第2話 情報共有
流石に病室で騒ぎすぎたのか、数名の看護師と医師が駆けつけ、見事にアヒトたちは病院から追い出されてしまった。
しかしながら、ベスティアに限っては目覚めて即退院というわけにはいかないため、各種検査のために未だ眠るチスイと共に病院で居残りとなった。
現在、アヒトとアリアは病院の近くにある喫茶店へとやって来ている。もちろんリリィとルルゥも同行すると言い張って聞かず、先ほどの失敗を繰り返すわけにもいかないため、アヒトたちとは少し離れた席に着くことを条件としてアリアは同行を許可したのだった。
「うぅ……額に瘤ができてしまったのだわ。治らなかったら訴えるわよ」
アリアは涙目になりながら手鏡を使って自分の前髪をいじり、腫れた額が見えないよう上手く隠している。
「はは、大丈夫。そのうち治るさ。というより、君達学園はどうしたんだ? 今日は授業日だろ?」
「あら、聞いていなかったのかしら? 使役士育成学園は現在、全学年入校禁止令が出されているのよ」
「は? また何でそんなことに」
「なんでも、学園長が行方不明らしいわ。本来なら学園の教師の一人や二人行方が分からなくなったところでこのような措置は取られないのでしょうけれど、消えた人が学園長ではね。突然の出来事に教師たちも混乱しているし、下手をすれば学園の存亡に関わる重大な事になる。だからこそ、学園の教師全員の手を使う他なかったのでしょうね。そして代わりに私たち生徒が追い出されたというわけ」
そう言い終えたアリアは紅茶の入ったカップを手に取り一口飲む。
「なんだかそっちはそっちで大変なんだな」
「ええ本当に。私の教育プログラムも再設計する羽目になってしまったわ。……聞いているでしょうけれど、天才魔術師であるグラット先生は突如他界。同じく治癒魔術専門家である養護教諭のユカリ先生も行方がわからなくなってしまっているから余計に他の教師方も慌てているのでしょうね」
アリアの言葉にアヒトは目を見開く。
グラットのことはバカムたちから聞いていたが、まさかユカリまでもが行方不明になっていたとは想像すらしていなかった。
なぜ使役士育成学園ばかりの者が狙われているのかは不明だが、こういった事件は専門となる人材に任せるべきなのだろうとアヒトは思い、思考を切り替える。
「そろそろ本題に入ろう。アリアがおれに話をしにきたのはサラのことだろ?」
「あら、少し遠回りしすぎたかしら。あなたの心境を考えての事だったのだけれど。もうよろしくて?」
いつまでも目を逸らしていたところで現実は変わらない。むしろ、一刻も早く対処法を考えた方がアヒトたちのためになるし、サラのためにもなる。
「ああ、大丈夫だ」
「そ。じゃあ始めるわ。……大体の話はマクシミリアヌス陛下から聞いているのだけれど、まず、今のあなたの意見を聞きたいわ。サラさん……だったかしら、彼女が魔族に堕ちた経緯はわかるかしら?」
「いや全くもって分からないままだ。けど、ある程度推測はしている」
そうアヒトが答えると、アリアは瞳を細め、悪戯な笑みを浮かべる。
「ふぅん。それでは教えてくれるかしら探偵さん? その推測がどのようなものかを」
「…………わかった」
アリアの表情から気乗りしない気持ちではあるが、せっかく情報共有してくれる優秀な人物が目の前にいるのだからと自分の心に言い聞かせたアヒトは、ゆっくりと話し始めた。
まず、サラはアヒトたちと共に城へ侵入し、そこである魔族と接触した。
その魔族は以前、テトを襲った魔族である事がボレヒスとの戦いの後にテト自身の口から聞かされた。テトを襲った際に仕向けた見たこともない奇妙な生物。あれを魔獣と呼んで良いのかは定かではないが、テト曰く、あの魔族は「魔獣を作る」と言っていたようだ。
次に、バカムが暴走した日及びベスティアが暴走した日。あの時、結果的に表に出ていたディアのおかげでバカムが正気に戻ったと思われる状況で、彼の身体から黒い塊が溢れ落ちるのをアヒトは確認している。
最後に、それとほぼ同じ黒い塊のようなものを城内でアヒトたちへ向けて放っていることも確認済みである。
「……サラが魔族に近い存在になってしまった原因は、サラと戦っていた魔族によるものなんじゃないか?」
そこまで言い終えた時、それまで静かに聞いていたアリアが口を開いた。
「つまり、サラさんはその魔族が使う黒い魔法により、人間から魔族へと身体を作り変えられてしまい、その魔族に思考を操られてしまっている。そうあなたは推測を立てたというわけね?」
「その通りだ」
アヒトの返答を聞き、何を考えているのか、アリアは紅茶のカップを手に取り一息つく。
しばらくの静寂の後、アリアはゆっくりと飲み終えたカップをテーブルに置き、アヒトへと視線を向ける。
「……なかなか面白い話だったわ。でも残念だけど、その推測は正解に繋がることはないわね」
そうアリアが言葉にした時、離れた位置でリリィとルルゥが座っているであろう席から空気を吹き出すような小さな嘲笑が聞こえてきた。
どうやら話を聞かれていたようで、彼女たちの耳はどうなっているんだと言いたくなるほどの地獄耳にアヒトは逆に感心するほどだった。
そう思うとベスティアはどこまで離れた位置の音を聞き取る事ができるのだろうと今更ながらアヒトは気になってしまったが、今はそんな余計な思考を隅に追いやり、アリアの言葉に意見する。
「なんでそう言い切る事ができるんだよ。何か根拠があるんだよな?」
「ええそうね。まず、あなたの言う魔族さんなのだけれど、あなたたちの戦いが終わった後、石化して砕かれた状態で発見されているわ」
「冗談だろ? てことはサラは……」
「そう。たとえサラさんを魔族に変える事ができたとしても、少なくとも操られているということはないわね。そしてこれは私の憶測なのだけれど、簡単に人間を魔族にする事ができる方法があるのなら、バカムさんに目をつけた時点でそうなっていなければ不自然だと思わないかしら」
「……まぁたしかに。けど、あの時はできなかったってこともーー」
そこまでアヒトが言葉にしたところで、アリアが呆れたように大きくため息を吐いてアヒトの言葉を止めさせる。
「……やはりまだ心境は良くないようね。どうしてもサラさんの魔族化はあの魔族のせいにしたいようね」
「そ、それは……君だって、まるでサラは自分の意思で行動しているような言い草だよな?」
「そうね、私の憶測は確証に近いと感じているわ。彼女は自分で魔族になり、自分の意思で行動している。そうでなければ、あれほどの力を奮える魔族がいたのなら、この世界の人間はとうの昔に魔族に滅ぼされているでしょうから」
アリアの言う通り、サラの強さは以前戦った魔族を遥かに超えていた。あんな魔族が他にもいたのなら、この国は今頃地獄になっているのではないだろうか。
そこでふとアヒトはある事を思い出した。
いるではないか。サラのような化け物じみた魔族を。ベスティアのいた世界からやって来たという理不尽な破壊力を持った異界人を。
そして、ディアはサラを吸血鬼と呼び、しかもこちらには存在しない種族であり、ベスティアの世界には当たり前のように存在する。
わずかだが、何かが結びついたような気がした。だが、そうであれば原因がわからない。流石にこればかりは直接本人に聞くしかないのだろう。
そう考えていたとき、突如通路側に新たに椅子が並べられ、そこに1人の男性が座り込んだ。
「話は聞かせてもらった。なかなか面白い話してんじゃん」
「き、君は!?」
アヒトは見覚えのあるその人物に驚き目を丸くした。




