表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
亜人娘が得たものは  作者: 戴勝
第20章
147/212

第2話 変貌少女との再戦

 そうして何だかんだで夕食にしようという事で、庶民の味をもっと知りたいというアリアの希望のもとで店に立ち寄る。


 もちろんアキヒもしっかりついてくる。


 注文した料理が来るまでの間、ひたすら行動を共にしたいとせがまれ続けたアヒトたちだが、全て無視する事を貫いた。


 さすがに食事の間は静かにしてはいたアキヒだが、店から出れば再びハイテンションで食い下がりが始まり、現在帰宅の夜道に至る。



 流石に今日はテトも疲れたのか、既に眠ってしまい、リリィの背中で小さな寝息を立てている。


「ごめん、テトを任せてしまって」


「いいわよ別に。この子は何も悪い事してないし」


「おれも何も悪い事はしてないけどな?」


「フン、どうかしらね」


 リリィも疲労が溜まっているのか、アヒトに向けて毒を吐くような事は今は少ない。


 緩やかに帰路についていたところで、アヒトたちの歩く前方に2人の人影が現れる。


「あ!」


「ん?」


 最初に声を出したのは現れた相手型の方だった。


 アヒトの顔を見るなり指を刺して立ち止まる2人の少女。


「君たちは……」


 アヒトはこの2人を知っていた。


 学園祭の闘技場で率先して救助活動に奮闘してくれたサラの友人たち。


 ショート茶髪のアン。黒髪一房おさげに眼鏡のリオナ。


 どちらも魔術士育成学園の生徒である。


「うぁあ! うぇえっと、たしか名前は……」


「……アヒトさん」


「そう! アヒトさん! リオナ男嫌いなのによく覚えていたね」


「……たまたまだよ」


 眼鏡をくいっと持ち上げて視線を下へと向けるリオナ。


 だがアンはまるで救世主でも見たかのように目をキラキラとさせてアヒトのもとへと駆け寄ってくる。


「バッチグー! のタイミングですよアヒトさん!」


「う、うん? どうしたんですか」


「サラを見かけませんでしたか!? 私たち2週間ほど前からずっとサラを探してるんです」


「……学校にも、来ないから……心配で」


 アンとリオナがそれぞれアヒトへと言葉を投げかける。


 だが、その話は現在アヒトたちが見つけなければならない相手であり、立ち向かわなければならない相手の名前でもあった。


 つい数日前に豹変してしまったサラと出会い、戦い、敗れてきたばかりである。


 だがそれを目の前にいる彼女たちに話して良いのだろうか。


 アヒトが逡巡し答えに詰まっているところに、背後からアリアがアヒトの隣にやって来た。


「実は私たちもサラさんを探していますの。何か手がかりになりそうな情報はございませんこと?」


「い、いえ……街のいろんな人たちに聞いてはいるんですけど、何も掴めてなくて」


 情報がすぐに回る王族の者とは違い、ただの学生に有益な情報など掴めるはずもなかった。


 それを理解していたアリアでも可能性に賭けての問いかけだったのか、返ってきた答えに表情は変わらずとも僅かに肩を落とすのをアヒトは横目で確認した。


「心配だとは思いますけど、おれたちに任せて欲しい。必ず見つけて戻りますから」


「何か私たちにお手伝いできることがあるなら言ってください。私はサラほど魔術は上手くありませんが、リオナは回復魔術に長けていますし」


 そう言った瞬間、アキヒの瞳がキラリと光る。


「マジっすか。回復魔術士!? さっそくだけど俺の怪我治してくんない?」


「え、誰ですか。あの包帯グルグルの人」


 アンが頬を引き攣り、リオナが数歩後ずさる。


「あー、ちょっと訳ありで行動することになってるアキヒさん」


「アキヒでーす! 愛称はアッキーなんで気軽に呼んでね」


 ニヤッと笑うアキヒの顔が気持ち悪かったのか、アンは愛想笑いで二、三回軽く頷く。


 リオナも本来は近づきたくもない相手なのだろうが、怪我人という事で渋々杖を取り出す。


「……『治癒(テラペイア)』」


 そう唱えると、アキヒの折れていた腕や足といった身体の骨が繋がっていく感覚が伝わったのか、アキヒが「おおおお!」といった声を漏らした。


「骨の新陳代謝を促進させました。折れる前に戻ったわけではないので、僅かな違和感はあると思いますが、時期に慣れますので」


「ほぇー、こりゃすごいや。やっぱ魔術って最高だわ」


 そう言って車椅子から立ち上がり、軽くジャンプを繰り返すアキヒ。


 そんな動きを尻目に、アリアがアンとリオナへ声をかける。


「今日はもう遅いので早めに帰宅する事をお勧めしますわ」


「そうそう、こんな女子ばっかの空間は良くない良くない。特にアヒト! おのれは妻帯者じゃろ。奥さんが家で待ってるんじゃないのか!?」


「え!? えっと……言ってなかったか?」


 そういえばアキヒにはアヒトが結婚しているとは言ったが、妻が誰なのかまでは言っていなかったことを今更ながら思い出した。


「何をだよ」


「ティアがおれの妻なんだ」


 まさか亜人と結婚しているなど誰が想像できようか。おそらくできないだろう。


 亜人という種族は奴隷として扱われるというこの世界での固定思考とされているため、隣にいるベスティアとアヒトの関係性を他人が理解できるはずがない。


「え? ええええええ!? 亜人の嬢ちゃんが……? 嘘だろ。使い魔であり? 妻? どゆこっちゃ」


「彼はあなたと違って、複雑な人生を歩んできているということよ」


 理解が追いつかないアキヒにアリアがそっと言葉をかける。


 だがしかし、アキヒはその言葉を信じなかった。


「いや、嘘だね。亜人の嬢ちゃんが妻というのなら証明してもらおうじゃん」


「証明? いったい何を……」


「キスだよ! キッス! Kiss! それすれば認めてやる」


「き……!?」


「にゃ!?」


 アヒトとベスティアが同時に目を丸くする。


 アヒトがベスティアに視線を向けると、すぐに頬を真っ赤にし、尻尾をフル回転させている。


「ただでさえおのれの主人公っぷりに見ていて腹立たしくなるっていうのに、まだその上をいくのが許せねぇ」


 アキヒがぶつぶつと呟いているがそれどころではない。


 この大勢の中でベスティアに口付けをしろというのだろうか。


 だがしかし、結婚式やケレント城ではすでに人前で行なっているのだから、今更緊張することなどないはずなのだが、やはり回数が少ないといつまでも緊張するというものである。


 ベスティアもアヒトの顔を見ることができなくなってしまっている。


「ティア、嫌なら辞めてもいいんだぞ。この前、こういうのはまだ早いって言ってたし」


「……んん。が、がんばる」


 これをやり遂げれば、他の女がアヒトに近づいてくるような事はないのだと思えば、普段より女子率の高いこのチャンスをベスティアは逃すわけにはいかなかった。


 アヒトがベスティアの両肩に手を伸ばす。


「…………」


 ゆっくりとアヒトの顔が近づいてくる。


 ベスティアの鼓動が激しく揺れ動く。


 ゴクリと唾を飲んだベスティアは覚悟を決めて瞳を閉じ、少しだけ踵を持ち上げる。


 誰もがその一瞬を逃さないと静かに見守っていたその時だった。



「ふーん。やっぱり泥棒猫だね。もう手加減なんてしてあげないから」



「ーー!!」


 アヒトは声のした方向へと瞬時に振り向く。


 ブロック塀の上には1人の少女が座っていた。


 背中からは黒い羽根が伸び、異形な左手をした、以前会った時とはまるで別人のような姿のサラがそこにはいた。


「サラちゃん!? な、何がどうなって……」


 アンの声にサラはその方向に視線を向ける。


 見られてしまった。


 2人には見せたくなかったのだが、どうせ人間には戻ることができないのだ。遅かれ早かれ知られていたはずだ。それが早かっただけなのだ。


 動揺するアンとリオナから視線を外したサラはアヒトとベスティアに視線を移す。


「女の子いっぱい引き連れて何をしようとしてたのかな? たくさん女の子がいれば私が諦めてくれるとでも思ったの?」


 地面に降り立ったサラは冷徹な視線を向ける。


「サラ……これが吸血鬼の姿だというのか」


 アヒトの呟きにサラはペロリと唇を舐めると不敵な笑みを浮かべる。


「あはっ、それはこれからだね!」


 その言葉と同時にサラは地を蹴った。


 一瞬でアヒトの目の前まで迫り右手を伸ばしたサラだが、その手が届く寸前に横から割り込んだベスティアによって右腕を掴まれる。


「目を覚ましてサラ。そんな姿になってまでなぜあひとを狙う?」


 ベスティアの言葉にサラはギリッと歯噛みする。


「誰のせいでこうなったとーー!!」


 サラはベスティアの掴んでいた手を強引に振り解き、異形な左腕を横に振ってベスティアを殴り飛ばす。


 軽々く飛ばされたベスティアだが、地面にぶつかる寸前で手を地面につけ、そこを軸に身体を捻って足から着地する。


「お願いアヒト。私と一緒に来て? そしてその血を頂戴」


「……悪いがそれはできない」


 アヒトの言葉と同時に寝ているテトをアンに預け、そしてアリア、リリィ、ルルゥの使い魔がサラに接近する。


 アリアの使い魔ーーシナツが風の刃を飛ばした事で、サラは後方に跳んで回避する。


「どうして!? なんであんな泥棒猫がいいの? 私はこんなにもアヒトのことが好きなのに!!!」


 リリィの使い魔ーーCBが幾つもの鋭利な羽をサラに向けて飛ばすが、それをサラは全て空中で燃やし尽くす。


 ほぼ同時にルルゥの使い魔ーーエナの巨大な岩脚が頭上から迫ってくるも、サラは勢いよく左腕を振り上げただけでエナの岩脚が破壊され、残った小さな体躯はサラが生み出した水の刃によって深々と切り裂かれ吹き飛ばされていく。


「サラの気持ちは良くわかったよ。でもおれはその気持ちに応えてやれない。おれにはティアがいる。ティアじゃなきゃだめなんだ」


 サラの心に何かが突き刺さってくる。


 サラの中での描いていた幸せな未来が崩れていく。


 大切にしていたアヒトとの思い出が黒く黒く塗りつぶされていく。



 その笑顔、その優しさ、私に向けていたものは何もかもが嘘だったっていうの? 勘違いさせて、私を良いように利用して弄んでいたっていうの?


 嘘つき……。


 嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つきウソツキ!!



「ぐっ、うぁああああああああああああああああああああ!!!」


 サラは叫びながらシナツとCBが繰り出す技を避けることなく、背中の羽根を振るうだけで霧散させる。


 そして素早く右手を伸ばしたサラは空中にいるCBを掴むような仕草を行うと、突如CBの周囲に雷の輪が発生し、縛り上げる。


 感電する激しいスパーク音を響かせながら声を上げることなく落下していくCB。


 それを見届けることなく、サラはシナツへお返しとばかりに風の刃を放つ。


 風を纏わせて宙に浮いていたシナツは、空中で回避を行おうとするのだが、飛来した風刃の形状が急激に変化し、避けきれずに切り裂かれ、地面に落下していった。


 意図も容易く三体の魔物を戦闘不能にさせたサラはアヒトを睨みつける。


 もはや好意をもった相手に向ける瞳ではなかった。


 怒り、恨み、妬み、憎み、憤り…………。


 いったいどんな感情を持ってその瞳を見せているのか、今やアヒトの理解の範疇を超えてしまっていた。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 サラの叫びに合わせて魔力が増幅していく。


 周囲の地面や壁が魔力の圧に耐えきれずにひび割れていく。


「まずい!!」


 危険と判断したベスティアが瞬時に地を蹴り、サラへと高速で迫る。


 殺しはしない。だが動けなくなる程度にはなってもらう。


 そう考えたベスティアは拳を突き出す。


 だが僅かに遅かった。


「もう……みんな死んじゃえ」


 そう呟いたサラはつま先で軽く地面を蹴る。


 刹那、ベスティアやアヒトたちのいる方向へ、地面が隆起し、鋭利な刃が一瞬にして襲い掛かった。


 激しい轟音が夜の街路に鳴り響き、土煙が舞う。


 それが晴れる頃には、立っている者はサラ以外に存在しなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ