第1話 見舞い
ベスティアとチスイを無事に病院へ送り届けて早3日。
チスイはかなりの重症だったが、ディアの応急処置のおかげか一命は取り留めた。しかし、時間が経てども刀使いの少女が目覚める気配はない。
ベスティアも、当時の身体の主導権はディアだったが、やはり受けた傷は深刻だったようで未だに眠り続けている。
「……すまない、二人とも。おれが不甲斐ないばかりに」
ベスティアとチスイの眠るベッドの間に座り、何もできなかった自分に負い目を感じながらアヒトは二人の少女に視線を向ける。
しかし、何がどういった経緯でサラは魔族になってしまったのだろうか。ベスティアを救出するために共に城へ入り、道中、アヒトたちを先に行かせ、サラは一人で魔族に立ち向かっていった。その時にサラの身に何かが起こったのかもしれない。
アヒトが神妙な面持ちで思考を巡らせていると、唐突に窓を叩く鈍い音を聴き、その方向へと顔を向けたアヒトは目を丸くした。
「な、な……!?」
窓を叩く主は、ハーフツインに結い上げた美しい金髪を風になびかせ、微笑みながら手をアヒトへと振るエトワール家のご令嬢ーーアリアだった。
咄嗟に駆け寄り、アヒトは窓を開ける。
「あ、アリア、ここは5階だぞ!? どうやって窓から……」
アヒトは窓から身を乗り出し、アリアの足下を見つめる。
アリアの足首には風が纏わりついており、どうやら使い魔であるシナツの風魔法により発生させた上昇気流によって身体を宙に浮かせている様子だった。
ちょうど今とは真逆の季節に、今では変わってしまった少女が全く同じ方法で宙へと浮遊していたなとアヒトはふと思い出していると、アリアがムスッとした表情を向けてくる。
「そんな事より早く入れてくれるかしら。まさか私を凍死させる気?」
「あ、あぁ……ごめん」
そっと横に逸れるアヒトを見届けたアリアは窓枠に足を掛け、「よいしょ」と小さく声をもらして病室内へと入った。
「はぁ〜、寒くなったわね。もういつ雪が降っても不思議ではないってところかしら」
アリアが乱れた服を整え、最後に髪を払いながら言葉にする。
「下手な世間話をしに来たのなら追い出すぞ」
「あら、結構会話の入りは上手い方だと思ったのだけれど? やはりあなたみたいな庶民が行う挨拶というのは理解し難いものね。私にとっては貴族同士の挨拶の方がよほど簡単だと思うのだけれど」
「なら、貴族らしく堂々とドアから入ってくれば良いじゃないか。どうしてわざわざ窓からなんだ」
そうアヒトが半分呆れ気味に髪を掻きながら言葉にすると、アリアは先ほどの窓を指差す。
「下を見てみなさい。あなたなら理解できると思うわ」
「……?」
アヒトは言われるがままに窓へと近寄り、下を覗き見る。
1階もとい、地上には二人の少女の姿があり、辺りをキョロキョロと見渡しながら誰かを探している様子だった。
「なるほどな」
「リリィとルルゥよ。彼女たちあなたに対しては酷く攻撃的だから、隙をみて撒いてきたのよ」
リリィとルルゥの二人に関してはアヒトからすれば学園祭の準備日以来、会話一つしていない存在であったため、姿を見れただけでも懐かしさを感じた。
そんな事を思いながら見ていると、アヒトの視線に勘づいたのか、リリィが突如上階にいるアヒトへと視線を向けた。
「ーーッ!」
ドキッと僅かに肩を跳ねさせたアヒトは思わず窓から身を引く。
「どうしたの?」
「あ、いや……」
アヒトは頬に小さな汗を浮かべながら、再び窓から下を覗くと、先ほどまでいたリリィとルルゥの姿は既にそこにはなかった。
嫌な予感がする。
そう感じた時にはもう遅かった。
病室の扉が勢いよく開け放たれる。
「見つけましたよアリア様! やはりこんな低俗な男のところにいましたか!」
「み、見つけたー」
背中にルルゥを背負い肩を上下させながら鬼の形相でこちらへと詰め寄ってくるリリィ。
「早くも見つかっちゃったわね。言っておくけど、これはあなたの責任よアヒト・ユーザス。せっかく大事な話をしようと思っていたのだけれど」
「大事な話?」
アリアの言葉に近づいてきたリリィが根強く反応する。
「失礼ですがアリア様。こんな男と話すようなことなどアリア様にはございません」
ピクッとアリアの眉が僅かに持ち上げられる。
「それは大変失礼な物言いねリリィ。あなたにどうしてそんな事が言えるのかしら?」
「この男が下劣で下等な人間であることは承知なはず、とても相応しいとは思えません!」
「あら初耳ね。それはあなたの偏見ではなくって?」
「いいえ! あたしはルルゥがこの男に下品な視線を向けられているのを確認しておりますし、現にこの男は何人もの女性と行動を共にしております! ですからアリア様にはこのような男と関わることはよろしくないのです!」
いつぞやの話を掘り返してくるリリィだが全くの誤解であり、少し話がズレている気がするとアヒトは感じているがアリアはそのことに気づいているのか否か定かではない。
「誰と話をしようが私の勝手であり、あなたにはそれを止める権限なんてないはずよ」
「け、権限などありませんが、これだけは譲れません!」
「……あなた最近、やけに食い下がるわね。でも彼とはここで話しておかないといけないの。邪魔はしないでもらえるかしら」
そう言ったアリアはリリィとの話は終わりとでも言うかのようにアヒトへと向き直る。
それを見たリリィは僅かに頬を染める。
「い、いけませんアリア様! ぅあ!」
「あ……」
リリィが咄嗟に前に踏み出そうとするが、自身の足に引っ掛けたことで体勢が崩れ、アリアの背中へと体当たりする形となった。
「きゃっ!」
「うお!?」
突然の衝撃にアリアは抵抗する事ができず、そのままの勢いでアヒトへとぶつかり、アヒトはアリアを支えることはできてもリリィまでの体重は流石に受け止めきれず、まるでドミノ倒しのように床へ倒れてしまった。
そんな光景をルルゥは放心状態で見守る。
しかし、ふと視界の端に動く影が映ったことでそちらへと視線を向け、その瞳を畏怖へと変えた。
「いってて、だ、大丈夫か二人とも」
「ええ、私は大丈夫……よ……」
起き上がろうとしたアリアはふと視線をある方向に向けて固まる。
それに釣られてアヒトもアリアの向ける視線の先を見る。
「い……!?」
般若がいた。
尻尾の毛を逆立て、両手拳を血が出るのではないかというほどこれでもかと力強く握られている。
空色の瞳はいつもは穏やかさを与えているが、今回ばかりは冷徹に感じられた。
「……何をしている?」
「あ、いや……これは違うんだティア」
「何が違う? 女の子二人と抱きついてこれから何をしようとしてた?」
ベスティアの漏れ出す怒りのオーラがアヒトの背筋を冷たくさせる。
流石のアリアも今のベスティアには手に負えないと感じているのか、いつもの落ち着いた態度がなく、表情が引きつったものになっている。
リリィなど完全に意識を飛ばしている。
「話を聞けティア! おれは何もしてないし、この二人にこれから何かするつもりもない」
「…………ほんと?」
「本当だ」
アヒトの言葉にベスティアの怒りのオーラが僅かに鎮まる。
「……ほんとにほんと?」
「本当に本当だ」
「……そ」
繰り返すアヒトの言葉にようやくベスティアのオーラが感じられなくなった。
同じくそれを感じ取ったのか、アリアもほっと一息溢れ、アヒトへと感謝の視線を向ける。
その視線に軽く頷きで応えていると、
「…………だけど、罰は受けてもらう」
「「え……」」
ベスティアの言葉にアヒトとアリアは同時に亜人の少女へと視線を向ける。
「大丈夫。少し痛い思いをする、それだけ」
「べ、ベスティアさん、す、少し考えを改めてはいふぁや!?」
アリアが僅かに後退りながらも交渉に出ようと言葉をかけるが、途中でベスティアがアリアの両頬を片手で掴んで黙らせる。
「まずは、おしゃべりな貴様から」
ベスティアは中指を丸め、親指の腹に指の先端を装填する。
「んん!! んんんん!?!?」
アリアは必死の抵抗を見せるも、ひ弱な彼女の力ではベスティアの腕からは逃れられるはずもなかった。
ズパーーン!! と病室内に音が響き渡る。
後には額から煙を上げて目を回すアリアがそこにあり、次はお前だとでも言うかのようにアヒトへとジトりとした重い視線を向けられる。
「……ダメじゃん」
アヒトは両手を挙げ、ゆっくりと瞳を閉じて甘んじて受け入れるのであった。




