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亜人娘が得たものは  作者: 戴勝
第19章
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第3話 アキヒという男 その1

「よお! アヒト。3、4日ぶりだっけ? 覚えてるか? アキヒだぞー? ア、キ、ヒ。あ、愛称はアッキーだから」


 ニカっと歯を見せながら微笑み固まっているアヒトに向けて手を軽く振るアキヒ。


「お友達かしら? いきなり割り込んでくるなんて礼儀がなっていないわね」


「おお、お嬢様系! いいなアヒト! お前こんな可愛い子と付き合ってんの?」


「つ、付きあっ!? …………か、彼とはそういうのではないのだわ!」


「えー? じゃあ今度俺とお茶しない? 住所教えてよ」


 アキヒはアリアの方へと席を寄せ身体を近づける。


 だがそれを離れた位置で見ていた2人の少女が許すはずがなかった。


「ちょっと、誰よあんた。その薄汚い手でアリア様に触れて良いと思ってるわけ?」


 リリィが腕を組みながら仁王たちでアキヒを見下ろす。


「さっき名乗ったじゃん。それよりも2人とも暇なら後でどっか遊びに行かない? 費用は俺が負担するよ」


 そう言って立ち上がったアキヒは目線の高さをリリィと同じにする。


「……ひっ! 嫌!!!」


 あまりの顔の距離の近さに不快さが極まり、咄嗟にリリィはその顔に向けて左手を振り抜いていた。


「ぅぶへやぁ!!??」


 豪快に店中に音が響き渡るほど全力で振るわれた平手打ちに顔だけでなく、身体ごと回転させてアキヒは床へ倒れ込んだ。


「……だ、大丈夫か?」


 決して人が見せてはいけないような吹き飛び方をして倒れたアキヒをアヒトは近づいてその顔を覗き込む。


 頬に赤く手形が付いてとても痛そうだったが、打たれた本人はむしろ触れてくれてありがとうといったような緩みきった表情をしていた。


「……変態」


 ルルゥがそう呟き、アリアが何度目かの溜息をこぼすと、髪を払う仕草を行い、こほんと咳払いをひとつする。


「用がないなら帰ってくれるかしら。見たところ野良の冒険者のようだけれど、私たちは今とても大事な話をしていてあなたの相手をしている暇はないの」


 その言葉を聞いたのか、倒れていたアキヒが勢いよく起き上がり、素早く先ほどの椅子に座り直しアリアへと正対する。


「そう! 俺は冒険者を生業としてんだけど、これまで一度も魔族と戦った事がなくってさ。話も聞いちゃった事だし、俺も手助けしちゃおうかなって」


「………………サラさんが無詠唱で魔術、いえ魔法を使用しているというのは本当かしら?」


「完全無視!? 流石に冷たすぎる!! 俺も手助けするって言ってんじゃん。いやさせて下さい! この通り!」


 テーブルに額が付くのではないかというほど深々と頭を下げたアキヒだが、アリアの瞳は冷めたままだった。


 確実に第一印象が悪かったのだろう。普段アヒトには見せないような瞳をアキヒに向けている。これが本当の一般人に向けるお嬢様の瞳なのか、それとも目の前で頭を下げる青年にだけなのかは定かではないが、一度決めた事を譲らないアリアなら、次に返す言葉も今のアヒトなら大体予想はつくというものだった。


「残念ですがお引き取り下さい。こちらにはあなたより優秀な使役士がいますので、戦力は申し分ないと考えています」


 もはやただの邪魔者扱いされてしまっている気もするが、それを言葉に出していないだけアリアは大人と言って良いだろう。


「いやいや、戦力は多くて損することはないし、俺は剣士だからさ。使役士にできない事だってできるかもしれないじゃん」


「最前線で戦うということになりますが、相手は魔族ですのよ? もう少しご自身の能力を見つめ直してみてはいかがでしょうか」


「能力を見つめ直す! そうそれ良いね! やっぱ可愛い子は頭も良いんだね。じゃなくて、えっと、俺をアヒトと戦わせてくれよ」


 ポンっと掌を叩いたアキヒはアヒトを指差す。


「は? おれ?」


「そうだよ。アヒト、というより、アヒトの使い魔と戦わせてくれよ。いいだろ? 減るもんじゃないし」


「いや、減るだろ。主に体力や精神力が」


 アキヒがアヒトの肩に腕を回しながらアリアへと視線を向ける。


「やめておいた方がいいのではないかしら。彼の使い魔相当強いわよ。もしかしたらあなたが死ぬかもしれないわ」


「え、そなの? でもその使い魔に勝つことはできなくても、互角くらいに渡り合える事ができたら良いんじゃん?」


「……あなた本気で言ってる?」


 アリアはアキヒの全身を見つめる。服は要所要所で破けており、防具もきちんと手入れされているようには見えなかった。


 アキヒはアリアに見られて照れているのか、いやらしくクネクネと腰を動かしている。


 いったいこんな人物のどこにベスティアと互角に渡り合える力があるというのだろうか。それとも目の前の自称冒険者には何かとっておきの秘策があるとでもいうのだろうか。それともただの自信家なだけなのか。


 僅かな逡巡の後、アリアはゆっくりと口を開く。


「……良いわ。その提案に乗りましょう」


「アリア!? 正気か?」


「ええ至って正気よ。彼がそこまで言うのなら、実際に戦って証明した方が早いわ」


 アリアの言葉を聞いたアキヒは飛び跳ねるように全力のガッツポーズを見せる。


「よっしゃあ! やるぞぉ。ほら出してみろよアヒト。使い魔がいないと始まらないじゃん」


「ま、待った待った! 今はまだ戦えないぞ」


「な、なんで」


「先日見ただろ。おれの使い魔は大怪我を負ってまだ病院なんだ」


「は? いやいや使い魔なんてどこにいたんだよ。俺が運んだのは人間2人じゃん」


 何言ってんだこいつみたいな視線をアヒトに向けるアキヒだが、それも無理もないことだとアヒトは思い直した。


 アヒトのことを知っている使役士育成学園の者ならまだしも、一般の人間にベスティアをアヒトの使い魔と初見で認識することなどまず不可能だろう。


 ましてや、普段ベスティアは街中を出歩く時はフードを被り、亜人の象徴である獣の耳を隠しているため、アヒトの顔は知られていてもベスティアの顔までは把握されていないのだろう。しかも当時アキヒがベスティアとチスイを運んだのは、もう日が沈みきり、周辺が暗くなってしまっていたため、一人一人の顔を判別することはできなかったのではないだろうか。


 アキヒがアヒトへと詰め寄り、まるで今現在病院で眠る刀少女のように「勝負」を連呼してくることにどうしたものかと視線をアリアへと向ける。


 しかし、勝負を許可した本人はただ肩をすくめるだけ、ついでにリリィとルルゥにも視線を向けてみるが、案の定小さく舌を出されてそっぽを向かれてしまった。


「おい勿体ぶるなって! それとも俺に負けるのがそんなに怖いってのかい? んんー? あれあれぇ? ほれほれぇ」


 そんな煽りの定文句を口にし、両掌こちらに見せながら耳の横にくっつけて体をくねらせるという変なポーズをしてくるアキヒに流石に誰も乗っからないし、逆に呆れるだけである。


 だがしかし、そんな煽りに乗っかってしまう者がいた。


「とぉ! とぉりゃああ!」


 そんな声と共に飛んできたのは白銀の小さな少女。


 その少女が伸ばす手は拳に握られており、寸分違わずアキヒの横顔に直撃した。


「ぐぉへぁ!?」


 そんな声を漏らしながら横へ吹っ飛び、床を滑っていくアキヒ。


 そんな状況に店内の客が一斉にこちらへと視線を向ける。


「ご安心ください。少し足をつまずかせて転んだだけですので」


 瞬時にアリアが場の空気を落ち着かせにかかる。そうやって瞬時に物事を判断して行動する速さは見習わなければならないとアヒトは感じていると、隣に白銀髪の小さな少女が華麗に着地を果たした。


「名付けて! 『勇気の拳(グロスィヤ・サロス)』! です」


 フンスカと鼻息を大きく鳴らす白銀髪の少女ーーテトはドヤ顔でアヒトに視線を向ける。


「おけがはありませんですかご主人さま! 悪い敵さんはテトがやっつけたのです」


「あ、ありがとうテト。あれは敵じゃないけど助かったよ」


「そうなのです? でもご主人さまを助けることができてテトはうれしいのです。えへへ」


 そう言葉にするテトの後方からはベスティアがゆっくりとこちらにやって来ていた。


「ティア。どうしてここに」


「検査が終わったから来た、それだけ」


「もう退院なのか?」


 ベスティアは躊躇いもなく首を左右に振る。


「どこにも異常は見当たらないし、暇だから抜け出して来た」


 それは何とも迷惑なことをやってのけるものである。また後で病院に謝罪しに行かなければならないなとアヒトは内心嘆息する。


「それよりこれはどういう状況?」


「彼があなたに戦いを申し込んできたのよ」


 ベスティアの質問にアリアが答える。


「テトちゃんも久しぶりね。私のこと覚えてるかしら」


「はいです。ご主人さまとティアお姉ちゃんのけっこん式のじゅんびをしてくれた人なのです」


「そう。賢いのねあなた」


 アリアがテトの頭を撫でてあげているところに先ほどまで床に伏せていたアキヒがいつの間にか起き上がりアヒトへと掴みかかっていた。

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