第1話 帰り道
主人公という存在は実在するのだろう。
そいつを中心に事件が起き、そいつの中心に人が集まる。のほほんとした態度で生活し、本人が気づかないうちに女を引き寄せる。
そんな存在に俺はなりたかった。
残念ながらイケメンな顔で生まれてくる事はなかったし、これといって自分や自分の周りに重大なイベントが起きる事もなかった。
だから、俺は自分の足で動くことに決めた。相手から寄ってくるのを待つのではなく、自らそのイベントに乗り込もうと、そう決めた。まぁだからといって、そこからすぐに俺の日常に変化が起きたわけでもなかったのだが……。
◾️◾️◾️ことくらいか……。
そんなある日、とあるパンフレットを見てしまった。帝国都市ケレント。唯一人間を魔族と対抗するために、魔術、剣、使役の三つの種類に分類して育成し、兵士に仕立て上げる国。
行くしかなかった。行かないという選択肢など俺の小さな頭の中には存在しなかった。そこへ行けば、完璧や最強とは行かずとも、俺もどこかの主人公みたいに動き回ることができるのではないのだろうか。昔みたいに引きこもっているだけの平凡な人生なんてまっぴら御免だ。
実際に訪れ、冒険者(年齢的に学園には行けなかった)となり、いざ出会い!なんて事もなく、ただただ自分の実力を上げるべくコツコツコツコツ一人で魔物退治。まぁちょっとしたハプニング的な事もあったけど、これといって世界の危機に「俺、参上!」みたいなことなど一切なかった。
のだが、なんともまぁ天は気まぐれとでも言うべきか、ついに見てしまった見つけてしまった出会ってしまった一大イベント。激しい爆発音が聞こえたと思って来てみれば、なんとなんと、女の子2人が戦ってるではありませんか。
そのうちの1人の女の子に恋をした。だがあんな戦いに割り込めば自分が死ぬことくらい目に見えている。死ぬのは勘弁願いたい。◾️◾️◾️◾️◾️◾️。
自分の身体が焼け落ちるんじゃないかってほどの熱風に耐えながら、見続けて数分。新たな少女が割り込んできて倒れ、戦いが終わった。
一目惚れしてしまった少女は藤色の羽織を着てどこかへ跳んで行ってしまったが、まだ諦めるわけには行かない。
こいつらについて行けば必ずまた会える。俺の脳内センサーが主人公であるべき存在を捉えたからだ。間違いない。
今度こそ、何がなんでも食らいついてでも、手に入れてみせる。俺の中での主人公ルートを…………。
結果から言うと、アキヒの戦闘能力は誰もが目を疑うほど、とんでもなく弱かった。
開始早々、地面に顔面スライディングを行ったアキヒは、リリィとルルゥにとっては最高の隙でしかなく、恰好の的であった。
残念ながら面式の薄い相手に待ったをかけるほど彼女たちは慈悲深い心を持ち合わせてはいなかった。
2人で顔を見合わせるや否や集中砲火。
リリィの使い魔であるクマタカことCBは自分の翼の羽を複数浮かばせてアキヒのもとへと放ち、ルルゥの使い魔であるウサギことエナは脚に土を瞬時に付着させて巨大化させ、天高く跳び上がるとその頑丈な岩でできた脚を上空から勢いよく振り下ろした。
もちろんアキヒにはそれらを躱すことなどできるはずもなく、CBの攻撃を僅かに剣で弾いたあたりでエナの攻撃により地面に埋まって行った。
地面には大きなクレーターが出来上がり、その中心でピクリとも動かない状態のアキヒがいたことから試合はそれで終了。
開始してから1分と持たない素早い決着であった。
激しい攻撃をもろに受けたアキヒの身体は『即死不可』の効果で骨折程度で収まってはいるが、実際の戦闘になれば一瞬で肉塊になっていても不思議ではないほどに危険な戦いだった。
「……むぅ」
「ん? さっきからどうしたんだティア」
アリアの用意してくれた地下施設から地上へと上がり、現在アヒトはアリアたちと共に商店街の方向へと足を向けていた。
先ほどからボソボソと呟きながらふくれっ面のままでいるベスティアにアヒトは問いかける。
「……私の攻撃では永遠に立ち上がったのに、どうしてあの2人の攻撃では1発で倒れる?」
「んー、1発の重みが違うからとか?」
「それはない。私も普通にクレーターができるくらいの威力で殴ってた」
それは嘘に決まってるだろ。
そんな威力で殴っていればアキヒの身体は違う意味で人間を辞めることになりかねない。
だがベスティアの表情からは嘘を言っているようには見えない。
「たまたま急所に当たったとか……」
「全身タコ殴りにしてやったけど?」
「た、タコ殴りって……」
ディアとは違うのだからそういった言動はなるべく控えてほしいところである。
ベスティアの良いところは挑発はすれども、決して族が使うような汚い言葉は使わなかったところなのだが、人格の入れ替えを繰り返したせいなのだろうか、ディアに影響されていることは間違いないだろう。
「おタコさんですか? テトはあのクニクニした食感があまり好きではないのですぅ」
人間の食事にだいぶ慣れてきたとはいえ、テトが今まで食べてきたものは食べやすい虫や魚であった分、口に合わないのだろう。
「テトはまだまだ子ども」
「そういうティアだってキノコ食べれないだろ?」
「あれは食べ物じゃない。菌が身体にいいわけがない。だから食べない、それだけ」
それ以外の食べ物は問答無用で胃の中に放り込んでいるくせに、無駄に頑固なところがあるベスティアである。
残念ながらアヒトは既に超絶細かく刻んだキノコを定期的に料理に仕込んでいたりするのだが、ベスティアにはまだ内密にしておくべきであろう。
今話すとアキヒとの一件の鬱憤が飛んできてしまいそうな予感をアヒトは感じていた。
それはそうとして、アヒトたちの後方で別の話題で賑やかになっている方々にそっとアヒトは視線を向ける。
「頼むよぉ〜。もっかいもっかい戦わせて? おなしゃす!」
「いいえ、もう十分分かったわ、あなたでは力不足よ。それに剣を持ちながら、何一つ型にはまっていないあの構え、あの動き、私の目が腐ったのかと勘違いしそうになったわ」
「うんうんそれはたぶんその時だけ腐っていたんだと思うよ! だからさ、この骨くっ付けてくれない? 試合できないじゃん」
アキヒは現在、ルルゥの押す車椅子に座り運ばれている。
両手足、背中と骨折してしまっていては無理もないだろう。
「は? あんたアリア様にとんでもないこと言ったの自覚してる? 明日にはその首なくなってるわよ」
「しないわよリリィ。こんなろくでもない人種に人手を回すほど今は暇ではないわ」
「失礼しました。良かったわね変態2号」
「おい待て、彼が変態2号ってことは1号は誰なんだ?」
思わず会話に参加してしまったアヒト。
そんな質問に対し、リリィはため息を吐きながら、決まっているだろうと当たり前のようにアヒトへと指差す。
「あんたに決まってんでしょうが」
「なんでだよ! いつになったらその呼び方やめてくれるんだ」
「え? あんたの名前って変態じゃなかったっけ」
「バカにしてるのか!?」
「おーい、変態アヒト。そっちからもこのお嬢様に何か言ってやってくれよー。俺たち友達だろー?」
「君とは友達になった覚えはないし、その呼び方はもっとやめてくれ」
編隊飛行している鳥みたいで少しかっこいいじゃないか。
などとは決して口にしない。すれば人生が終わる。
「彼のことは無視しなさいアヒト・ユーザス。彼に構っていても疲労するだけだわ」
「そんなこと言ってぇ。俺をこうやって一緒に連れてきてくれてるじゃん? もうメンバーじゃん?」
「勘違いしないでもらえるかしら。私の敷地内で倒れていてもらっても困るから連れてきているだけよ」
「お、今の発言もっかい聞かせて? なぁアヒト、このお嬢様少しツンの気入ってたりする?」
アキヒはいったい何を言っているのだろうか。アヒトにはアキヒの言っていることがたまにわからない時がある。
どこの国の出身なのかと違うところに興味が湧いてきてしまった。
だがアリアの言う通り、しばらくアキヒを無視してみることにする。元気なのは良い事なのだが、少しばかりテンション高さについて行けない。もっと今の世の中を知り、緊張感のある行動をして欲しいものである。
夏頃にはアヒトもベスティアたちと海に出かけたりもしたが、今は国内に平気で魔族が出現する世の中だ。遊んでなどいられない。
そんなことを考えながら歩いていると、次第に商店街特有の明るさと賑わいが目と耳に伝わってきた。
「アリアでもこういったところにはよく来るのか?」
「1人では来ないわね。彼女たちや学園の生徒と一緒に来るくらいかしら」
こんなお嬢様でもアヒトたちのような平凡な市民としっかりと関係を築くことができていることに内心驚くアヒトだが、それと同時に一つの疑問が浮かんできた。
「ちなみに男なのか?」
その質問にアリアはくすりと小さな笑みを浮かべる。
「なに、私が異性と行動することがそんなに気になるのかしら? 早々に浮気の道に逸れるのは感心しないわね」
「あ、いや、そうじゃなくてさ。おれとかそこの彼が受けているように、リリィに酷い扱いされているのかなって……」
それを聞いたアリアはあごに指を添えて考える仕草を見せる。
「んー。そういった事はないわね」
「そ、そうか」
「でも他の異性にはそれ相応の態度で接しているからかしらね。今のところあなたにだけよ、こんなに砕けた物言いで接するのは」
それは喜ぶべきなのか悲しむべきなのか甚だ疑問である。
捉え方によっては、信頼できる存在とアヒトを自分より下に見ているという二択で捉える事ができてしまう。
アヒトとしてはポジティブに考えていきたいため前者で捉えることにする。
「まぁそれも今は2人になりつつあるけれどね」
そう言ったアリアは車椅子で運ばれるアキヒに視線を向ける。
ルルゥにナンパでもしようとしたのか、リリィに頬をつねられている。リリィなりにアキヒの身体を労っての行動に彼女の内面の優しさが垣間見える。
それよりもアヒト的には今のアリアの発言により、二択に分けられた捉え方が後者に偏った気がしてならなかったが、アリアの考えている事はアヒトには理解し難い部分が多々あるため、この会話は無かったことにしようとアヒトなりの諦め体勢に入るのであった。




