第9話 報告
「ちゅー……はっ!! 飲みすぎたかな!?」
唐突に我に返ったサラはアキヒとの体勢に気付き、すぐさま飛び退く。
「だ、大丈夫。全然平気、さ!」
アキヒが青白くなった表情でニコリと笑みを浮かべサムズアップする。
「とても平気そうには見えないんだけど!?」
サラがそう叫ぶと、隣から駆け寄ってくる1人の少女に気がついた。
「サラちゃぁああん!」
「わっ、アンちゃん。ちょっと危ないよ? 今の私こんなんだし……」
「んん気にしない! だってサラちゃんはサラちゃんだからね!」
そう言って再びサラに抱きつくアンにサラは柔らかく微笑んだ。
こんなにもすぐ近くに自分のことを思ってくれている人がいたということを忘れてしまっていた。
自分の醜い姿を見せることで離れて行ってしまうのではないかと心のどこかで怯える自分がいたのだろう。
サラもアンの身体が潰れない程度にギュッと抱きしめた。
「うん、サラちゃんちょっと痛いかも」
「あ、ごめん」
それでも痛かったようだった。
そこへ、アリアを背負ったアヒトがやって来る。
「あ、アヒト……」
「やあ、サラ。元気になって何よりだよ」
そう言ったアヒトの顔は少し悲しげだった。
そのため、サラはアンから身を引き、深々と頭を下げる。
「ごめんなさい。私のせいで、ベスティアちゃんを……」
「あぁ、良いんだ。ティアはまだ生きてる」
「え?」
「生きてるんだ。だからおれはこれから目覚めさせる方法を探すつもりだ」
「わ、私も手伝うよ?」
そう言ったサラにアヒトは手を前に出して拒否する。
「悪い、サラのせいじゃないことは分かってるんだ。でも……」
「そう、だよね。ならせめて家まで運ばせて?」
そう言ったサラはベスティアの眠るところまで飛んでいき、そっと抱き起こす。
「一人じゃ危ないから」
そう言ってアヒトは「治癒」魔術をかけられて大分動けるようになるまで回復したアキヒにアリアを任せ、サラと一緒にベスティアを抱える。
「亜人の嬢ちゃんの事は、その……俺も悲しいよ。死んではいないって分かっててもしばらくその状態なのはきついよな」
アキヒがアリアを背負いながら近づいてくる。
「いや、アッキーのおかげでサラの暴走を止めることができたんだ。礼を言うよ」
「いやいや大したことしてない………っておい、今俺の名前呼んだ? 呼んだよな? な?」
「うるさいちょっと静かにしてくれ。こっちはティアを運ぶのに忙しいんだ」
何かの拍子にぶつけてティアの身体を壊してしまっては元も子もない。
「ほんとだよ。静かにしてよねアキヒ君」
「二人とも辛辣すぎない!? けど、サラさんが俺の名前呼んでくれたからいっかぁ」
「……もう呼ばないよ?」
「えぇえええ」
何でこんなに元気なのだろうとサラは思ってしまった。
鬱陶しく暑苦しいようなこんな人物に自分はまんまと言いくるめられてしまったのかと思うとため息を吐かずにはいられなかった。
何せこれからこの青年と共に行動することになるのだから。
それでも、彼ならこれからの日々を楽しくさせてくれそうだと、そう思う自分がいた。
後日
「なるほど、アヒト君には辛い思いをさせちゃったようだね」
事の詳細を説明し終えたアヒトにマックスは労わるように静かにそう言葉にし、アヒトの目の前に中身が詰まった麻袋が置かれる。
中を見なくてもこれが何なのかくらい誰でも理解できるというものである。
「ベスティアさんのことはこれで許してほしいとは言わないけど、事件解決の謝礼くらいはさせてほしい。勿論、僕たちも全力でベスティアさんにかけられた魔法を解く方法を探ってみるつもりだよ」
アヒトはゆっくりとした手つきで麻袋を手にし、懐へ仕舞う。
「……じゃ、これで」
そう言ったアヒトはマックスに背を向けて扉へと向かう。
「待って。今回の件が終わったばかりで悪いんだけど、アヒト君に一つ頼みがあるんだ」
マックスの言葉にアヒトは足を止め、視線だけを青年に向ける。
「実は、僕らの遠征組が確認した情報なんだけど……」
マックスの優しい瞳が真剣なものへと変わり、珍しくその表情に焦りのようなものが浮かんで見てとれた。
「魔界と人界とを隔てる結界壁が何者かによって破壊されたみたいなんだ」
「ーーッ!」
アヒトの瞳が大きく見開かれる。
「破壊された時間はほんの数時間前。僕の父が魔族側と繋がっていたことから、他にも繋がっている人物がいることは把握していたし、捜索もしていた。そして、いずれこうなることも予想はできていたんだ……」
だがここまで行動が早いとは予想ができていなかったのだろう。
マックスの顔には連日思考を巡らせたであろう疲労が表情に現れてしまっている。
それもそのはず、結界壁は通常、並の人間の力では破壊することなど困難、否、不可能に近いはずなのだ。それをボレヒスが死んでまだ1ヶ月弱しか経っていない期間で破壊するとなると相当な規模の魔術士が必要になる。
「近々、僕たちと魔族との戦争が起きるかもしれない。その時、君の手も借りたい」
「今のおれでは何の役にも立たないかもしれないぞ」
「いいや、君という存在が居てくれるだけでいいんだ。良き友人として、仲間として、頼れる存在は人の心の緊張をほぐす効果があるからね」
そんなことで良いのならとアヒトは静かに首を縦に振った。
「良かった。君の心境の回復も大事だろうから、しばらくは連絡はしないでおこうと思ってるよ」
「ありがとう。だけど、いつでも呼んでくれ。おれはベスティアを助ける方法を探し続ける」
「そう。無理をしてはだめだよ」
「ああ、無理はしない。だけどこれが、おれが今やるべき事だと思ってるんだ」
自分1人では何もできないが、幸いなことにアヒトは、答えに辿り着けそうな有能な人物たちと関わりを持ってしまっている。
アヒトは今度こそマックスに背を向けて部屋を後にする。
静かになった部屋でマックスは椅子に座りながら一度背伸びをし、コーヒーを口に含む。
「……さて、問題はなだれ込んで来た魔族たちに対して今の僕らがどこまで対抗できるか、だよね……」
一人一人の戦力は十分に足りていると言えよう。重要なのは相手の数である。
「僕たち国ひとつ分の戦力と、魔界という大陸ほぼ全ての魔族を相手に戦って生き残れるのだろうか……」
その凄惨な惨劇と化した戦場を想像してしまったマックスは思わず頬を引き攣らせる。
人間という種族を滅ぼすことだけはさせてはならないと本能がマックスに訴えかけてきていた。
だがそこで、扉をノックされたことでマックスは思考を停止させた。
「副団長デューク、入ります」
入って来たのは現在の騎士団副団長のデューク。
少しだけ焦ったように忙しなく入って来たデュークに、マックスは声をかける。
「どうしたんだい。そんなに慌てて」
「は、はい。ご報告があります。破壊された結界壁の穴から使い魔を放ったところ、内部に破壊した犯人と思われる人物を確認しました」
「……っ! 特定はまだなのかい?」
「はい。対象者の服装は、どうやら病衣を着ているようで、少しばかり特定には時間がかかるかと」
「病衣?」
何故そんな格好なのか。魔王と繋がっている人物は病に侵されているとでも言うのだろうか。だが、そんな人物が結界壁を破壊できるほど魔力を持ち合わせているとは到底考えられない。
「他に特徴は? 何か持っていたとか」
「はい。背後から確認したため、詳細な容姿容貌は不明です。ですので、現在判明している事を報告します。被疑者の髪は頭頂部で結い上げている状態、髪の色は夜のように暗い闇色。服装は先程お伝えした通りです。手には刀のような物を持っておりました」
「闇色の髪に、刀…………」
マックスの脳裏に1人の少女の姿が浮かび上がる。
「……なんて事だ」
「陛下?」
「いや、何でもない。すぐに支度するように。被疑者の確保に向かうよ。僕も出るから」
「はっ!」
デュークは一度敬礼し、急いで部屋を後にした。
それを確認してマックスは大きくため息を吐く。
「……アヒト君、どうして君の周りの子は面倒ごとしか持ってこないんだ」
嘆いていても仕方がないため、マックスは椅子から立ち上がり、出かける準備をするのだった。




