキヒへと近づき、背中を支えてゆっくりと起き上がらせる。


「た、立てるかな?」


「……そうだなぁ。一つだけ手伝ってくれたら、たぶん完全に立つわ」


「何かな? 私ができることならするよ?」


 助けてくれたのだ。この身体でできる事があるのなら、何でもする。


 魔法で運んでほしいとか。血が減ったので美味い水を用意するとか。


 今のサラなら容易い事である。


「おっぱい触らせて」


「……(にこり)」


 気づけばサラの下半身がある所まで殴り飛ばしてしまっていた。

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