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亜人娘が得たものは  作者: 戴勝
第21章
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第1話 刀少女の強襲 その1

 強くなりたい。


 私はそう願って刀を手にした。


 誰よりも強くなり、じっちゃんの勇姿を世に広める。私の父はこんなにも強かったのだと。

 


 己が強ければそれでいい。強くなるためならば鬼にも魂を捧げるつもりだった。


 だから、妖刀『幻月』を手にした。


 貰ったから使う。そんな甘い気持ちなど毛頭なかった。


 幸い、『幻月』も私の気持ちに応えてくれたのか、私に力を分け与えてくれる。こんな少ない魔力でも『幻月』が有ればどこまでも強い私でいられる。


 そう感じていた。



 だが故郷を出て、さまざまな人に出会い。ライバルに出会った。共に強さを認め合える良き友人(ライバル)に。


 それがいけなかったのだろうか。


 己が至るための最大の(ライバル)としても認容してしまったが故に、ある日を境に『幻月』を感じる事が出来なくなった。同時に制御も難しくなった私は、それまで普段から『幻月』に与えていた魔力を戦闘時にのみ与えるようになっていった。

 


 無意識に、畏怖してしまっていたのかもしれない。


 このまま使い続ければいずれ私自身が『幻月』に喰われてしまうのではないか、と。




 至るべき存在に勝つ前に、己の心が負けてしまった。



 そう気づいた時には既に、私の目の前には出口のない永遠の暗闇が広がっていた…………。









 サラの暴走を止めたアヒトは一度アリアを病院へ送り届け、ベスティアも見てもらうはずだったが、医者はベスティアの姿を見るなり、一目で対処不可能と判断したのか、断りを受けてしまった。


 そのため、ベスティアを家の自室に運び入れ、アンとリオナとともに出来うる限りの魔術を使ってベスティアの石化の解除を試みたのだが、失敗に終わった。


 否、正確には失敗ではない。リオナの回復魔術のおかげで体内に浸透する石化の呪いを上手く食い止めることができているため、完全に手の施しようがないとは言えない状況である。


 アンの魔術のおかげもあり、石化している状態でもベスティアは生きる事ができているのが幸いであるが、それを確かめる方法はどこにもない。


 ただ、アンの言葉を信じるのみである。


 徐々に表情に陰りが生まれ、瞳に光がなくなりかけているアヒトにサラは何もする事ができず、ただ数歩離れた先から眺めることしかできなかった。


 アンとリオナ、そしてロマンが作ってくれたブレスレットのおかげで日の下を歩いてもすぐに灰になる事はなかった。常人の数十倍の速度で日焼けをしてしまうため、肌を晒すことは避けなければならないし、アヒトの家に来る際も予め持ってきてくれていた人1人を覆える布を被り、ここまで歩いて来た。


 それだけサラのためだけに多くの用意をしてくれた友人達に何かお礼がしたかったし、助けになりたかったのだが、ベスティアがあのような状態になってしまった原因主であるサラが石化の解除方法を知らないのだからどうしようもなかった。


「……私のせい、だよね」


 小さく呟いたサラの肩に1人の青年がゆっくりと手を乗せる。


「違う。サラさんのせいじゃないさ」


「アキヒ君……」


 アキヒと呼ばれた青年はニカっと満面の笑みをサラへと向ける。


「……何を根拠にそんなこと言えるのかな。適当な事言わないでよね」


 ジト目でアキヒに視線を向けたサラはペシッと肩に置かれたアキヒの手を払う。


「えへへへ、わりぃわりぃ。じゃさ、どっか行きたいところある?」


「行きたいところ?」


「おうよ。なんかサラさん、いろいろと忘れちまったそうじゃん? だからさ、俺で良ければその失った思い出の穴埋めに付き合うぞーなんて……」


 言ってて照れくさくなったのか、アキヒは頬をポリポリと掻く。


 記憶の欠損はアキヒの血を飲んだ時点から治まっているし、吸血畸化の進行も止まっている。


 そのため、失った思い出は別にアキヒと行かなくても目の前にいる親友たちとこれからいつでも作っていける。


 よって、今思い出となるような楽しい事をするのは全くもって必要がないとサラは結論付けたのだが、そこでふと、忘れてしまった少女の顔と名前が気になってしまった。


「……私の行きたいところに付き合ってくれるんだよね?」


「おう、もちろん」


 ベスティアを身を挺して庇い、倒れて行った少女。


 彼女のいる病院へとサラとアキヒは向かうことにした。





 アヒトの家を出て忘れてしまった少女の眠る病院にやって来たサラとアキヒ。


 ここは先程アリアを送り届けた病院でもある。


 来る前にアヒトにさり気なく少女の名前をアキヒが聞いてくれていた事から受付でも怪しまれずに病室を聞く事ができた。


「そういえばさ、左腕とか大丈夫なわけ? あんな禍々しい腕、他の人には見せられないじゃん?」


「あーうん、それなら大丈夫」


 サラはアキヒに向けて左腕を見せる。


 サラの左腕は綺麗な人の腕の姿をしていた。


「うぇ!? どーなってんの」


「えっと、あなたの血を飲んだからかな。ほら、背中の羽根も目立たないでしょ」


 目を凝らせばローブ越しに膨らみを見つけるくらいにはサラの羽根は小さくなっているようだった。


 それだけでなく、サラの瞳の瞳孔も縦には伸びてはおらず、耳も人間のものと変わらない程度には縮んでいんいた。


「まぁ、魔力を解放すれば全部元通りなんだけどね」


 普通に生活する分には問題となることはほぼないと言えるだろう。


 そんなことを考えていると、いつの間にかアキヒの姿が消えていた。


「あれ……?」


 アキヒがどこで何をしていようとサラの知ったことではないのだが、突然いなくなられるとそれはそれで少しは心配にもなるというものである。


 周囲を見渡すと、サラの後ろにある別棟に繋がる渡り廊下の方からアキヒと思われる声が聞こえて来たため、そちらへと歩み寄ってみる。


「…………」


 ひょこっと顔だけを廊下の角から覗かせたサラの瞳が一瞬で冷たいものとなる。


「良いじゃん良いじゃん! ちょこっと遊びに行くくらいさー。なんなら連絡先教えてよぉ。あ、連絡先っていうのは住所のことね! こっちでは連絡手段なんてーー」


「し、仕事中ですので、困ります! 患者さんのご迷惑にもなりかねますので!」


「そんなこと言わずにさぁ」


 迷惑そうに嫌がる看護師に言い寄っていたアキヒの脳天に突如強烈な衝撃が与えられ、床にめり込んだ。


「ぐぇあ!?」


「ひっ!」


 顔を青ざめさせた看護師が見たのは、般若のような形相のサラだった。


「……失礼しました」


「え、えぇ」


 サラはアキヒの頭を左手で掴んで引きずっていく。


「あ、おねぇさんまたねぇ〜」


 床が凹むほどの威力で頭を殴られたはずのアキヒは鼻血を少し出したのみで引きずられながら笑顔で看護師に手を振っていた。


「黙ってくれないかな!?」


「いいいいててて! もげる! 頭がぁあ」


「こんなことじゃびくともしない事くらいもう理解できてるんだからね!」


 何をしていようが知ったことではなかったが、アキヒが他の女性に向かっていくことだけは許せなかった。

 


 私のことが好きなら私だけを見るのが普通じゃないのかな!?



 それともやはりただ言いくるめられただけだったのだろうか。


 嘘は嫌いだ。特に自分を騙すような嘘などは怒りで殺してしまいそうになる。


 だから、アキヒのことはまだ信用できないし、嫌いである。


 無意識に自分の悪い感情が表に出そうになってしまい、咄嗟に首を振って冷静になりつつもアキヒの行動には容認しかねるのでそのまま引きずっていく。


 アキヒを引きずりズカズカと歩幅を大きくして歩いていくと、突き当たりにアヒトが言っていた少女の名前が記入されたプレートが壁に取り付けられているのを発見した。


「ここ……だよね」


「いてて……もう、サラさんは怒りっぽいんだから」


 好きでこんな性格になったわけじゃないと言いたいところだが、正直、前の性格がどんなだったのかは覚えてはいない。


 好意を寄せていた人物に振り向いて欲しくて必死に取り繕っていたような気もするが、今となってはその好意を抱いていた人物が誰なのかさえポッカリと穴が空いたようにわからなくなってしまっている。


「……確認するけど、チスイ・ナミヒラであってるんだよね?」


「そう聞いてるけど? 俺も会ったことはあるんだけど、あの時は暗かったから正直顔とかあんま覚えてないや」


「そうなんだ」


「そぉ! だから名前からして可愛いと俺は思うわけじゃん。ぐへへへ(チスイってどんな字書くんだろ)、あ痛っ」


「変な顔しない」


「え! 俺そんな変な顔してた!?」


「はぁ……」


 サラは大きくため息をこぼしたが、アキヒのおかげか扉の前に立った途端に湧いて来た緊張も和らいでいた。


 扉のノブに手をかけたサラはゆっくりと開ける。


「……!!」


「ごあ!?」


 突如サラとアキヒに謎の圧が襲いかかった。


 サラは咄嗟に腕を交差させて体勢を前に傾けることで何とか持ち堪えたが、アキヒが腰を抜かして倒れてしまった。


 おそらく魔力による圧なのだが、サラの知る魔力とは少し違っていた。


「なに、これ」


 今までにない凶悪な魔力にサラの背中に冷や汗が流れる。


 恐る恐る中へ入ると、そこには身体を横にしたままベッドの上で宙に浮く少女がいた。


 おそらくあの少女がチスイであり、なぜ彼女が浮いているのか、その原因となる物は自ら禍々しいオーラを放ちながら現れた。


「何だあの刀は!?」


 アキヒもその刀の恐ろしさに絶句する。


 その刀は自らチスイの腕へと向かい、少女に触れた瞬間、周囲が吹き飛んだ。


 窓ガラスが弾け、壁が砕け、天井が崩落する。


 サラはアキヒを抱え、自身の魔力を解き放つことで背中の羽根を解放して空へ舞い上がり退避に成功する。


 すぐに病院から距離を取ったサラは近くの公園に着地した。


「何なのかなあれ!?」


「俺が知るわけないじゃん!」


 そんな短いやり取りの間にチスイがサラとアキヒの前に現れる。


 その手には鞘から抜かれた刀が握られており、チスイは瞼をうっすらと開けてはいたが、その瞳に光のようなものは一切感じられなかった。

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