第4話 考察
最初に家畜農家が襲われた場所は、ケレント城から北西の方向に位置する場所だった。
アヒトとベスティアはその日のうちに地主に話を聞いたが、マヌケントが話していた事とそれほど大きな差はなく、これといって目新しい情報は得られなかった。
しかし、二件目に被害にあった北東の方向に位置する家畜農家に赴いた時、マヌケントの話にはなかった情報を聞く事ができた。
「血が抜かれていた……?」
「ええ、襲っていた女性が残していったニワトリの死骸の中にいくつかありましてね。変だなーって思ってたんですよ」
一件目と同じで食べられているニワトリと血を抜かれているニワトリの二種類に分けているのはどういう事なのだろうか。共通点を見つける事ができたが、何のためにそれを行っているのかが分からない。
ひとまず必要な情報を得たアヒトとベスティアは速やかに被害現場から立ち去り、近くの森林の中で休憩することにした。
「んー、単純に、食べられているニワトリは食事のためだとして、血を抜く理由は何なんだ」
「もし犯人がサラなら、血を使った魔術とかを考えていそう……」
倒木にベスティアと共に座るアヒトはあごに手を添えて考え込む。
確かに常に新作魔術を考えているサラならば、黒魔術的な要素で血を必要としていても不思議ではない。だが、わざわざ家畜農家を襲ってまで成し遂げようとするものなのだろうか。アヒトの認識上、確かにサラの行動は大胆な少女だが、目的のために手段を選ばないような人物ではなかった。それとも、そうする他ないような状況であるとでもいうのだろうか。
しかしそこでアヒトは、ケレント城でのディアの発言をふと思い出し、ベスティアへと視線を向ける。
「なあティア、今ディアと入れ替わることってできるか?」
「……? 待って」
そう言ってベスティアは静かに瞼を閉じる。
10秒、20秒と経過し、そっと瞼を開けるベスティアはアヒトへと向き直る。
「……できるけど、今ディア少し機嫌が悪いみたい……条件を呑んだら大丈夫」
「条件? いったいどんな内容なんだ?」
アヒトの言葉に再びベスティアは瞼を閉じる。
だが次に瞼を開けたベスティアは頬を赤く染め、アヒトとの視線を逸らしながらゆっくりと口を開く。
「え、えっと……その……3日に1回、あ、あひとの部屋でディアがい、いい一緒に寝たい、みたい」
ベスティアのしどろもどろな言葉に対し、アヒトは不思議そうな表情をする。
「なんだそんなことか。別に普段から一緒に寝てるんだし、全然構わないけど」
「にゃ!? あ、あれは私だから良い! ディアの場合はあひとに何するか分からないから危険」
「ディアが、おれに? 何するっていうんだ」
「そ、それは……………………え、えっちなこと、とか……」
「え? 悪いティアよく聞こえなかった。もう一度言ってくれないか?」
「〜〜!! と、とにかく! この条件は呑んじゃダメ!」
ベスティアが顔の前で腕を使って大きなバツ印を作り、そのベスティアの数少ない可愛らしさを目の当たりにしたアヒトは照れ隠しのために頬をポリポリと掻く。
「け、けどな、今まで特におれが危険に遭うようなことをディアにされた事なんてないし、おれからすれば全然大丈夫なんだけどな」
「にゃ!? ど、どうしてそんにゃ結論に……あ、ちょっ、ディーー」
ベスティアが愕然とした表情をアヒトに向けた時、その動揺がベスティアの心の隙を作ったことで、ディアに身体の主導権を奪われてしまった。
空色の瞳が灼熱に染まり、ベスティアの口角が悪戯に持ち上がる。
「にゃはは、では条件を呑むってことで間違いはないな我が主よ。このディア、今宵から共に寝る事ができる日を楽しみにしているぞ」
ディアの比較的いつもより嬉しそうな表情にアヒトもこれで良かったのだと軽く一息付き、ディアが表に出て来てくれたことを好機に口を開く。
「早速だがおれの質問に答えて欲しい。マヌケントとの会話で言っていた、血が抜かれている事について何か知っているのか?」
「知ってるも何も、あれは吸血鬼の仕業だ」
アヒトの質問にディアは「フン」と鼻を鳴らし、当たり前のように何の躊躇いもなく、アヒトの膝の上に自分の頭を預けながら返答する。
空色混じりの白髪から最近買ったばかりのシャンプーの香りがアヒトへと伝わって来る。
思わずディアの髪を撫でたくなる衝動を抑えながらアヒトはディアへと疑問を投げかける。
「吸血鬼??」
「む? ご主人よ、もしやこの世界には吸血鬼の存在は知られていないのか?」
珍しくディアの灼熱の瞳が大きく開かれ、横向きに預けていた頭を上に切り替えアヒトへと視線を合わせた時、突如アヒトたちの背後から枯れた落ち葉を踏む足音が聞こえた。
「ほぉ? 密かに聞いておれば何やら興味深い語らいをしておるではないか」
藤色の羽織と結い上げられた宵闇色の髪を風になびかせ、胸の前で腕を組んでこちらへと近づいてきた少女にアヒトは目を丸くする。
「チスイ!? なんでこんなところに?」
「なに、街で食べ歩き? とやらをしてたら何やら険しい顔で歩くお前たちを見かけたものでな。少々跡をつけさせてもらったのだ……その話、私にも具に聞かせて貰うぞ。別に構わないであろう? 裏チビ」
アヒトの膝へと頭を預けていたディアは体を起こし、チスイの言葉に対し苛立ちげに目を細める。
「…………好きにしろ」
ディアの絞り出すような声を聞いてチスイが勝ち誇ったような笑みを浮かべると、近くの木に背を預け、あごで続きを聞かせるよう指示を出す。
「チッ、あのノッポが話してただろ。血がなくなっていた死骸には二本の歯型があると」
「そういえば、そうだったな」
そのマヌケントの話後すぐにサラの話へと移ってしまっていたため、アヒトもその情報については無意識に抜かしてしまっていた。
ベスティアでは簡単に聞き流していたはずの会話を確実に耳に入れ、適当に聞いているフリをして着実に思考を回転させている。アヒトはこの短期間でベスティアとディアの違いを明白に理解しつつあった。
「吸血鬼の特徴は犬歯が一般の人間より長いこと。そして、人間の血を食餌とすることだ」
「む、であれば何故人ではなく鳥を狙うのだ」
「そんなこと知るわけないだろ間抜け」
チスイの質問を一蹴したディアに対し額に青筋を浮かべたチスイが距離を詰めてくる。
「まぁまぁ! 二人とも、ここで喧嘩しても何も良いことはないだろ。今は落ち着くべきなんじゃないか?」
「お前は口を噤め変態。私はこいつに受けた傷を返さねばならぬ」
「そんな傷とっくに治ってるだろうし、おれのこと変態呼ばわりするのそろそろやめないすか?」
「辞めるわけなかろう。お前が変態であることは真のこと。現にチビ助と婚約したにも関わらずこんな裏チビと遊び、挙句に私に声まで掛けてくるとは何たる恥知らずか」
「君が勝手に入ってきたんじゃないか! 第一、ディアの体は元からティアのだから関係ないだろ」
そんなアヒトとチスイの言い合いを聞いてディアが大きくため息を吐きながら立ち上がり、アヒトを庇うようにチスイとの間に割って入る。
「まったく、主様もこんなバカサムライの言葉など聞かなくて良いものを……」
そう言ってディアは右拳に炎を纏わせる。
「ほぉ、初めてお前を見た時より大分腑抜けた面をするようになったと感じていたが、ようやく私と士合う気になったか」
「ハッ、勘違いするな。オレ様はこいつの根底にある意志に基づいて最優先に動く」
ディアは自分の胸を親指で突きながらチスイを睨む。
「……つまり、貴様は少々主様の事を侮辱しすぎた」
「フン、性格や言葉遣いは変わっても性根は変わらぬという事か」
そう言ったチスイは腰を落とし、刀に手を掛け、鯉口を切ったその時だったーー
「ふふふ、二人はいつも仲が良いんだね」
突如頭上から聞き慣れた声が聞こえた。




