第7話 魔力暴走 その2
アリアの身体から血が噴き出すのをサラは目の当たりにした。
え……。
違う。私じゃない。私がやったんじゃない!
自分の意思ではない事くらい自分が一番よく理解している。
だが溢れ出る魔力と殺意を抑えることができなかった。
自分に向けられた攻撃を全て反射的に相手を殺す威力で返してしまう。
ダメだ……。
もうこんなんじゃ誰も私を止めるなんてできないよ……。
アリアが倒れ、アキヒは飛び込むように血まみれの少女を抱き起こした。
「おい、おいお嬢!!」
「うっ……」
幸い胸の傷は浅かったようでまだ息はある。
だが出血量が異常なほど多かった。
このままではアリアは確実に死ぬだろう。
アリアの意識がない事でシナツも次の行動が分からず、主人の近くに寄り添うことしかできないでいる。
「待ってろ。すぐに止血してやる」
アキヒは自分の服の裾と袖を破き、アリアの右腕を曲げて右手首に押し付け肘のところで固く結び、もう一つの破いた布を三角に折りたたんで右腕を乗せ、アリアの首に掛けるようにして首の後ろで結ぶ。同じく左肩を押さえながら右肩に結びつける。それぞれの布がすぐに赤く染まっていくが、無いよりかはマシである。
後は、地面に転がっているアリアの右手を拾っておく。
彼女たちがやって来た時のために取っておかなければならない。左腕は残念ながら跡形もなくなってしまっているため、諦めるしかない。
アキヒは額に溜まった脂汗を手で拭う。
『学生』の頃に人命救助訓練を受けていて良かったと今更ながら感じていた。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
アリアの姿を見たサラが再び絶叫する声を聞いて、アキヒは目を細め、腰のサイドポーチに手を伸ばす。
「流石にもう待ってられないじゃんよ。少し早いがやるしかねぇ」
アキヒは一筋の汗を頬へと伝わせながら立ち上がる。
だがアキヒよりも先にアヒトの使い魔兼妻のベスティアが動いていた。
「サラを止めるぞティア!」
「任せてッ」
アキヒが応急処置をしてくれたという事はアリアはまだ生きている。
ならば今自分がやるべき事は暴走するサラを止める事だけである。
ベスティアが『身体強化』による超加速でサラへと接近していく。
だめ! もう来ないで! あなたたちじゃ私を止めるなんてできっこない!
お願いだからこれ以上私を苦しめないで……。
サラの内心の叫びが届くはずもなく、ベスティアが攻撃を仕掛ける。
繰り出された拳は暴走した状態のサラでも難なく受け流され、反撃の左腕がベスティアへと迫る。
普段ならベスティアはそれをサラのように自分の腕で受け流し、カウンターの攻撃に転じるのだが、今回は違った。
サラの左腕を後ろに跳ぶことで躱し、そして、空中の状態でベスティアの身体が地面と水平になるように脚を伸ばす。
その瞬間、ベスティアは突如サラへ向けて加速し、再び振り抜かれたベスティアの拳がサラの腹部に直撃した。
「ウグッ……!?」
暴走したサラもこれには対応できなかったのか、低く呻き声を上げて僅かに後退する。
「当たった!」
ベスティアが地面に着地し、アヒトに視線を向ける。
「まだまだいくぞ!」
ベスティアの視線に応えるように叫んだアヒトは両腕を前に出す。
先ほどのベスティアの行動はアヒトが伝えた作戦であった。
後方へ跳んだベスティアが身体を水平にし、両脚を伸ばした時、アヒトはベスティアの伸ばされた足付近に見えない床を作ったのだ。
これはベスティアが付けているチョーカーによる能力。マックスに渡された使い魔の行動を制限する効果をアヒトが大幅に応用したのだ。
「ん!」
ベスティアも強く頷き、再び駆け出す。
サラから溢れる殺意の魔力による斬撃が飛んでくるが、身体強化を行った今のベスティアには全て視えている。
それら全てを躱し、途中空間を裂いて『無限投剣』を複数本取り出し、サラへと投擲する。
それをサラは幾つかは弾き落とし、幾つかは躱しきる。
だが、その躱したナイフはアヒトの援護により、見えない壁を形成させてナイフを反射させた。
その事に気が付かなかったサラは背中に反射したナイフが刺さる。
その隙にベスティアが更に接近し、怯むサラを蹴り飛ばす。
「痛いだろうけど、我慢してサラ」
そう呟きながらベスティアはバランスを崩しているサラの頭部を目掛けて追撃の横蹴りを放つ。
意識を刈り取るための一撃だったが、僅かにサラの防御が早かった。
サラは腕を使って自身の側頭部を守り、カウンターによる氷柱を乱射する。
ベスティアは後方へ跳び退きながら自身の正面に大量の『無限投剣』を呼び出し、防壁を形成する。
「暴走している癖に正確な魔法……流石サラ。腐っても天才。あひと!!」
「おう!」
ベスティアの指示に従い、アヒトがベスティアの背後へ見えない壁を形成する。
それを足場にベスティアは斜め上へと高速で跳躍する。
サラを超え、その先にまたアヒトによって作られた壁を使って今度は違う方向へと跳躍する。
相手からすれば高速で空中を縦横無尽に駆け回っているように見えるだろう。
高速で飛び回りつつ、サラへの攻撃も確実に当てていく。
狙うは全て頭。サラが防御するために視界を塞げば、見えない間に切り返して別の方向から仕掛ける。反撃する暇など与えない。
たとえ防御せずに魔法による攻撃を行って来たとしても今のベスティアの速度より遥かに飛行速度が遅いため、当たる事はない。
これなら間違いなくサラを戦闘不能に追い込める。
連続攻撃を受けて体勢が崩れたサラの頭上から、ベスティアが急降下する。
「これで最後」
そう言ったベスティアは身体を縦に回転させ、強烈な踵落としをサラへと叩き込んだ。
サラへ直撃した瞬間、轟音を立てて地面が割れ陥没する。
だがしかし、直撃したサラは片膝を付いてはいるものの倒れる事はなかった。
ベスティアの振り下ろされた脚をサラは左腕で受け止めていた。
「なっ!? ……うぁ……」
驚愕に目を見張ったベスティアだが、突如その視界が歪み始める。
その隙にサラが左腕だけでベスティアをアヒトのところまで投げ飛ばす。
幾度かバウンドして転がったベスティアにアヒトが駆け寄る。
「ティア! 何があった!?」
「……あひ、と……」
ベスティアは腹部の左側を押さえており、アヒトがその手を退けて見てみる。
「こ、これは!?」
ベスティアの左腹部を中心にベスティアの身体は徐々に石化し始めていた。
おそらくベスティアの脚を受け止めた際にサラが右手でベスティアの左腹部に触れたのだろう。
石化の魔法……ケレント城でサラが倒した魔族も石化していた。
これがサラが持つ最強の技なのだろう。こんな魔法を持つ相手にどうやって勝てば良いというのだろうか。
「ごめんにゃさい、あひと…………弱くて、ごめん、にゃさい」
「そんなこと言うな。ティアは強い。今までおれを何度も助けてくれたじゃないか……!」
ベスティアの下半身は既に石化し、上半身も顔を残して石化していっている。
「んん、あひとがいたから、あひとのおかげで、頑張れた……」
「やめろ、よせ行くな……」
「ありがとう、大好き。あひと……」
ベスティアの瞳から一筋の涙が流れた時、亜人の少女は完全に動かぬ石像となった。
「ティア……てぃ、あ……」
灰色に固まった愛する少女の頬に温かな雫が溢れる。
戦場にいる以上いずれ起こり得た結末だったのはアヒトも予想していた。
だが、こんな別れは予想できようがない。
傷だらけで血まみれで、救いようがない状態ならばアヒトもまだ仕方がないと割り切ることができたかもしれない。
だがしかし、目の前で眠る少女は目立った外傷などどこにもなく、ただ安らかに、幸せそうな笑みを浮かべながら眠るように動かなくなってしまったのだ。
「うあああああああああああああああああああ!!」
洞窟内にアヒトの慟哭が響き渡った。




