第6話 少年の剣は
突如アヒトが力を抜いたことで体重を前に乗せていたアホマルはアヒトの行動に対処できずに体が前に傾く。
そこにアヒトは杖剣を持っていない空いている手でアホマルの腹部に拳を叩き込んだ。
「がはっ」
若干息を詰まらせたアホマルは鍔迫り合いをやめて少し後退した。
アヒトはすぐさま距離を詰めて攻撃に転じた。
アホマルは攻めてくるアヒトに向かって杖剣を上から振り下ろす。
アヒトはそれに対し杖剣を下から斜めに入れることでアホマルの攻撃を受け流した。それと同時に、アホマルの胸元に反撃の一撃を与える。
「はぁッ!」
「ぐあッ」
胸元を斬られたアホマルは後ろに転がりながら倒れた。しかし、すぐさま立ち上がり、次の攻撃をしに駆け出す。
「せあああああああああ!」
アホマルが繰り出す杖剣での横からの攻撃に対し杖剣を縦にすることで剣先を受け止めて弾き返す。お返しと言わんばかりにアヒトはアホマルの顎を蹴り上げた。
「があッ」
一瞬体を仰け反らせたアホマルだがやられてばかりではいられない。すぐに体勢を立て直して反撃に向かう。が、どの角度から攻めても必ず防がれ、それと同時に反撃の一撃を与えられてしまう。
「ぜえ……ぜえ……な、なぜっすか。……何でそんなに剣が扱えるんすか」
「そりゃもちろん、君よりずっと前から訓練してるんでね」
アホマルの服はボロボロに斬り刻まれ、息は絶え絶えになっている。
しかし、アヒトはまだまだ動けるのか余裕のある表情を浮かべている。
「ち、ちっくしょおおああああああ‼︎」
アホマルは雄叫びを上げながら勢いよく突進し、刺突を繰り出した。
アヒトはその攻撃に対して、杖剣を下からすくい上げるように滑り込ませ、アホマルの杖剣を上に弾いた。
「んな⁉︎」
弾かれた衝撃で体を仰け反らせたアホマルの胸元に向かってアヒトは杖剣を突き出す。
「はあああああああ!」
「があああああ‼︎」
アヒトの攻撃を防ぐことができなかったアホマルは大きく後方に吹き飛んだ。
アホマルが吹き飛んだ隙にアヒトはベスティアの方へ駆け寄った。
「ティア!」
「……う……くっ」
ベスティアは足下をおぼつかせながらも立ち上がり、スライムの攻撃をなんとか防いでいた。
「『火炎』ッ」
アヒトの魔術でスライムたちが燃え上がった。
それを見たベスティアは気が抜けたのか倒れそうになった。
「ティアッ」
倒れそうになるベスティアをアヒトは体で受け止めた。
ベスティアの体は服の上からでもわかるほどに火照っていた。
「ティア!しっかりしろ!」
「……からだ……あつい……これにゃに?」
ベスティアの目の焦点はあっておらず、呼吸は荒く、熱を帯びている。
「スライムの能力だ。まってろ、すぐ終わらせる」
そう言ってアヒトはベスティアをそっと地面に寝かせ、体を離した。
「『火炎』ッ」
アヒトは次々に術を放つ。
やがて気絶したのか、スライムの動きが止まった。
「ふう。大丈夫かティア。勝ったぞ」
「…………」
ベスティアは未だに焦点があっておらず、ぼーっとしている。スライムを倒してもベスティアの高熱は治らないようだ。
どうしたものかとアヒトは思案していると、アホマルが腹部を抑えながら歩いてきた。
「お前は一体何なんすか。魔術もできて、剣もできるなんて、そんな使役士聞いたことないっすよ」
「君の世間が狭いだけさ。おれはただの一学生。これくらいのことは先輩なら普通だろ」
そういう事を聞いているわけではないとアホマルは口にする前にアヒトが言った。
「このスライムの能力はいつとけるんだ?」
「半日は安静にするべきっす。免疫力が低下しているから激しい動きはやめといた方が良いっすね」
「半日か……」
アヒトがバカムとの勝負を諦めかけた時、バカムが声をかけてきた。
「おい、アヒト。その亜人にこれを飲ませろ。少しは楽になるはずだ」
バカムはアヒトに一本の小瓶を渡した。
「回復薬だ。学生の俺らが持つには高すぎるものをお前に渡すんだ。感謝しろよ」
アヒトはバカムに感謝して回復薬をベスティアに飲ませようと口元に持っていく。
ベスティアは無意識に口元に触れたものを咥えた。
こくこくとゆっくりだが喉に流れる液体を飲み込んでいく。
ベスティアの意識が少しずつはっきりしてくる。
「……ん」
「大丈夫か?ティア」
数回周りを見て、自分が今アヒトに抱きかかえられていることに気づいたベスティアは熱で火照っていた顔よりさらに顔を赤くした。
「お、おい。さっきよりも顔が赤い気がするけど、本当に効いてるのかこれ」
アヒトが呟いているとベスティアはアヒトから離れようともがき始めた。
「……は、はにゃしてっ」
「え、けどまだ君の体、すごく熱いぞ」
「……平気。ちょっとだけぽかぽかする、それだけ……だから、はにゃしてっ」
「お、おう」
力強い剣幕に押されたアヒトはベスティアを抱える力を緩め、解放した。
解放されたベスティアはふらふらと立ち上がり、ゆっくりと深呼吸をした。
「その回復薬は一番安いものだからな。完全には治っていないと思うが、それでも俺と戦うか?やめてもいいんだぜ」
バカムの言葉にベスティアはキッと睨みつけて言った。
「……やめない、ここで貴様を叩きのめす」
「はっははは。良い度胸じゃねえか。そんなに死にたいなら相手してやるぜ」
ベスティアとバカムの間に火花が散る。
アヒトは自分を置いて話が進んでいくことに溜息を吐いた。




