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亜人娘が得たものは  作者: 戴勝
第20章
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第3話 アキヒの能力

「あは、あはは、あはははははははは! あー死んじゃった。もういい、清々した。私はどうせ化け物なんだね」


 そう言って倒れるアヒトたちの元へゆっくりと近づくサラ。


 ふと視界に2人の少女が抱き合ってへたり込んでいるのを捉えたサラだが、何も見なかった事にする。



 どうせ彼女たちには何もできない。


 そもそも友人であった存在を平気で攻撃することができる彼らの方の頭がおかしいのだ。



「でも、血だけは飲ませてもらおうかな。わざわざ他の人を狙う必要ないもんね」


 そう言ってアヒトの前でしゃがみ込んだサラはそっと手を伸ばそうとして、その動きを止める。


「あれ? まだ生きてたの? ていうか動けるの?」


 瓦礫を退けてゆっくりと立ち上がる影にサラは眉を潜める。


 起き上がった人物の腰には剣が携えられている。


 一瞬サラが着ている藤色の羽織の持ち主かと思ったが、そうではない。目の前にいるのは男性だ。


 誰なのか。


 サラは初めて見るその青年を警戒して立ち上がり、数歩下がる。


「残念ながら、俺だけじゃなくて他のみんなも生きてるみたいじゃん?」


 そう言って出てきた青年の腹からは血が溢れている。


 だがまるで痛くないとでもいうかのように平気で歩いてくる。


「な、なんで……」


「んー? まぁそりゃそこの亜人の嬢ちゃんが頑張ったおかげでしょ」


 そう言われて周囲を見たサラは目を見開く。


 瓦礫に混じって100を超えるいくつものナイフが散りばめられていた。


 ベスティアはサラへの攻撃が間に合わないと瞬時に判断し、アヒトたちを守る事を優先したのだ。


 誰もがサラの攻撃を受けるも、誰もが急所を外れて生きている。


 見事守り抜いたベスティアは道路まで吹き飛ばされ、血溜まりを浮かべて倒れていた。


「なん、でッ、いつもいつも私の邪魔ばかり」


「まぁかっかしないでさ。サラさんだっけ? 俺はアキヒって言うんだ。さっそくだけど……」


「……?」


 何をするのかと身構えるサラだが、アキヒは剣を抜くそぶりは見せなかった。


「俺と付き合ってくんない?」


「は?」


 唐突な告白に思考が停止するサラ。


「あれ、聞こえなかった? 俺と付き合ってって言ったの。彼女になってって事、分かる?」


「え、いやそれは分かるけど、え?」


「え? じゃないんだよ! はいかいいえの2択! どっち?」


「いいえ」


「ええええ!? なんで!」


「私あなたのこと知らないし、興味ないし、初対面で告白するっておかしいよね? もう死んでくれないかな」


 そう言って無慈悲にサラは左腕を振り抜いた。


 サラの攻撃を避ける間もなく受けたアキヒは背中を反らしながら一瞬浮かび、そのまま落下した。


 これで終わったと思ったサラだったが、生命力が高いのか、アキヒは身体を起こし立ち上がった。


「!? な、なんで立ち上がれるのかな!?」


「へ、へへ。サラさんを手に入れるまで、かな」


「き、気持ち悪いこと言わないでよね!?」


 サラは瓦礫を操り、アキヒへと飛ばす。


 だがそこでようやくアキヒは剣を抜き、飛来する瓦礫を弾き飛ばした。


「おイタはいけないなぁ、俺も剣を抜くしかないじゃん」


 そう言ってアキヒはサラへと駆け出し、剣を振るう。


 だがその剣はサラからすればあまりにも遅い。


 最小限の動きでアキヒの攻撃を躱し、カウンターの一撃として異形の左腕でアキヒの胸を殴りつける。


「がはっ!!」


 アキヒは口から血を吐き、よろめくが、それでも倒れなかった。


「な……こんなのおかしいよ」


 普通ならベスティアに放った時のように軽く宙に吹き飛ぶ威力のはずである。


 気合いでどうにかなるとかいう話ではない。常識では考えられなかった。


「まだまだいくぞ! 好きだああああああ!」


「は、話にならないよ」


「ぎゃふん」


 風の刃を飛ばしたサラの攻撃をもろに受けたアキヒの身体は今度は宙を舞った。


 だが、地面に倒れるとすぐに起き上がってくる。


 サラの攻撃は確実に当たっている。風刃による傷もある。だがどこかその傷は浅く感じられた。


「ふふふ、お茶目さんだな。全部この身で受けてあげよう! とぉ!」


「いや、来ないでよ!」


 再び風刃を生み出したサラはそれを飛ばす。


 しかし、アキヒはそれを今度は剣で弾き霧散させる。


「え、うそ!?」


 魔力を込める量を間違えたのだろうか。そんなはずはない。


 ただの剣に弾かれるほど今のサラの魔法は弱くはない。人間であった時とは違うのだ。


 アキヒの剣撃がサラを襲う。


 だが相変わらずの剣速であるため、躱し、又は弾き返す。そして攻撃を行う。


 何度も同じ事を繰り返すも一向に倒れる気配がなかった。


 そんな僅かな時間の経過で、アヒトは意識を取り戻した。


「ぐっ…………生きてるのか」


 傷は深い、だが今すぐ死ぬような傷でもない。


 さすがに立ち上がる事はできなかったが、腕を支えに身体を起こすくらいはできた。


「……な、なにが起きてるんだ?」


 惨状ではない。あのアキヒがサラを圧倒していた。


 否、攻撃で勝っているというよりもその頑丈さにサラが混乱し、上手く立ち回ることができないでいるのだ。


 サラがアキヒの攻撃を避け、魔法を放ち、それを受けアキヒが吹き飛び倒れるがすぐに立ち上がる。そしてまた攻撃する。


 だが時折サラの魔法を弾く時もあり、その時はサラも動揺を隠せない様子であった。


「あ、アヒトさん大丈夫ですか?」


 アンとリオナが静かに近づいてくる。


「あ、あぁ、それよりもティアやアリアを治療してあげて下さい」


「わ、分かりました」


 リオナが急いで杖を取り出し、ベスティアの元へと走っていく。


 リリィやルルゥ、そしてアリアの使い魔たちも何とか死なずに済んでいたのか、リオナの魔術によって回復していった。


 そうして全員を魔術で傷を治し終えてもなお、未だアキヒとサラの戦いは続いていた。


「す、凄いですね彼」


「い、いやもうそろそろ限界なんじゃないかな」


 アヒトの言葉通り、アキヒの身体は全身から血が噴き出しており、赤く染まった身体はもはやホラーでしかなかった。


 アリアやベスティアも目を覚ましたのか、アヒトの元へと固まってくる。


 2人の戦いにどうにも参戦し難い状況になってしまっており、ベスティアも既に経験済みだからなのか、何も言えずに静かに見守っている。


「ぜぇ、ぜぇ、えっへへ。サラさん……血が飲みたいんでしょ? 俺の血でよければウェルカムだけど?」


 そう言ってアキヒは両手を広げて血塗れの身体をサラに見せつける。


「うっ……!?」


 ドクンっとサラの心臓が跳ねる。


 サラの瞳がアキヒの血に釘付けになる。


 考えないようにしていたのに、いざその言葉を耳にしてしまうと飲みたいという衝動が一気に溢れてくる。


 口から唾液が溢れてきて止められない。


「だ、だめ! 最初はアヒトって決めたから」


「ええ? でもそのアヒトにフラれたじゃん。こだわる必要なくね?」


 確かにその通りである。


 なぜ自分がアヒトの血にこだわっていたのかが今更ながら不思議に感じてしまった。


 何かがおかしい。なぜアヒトに固執していたのか。


 まるで心にポッカリと穴が開いてしまったかのような感覚にサラの動きが止まる。


 もともと人の血を摂取できればそれで良かったのだ。ならば目の前のこの男でも何も問題ないのではないだろうか。


 サラの右手がアキヒの方へとゆっくりと伸ばされそうになった時だった。


「ぐっ、ごぼぁ……!?」


 ドスっと重い衝撃を背中に感じたすぐ後に、サラは口から大量の血を吐き出した。


 胸元へと視線を向けると、槍のようなものがサラの胸から突き出ていた。


「あらあらごめんなさぁい。お取込み中だったかしらぁん」


 サラは声のした背後へと視線を向ける。


 そこには巨漢がいた。


「ロマン、さん……?」


「あらやだ。あなた闘技場にいた子よねぇ。そんな姿になっちゃって、おねえさん悲しいわぁ」


 学園祭の一件以来、行方をくらませていたロマン。武器屋も長い間開店の札が掛けられる事がなかったのだが、何というタイミングで現れるのだろうか。


 まるで今まで出てくるタイミングを測っていたかのようだった。


 サラが失血による立ち眩みで片膝を突く。


 胸に刺さっている槍のせいで傷の再生ができないのだ。


 サラは左手で槍を握り、強引に胸から引き抜く。


「ぐっあぁ……」


 抜いた瞬間穴の空いていた胸が綺麗に元に戻る。


「あらやだ何なのその修復力。ちょっと見惚れちゃったわぁ」


「……欲しいなら、いくらでもあげる、から」


 捨てれるものなら早く捨てたいものである。


 刺されれば痛い、燃やされれば熱いのだ。それなのに死ぬ事はなく、綺麗に元に戻る。


 ただの生き地獄でしかない。


「ふぅん? どうやら臨んでその姿になったわけではなさそうね。でもあなたみたいな子は闇組織にとってはただの研究材料でしかないのよ。ごめんなさいね」


 ロマンは腰のポーチから小さな立方体のキューブを持てる分だけ取り出して空中に放り投げると、たちまち形状が変化し、数多の武器に早変わりする。


 それを手をかざすだけで自動で動き、サラのもとまで高速で飛来する。


「うぐっ!」


 何本かは弾き飛ばすサラだが、弾いても弾いても元から宙に浮いているせいでまた舞い戻ってくるだけである。


 次第に動きが鈍くなったサラの身体に武器が刺さり血飛沫が飛ぶ。


 それを境に腕がちぎれ、腹が抉れ、顔が削れる。


 それでも即座に再生するサラの身体にロマンは興味深く観察する。


「ここでは見た事ない能力ね。他人から見れば羨む能力でしょうけれど、あなたにとっては呪いでしょうね」


 全てを見透かしているかのような物言いにサラは唇を噛み締める。


 反撃したいところだが、血を失いすぎた。このままではまた意思を失いかねない。


 そうなってしまえばアニの言う「吸血畸」と何も変わらない。


 だが今となっては別に何になろうがサラはどうでも良かった。


 ただ、アヒトや親友の前で変わってしまう姿を見られたくなかった。死ぬのなら誰もいない静かなところが良い。


 サラは背中の羽根を広げる。


「……! ま、待て!」


 血塗れのアキヒはサラが逃げる事を悟り、駆け出す。


 逃げられる前に、アキヒが持つ剣で僅かでも傷を付けたい。そう思っての行動だった。


「うおおおおおおお」


 そんな雄叫びと共にアキヒは剣を振り下ろした。


「……うっ!」


 背中をざっくりと斬られたサラだったがお構いなしに飛び立って行った。


「あらら、逃げちゃったわねぇ」


 そう呟いたロマンはアヒトたちの方へと近づいてくる。


「助けてくださりありがとうございます、ロマンさん。ですがすぐにサラを追いかけないと」


「行ってどうするのかしらぁん?」


 アヒトは現在のサラの状態について事細かくロマンに伝えた。


「サラが人の血を飲むと吸血鬼になってしまう。それを止めないといけません」


 アヒトの言葉にロマンは少しだけ考える仕草を見せるも、すぐに首を横に振った。


「おそらくそれは間違っているわよん」


「ど、どういうことですか?」


「あの子の姿は以前会った時より姿が変わっていたのよね? つまりそれは人の血を飲んでいないが故の作用。彼女が人の血を求めるのも無理もないわね。アタシだってあんな化け物にはなりたくないものぉ」


 頬に手を当てて腰をくねらせるロマンにアヒトの顔が青ざめる。


「しかし、サラさんをこのまま放置しておくわけにもいきませんわ」


 アリアの言葉にロマンは頷く。


「そうね。おそらくあの子の性格なら人の血は飲まないでしょうねぇ」


「な!? それじゃあサラは!?」


「死ぬ気でしょうね」


 アリアは誰もが導き出した最悪の答えを言葉にする。


「どうしてなんだ!? 何でサラはいきなり死を……」


「あなたのせいよアヒト・ユーザス。あなたがサラさんの気持ちに答えなかった。そのせいで彼女は生きる意味を見失ったのね」


「じゃ、じゃあどうすれば良かったんだ。おれはサラの気持ちには答えられない。サラがティアたちを狙わないようにするためにはあの方法しかないだろ」


 そう言い返すアヒトにアリアは深くため息を吐いた。


「軽率な行動ね。そもそも根本が間違っているわ。彼女はあなたを狙ってここまで来ているの。その障害となる存在としてベスティアさんを優先的に攻撃している。それをあなたは理解していない」


 アヒトは驚愕で目を見開く。


 自分が狙われているなど微塵も考えてはいなかった。


 サラが好意を抱いている事自体、前回の戦いで知ったばかりだったというのに。


 アヒトは長い時間サラと接していながらも、サラの事を何も知らなかったのだ。


「はいはぁい。仲良しなのは良い事なのだけど、もう遅いからうちに来たらどうかしらん」


 パンパンと手を打ち鳴らして注目を集めたロマンはそう言葉にする。


「げ、ロマンの家に泊まる? ……絶対何かされる」


 ベスティアがあからさまに苦り切った表情をする。


 だがアリアは一息つくと、了承の頷きを行った。


「ありがたくそうさせていただきますわ。アンさんとリオナさんもそうした方がよろしいかと思いますわ」


 アリアの一言により、アンとリオナもロマン宅へと同行する事となった。


 流石にサラのあの姿を見てしまっては精神的な負担が大きかったのだろう。一人で寝るより、同性の者同士で一夜を過ごした方が気が楽というものである。


 リリィとルルゥはアリアが行く以上当然について来る。


「あ、あの! 俺も行っていいですか!」


 アキヒが鼻息荒く手を挙げて駆け寄ってくる。


「ええ、もちろん良いわよん。あなたにはとっても興味がわいてるのぉ」


 ロマンはアキヒを見るなり目を細めて僅かに口角を上げる。


「……え?」


 アキヒの頬が引き攣るのを誰もが見届けるも、救いの手を差し出す者はいなかった。

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